第19話交渉

「やはり、あったな。ここだ……着いたぞ」

「……うん(ここ? こんなところにお城なんてあったんだ)」

「中に入るぞ」

「……うん」


 レクスはオラクルタウンの東にある古城へとやって来ていた。

 ここは、ゲームの世界でもイベントに関連の無い単なるオブジェクトとして存在していた城であり、通常では見つかり辛い場所にある。

 城内の構造は作り込まれていて、なんらかのイベントを想定してマップ上に配置されたが、開発スケジュールの関係でイベントが実装されずに放置されていたとされる説が有力の城だ。


 この付近は、始まりの街周辺ともあり、出没する魔物も弱い。

 

 ギィ……。


「少し埃っぽいな……、後で掃除が必要だ」


 古城の中に入ると、中は老朽化しほこりが床に蓄積していた。

 レクスは、はサーシャを連れて、大広間の食堂へと向かう。


「……掃除だけではなく、修繕も必要なようだ」


 食堂の中に入ると、食堂の椅子は古びて壊れているものが多いが、数十人が集まって会食をできる広さがある。

 黒くなってはいるが、銀食器や銀の燭台なども置いてある。

 サーシャはそれらを、横目でみていた。


「ここでいいか」


 レクスは魔術を用いて、比較的壊れていないテーブルと椅子の埃を吹き飛ばす。

 

「………ッ!」


 いきなり魔術が使われ驚くサーシャ。


「まぁ、ここに座れ」


 レクスは、サーシャを椅子に座らせると、親指をパチンと鳴らして魔術を解く。


「えッ! なんで……」


 突然、拘束が解けた事に驚くサーシャ。

 誘拐犯があっさりと、拘束を解いたことに困惑している様子。

 突然、自由になった手足を動かして、様子を見ている。


「本当は、茶でも出してやりたいのだが。今は無い……、すまんな」


 レクスはサーシャの向かい側に座る。


「……え? あ、うん(この人は何がしたいの?)」


 目の前の少年は自分を易々と捕え、あの相当な手練れである赤髪の少年をあっさりと伸した。

 直ぐに逃げ出したところで自分の足では恐らく、簡単に捕らえられてしまうだろう。

 それに、長時間拘束されていたせいか手足はまだ痺れている。

 すぐに逃げ出そうとするのは早計だと判断し、サーシャはまずは、目の前の相手から、少しでも情報を集める必要があると慎重になっていた。


「さてと、それでは、サーシャ君。いきなりだが、本題に入ろう。俺は遠回りな会話があまり好きではない、良いな?」

「うん……」

「では、ビジネスの話をしようか?」


 レクスは最高のキメ顔スマイルでサーシャに微笑みかける。

 商談において重要なのは信頼だ。

 信頼を作るのに一番大切な事は何か?

 そう、それは、笑顔だ。

 見るものを魅了し安心させるイケメンの笑顔だと、


「………え? び、びじねす?」

「ああ、そうだ……君は俺の初めてのビジネスパートーだよ。サーシャ君」

「びじねすぱーとなーって?」

「要は手を組んで商売をしようってことさ……」

「商売?」

「そうだとも。俺はこれから立ち上げようとしている事業の人材を集める為に人集めをしていたのだ……ッ!」


 両手を広げて歓迎するような様子を見せるレクス。


「ひ、人集め?」


 状況が全く呑み込めないサーシャ。


「ああ、そうだとも。サーシャ君。君は合格だ。是非とも俺の組織に入って欲しい」


 レクスは右手を差し出す。


(この人は何を言ってるの? この人は少女趣味ロリコンなんじゃないの?)


 差し出されたレクスの手をサーシャは握る事が出来ない。

 全く状況の変化についていけない。

 サーシャは、レクスを世間知らずな金持ちの子供か何かだと思っていた。

 いうなればカモだ。


 現実を知らない、金持ちのボンボンの坊ちゃんのカモ見つけ、仲間の下へ誘い込んで、金を奪うつもりだったが逆に捕えられてしまった。

 だが、どうやら、相手は異常性癖の持ち主のらしい。

 だから、媚びへつらい、例え体を弄ばれようと命だけは繋ごうとサーシャは覚悟を決めていた。


「おお、すまん。説明不足だったか?」

「……ちょっと私には状況が理解できないよ」

「先ほど、ローランにも言ったが俺には夢がある」

「うん」

「その夢を叶える為の組織を俺は立ち上げようとしている」

「そうなんだ」

「その組織にサーシャに仲間たちを連れて入って欲しい。もちろん待遇は約束しよう……良い暮らしができるぞ?」

「えーと……」


 魅力的な提案の様に思えた。

 しかし、相手は自分を攫った誘拐犯。

 信用することは容易ではない。


「サーシャだって今のままの生活を続けて行くのには不安があるんじゃないのか?」

「……それは……」


 サーシャは自身がいつも、悩んでいた事を指摘された。

 レクスは彼女の表情を見て何かを思いついた様に言った。


「そうだな、サーシャの悩みを当てようか?」

「え?」

「あなたはお金や、人間関係や、将来のことで悩んでいますね?」

「……そうだけど(なんでこの人はそんなことがわかるんだろう?)」

「あなたは過去に自分がした選択で後悔していることが、あるんじゃないですか?」

「え……?」


 ドキリとした表情のサーシャ。

 突然、水晶玉でも覗きそうな表情で、おかしな口調で喋り始めた男に心を見透かされたような気分になった。


「あってるだろう?」


 親指をパチンと鳴らすレクス。


「お兄さん一体何者?」

「俺か? 俺は、ちょっと未来の事がわかるだけのイケメンさ」

「み、未来の事がわかる?」

「ああ、イケメンなのはちょっとじゃないけどな……はっきり言うよ。サーシャ……このままじゃヤバイ」

「や、やばい?」

「ああそうだとも、ヤバイ。そう、サーシャだけじゃない。仲間のあの子供達だってヤバイ。あんなことを続けていけばいつかヤバイ」

「いつかヤバイ?」

「ああ、いつかヤバイ。それにサーシャだって、このままではいけないと思っていたんじゃないのか? 仲間達にもっと良い暮らしをさせてやりたいと、思っているんじゃ無いのか? サーシャは、将来の事、仲間の事、金の事でいつも頭がいっぱいだ」


(この人、私の心も読めるの?) 


「想像してみろサーシャ。あんなやり方をやっていれば、仲間が一人、また一人と消えていって、最後にはお前一人が取り残される……」

「……それは」


 サーシャはレクスの言っている事が想像に難くないと気付く。

 そして、そんな事態になったら自分は恐らく耐えられないと思う。


「断言するが、このままいけばそうなるだろうな。サーシャは生き残れても、他の仲間が生き残れるかどうかは……」

「……分からないね」

「そうだとも」


 頷いて、同意するサーシャ。

 まるで、予言者のように未来を語る男に少しの恐怖を覚えた。 

 それはサーシャ自身が最も懸念していたことだからだ。


「だが、安心しろ。もし仮に、俺の組織に入るのなら、まずは、この金を支度金としてお前にやろう……ッ!」

「え……ッ! 嘘ッ!」


 ドンとサーシャの目の前に、金貨の入った袋が置かれる。

 サーシャは眼を見開き金貨の袋を凝視した。


「ああ、やろう……お前はこれが欲しかったのだろう?」

「ほ、本当に?」


 思わずその耳を疑うサーシャ。


「本当だとも、ああ、この程度の金。俺には、はした金」

(欲しい。このお金があれば皆に)


 目の前に出された大金にサーシャは目が眩む。


「どうだ? サーシャ」

「………でも」


 サーシャは迷う。


「ちなみに、俺の仲間になるのなら、これから先、一生金に困る事は無い。あんな汚い路地裏で強盗まがいの事をする必要も無いのだぞ?」

「……本当に……?」

「ああ、本当だとも、俺は嘘は言わん。あんなのはアマチュアだ。俺と共に来るのなら、あの生活から抜け出せると保証しよう」

「本当に、私は、私達は……あの生活から抜け出せるの?」


 少しだけ縋るような表情のサーシャ。


「ああ、勿論だとも、それにこの城にも住んでいい、お前の仲間達もだ」


 得意げにいうレクス。


「え……この城、お兄さんの持ち物なの?」

「厳密に言えば違うが、俺のモノだといっても差し支えない。これからそうなるだろう。少しばかり掃除と修繕が必要だとは思うがな、皆で住むんだ。当然手伝ってくれるよな?」

「………」


 考え込む様子のサーシャ。

 何か上手く乗せられているような嫌な感じもした。


「サーシャ。決断を下すには、常にスピードが重要だ。これは人生を変える決断だ。サーシャだけじゃない。サーシャの仲間たちの人生もだ……自分と、仲間の未来を考えて選ぶんだ」

「人生を変える決断」

「ああ。もちろん無理にとは言わない。だが、断ると言うなら、この話は二度とない。そしてこの金も無しだ」

「二度とない?」

「そうさ、いつだって、幸運の女神には前髪しか生えないのさ」

「何それ」

「俺の世界の諺さ」

「良く分からないけど、どうしよう……」


 迷うサーシャ、

 仲間たちは自分についてきてくれるだろうが、そんな事相談も無しに決めるのは気がとがめた。

 仲間たちの未来を自分の一存では決められないと。


「サーシャよ……。お前と、仲間達の事を考えるのだ……、このままの人生でいいのか?」

「うん……でも……」


 差し出された手を取れば、きっと自分達には明るい未来が……。そんな期待に彼女の心は揺れる。


「サーシャ、このチャンスは一度だけだ。ここで人生を変えるのか? 輝かしい栄光を掴むのか、あの汚い路地裏の悲惨な生活に帰るのか、決めるのはお前次第だ」

「ちょっとだけ……かんがえ……」


 考えさせてと言おうとした瞬間。


「因みに今すぐイエスというのなら、これもついてくる……ッ!」


 ドンッ!と更にもう二袋、金貨の袋がサーシャの前に置かれる。


「……ふつつかものですが。どうぞ、よろしくお願いいたします。」


 サーシャは立ち上がると、右手を差し出した。

 彼女にはもう断る事が出来なかった。

 金にはめっぽう弱かった。

 金には頭があがらん性分だった。


「……ふッ! ならば、よろしい……ようこそ我が盗賊団へ」


 そう言ってレクスはサーシャの手を握る。


「へ? とうぞくだん?」


 その言葉を聞いた瞬間サーシャの頭の中は真っ白になる。


「では、具体的な計画の話をしよう。因みにこの話を聞いた以上この先、お前には拒否権などは無いのだ、肝に銘じておけ……」

「え……(何? 私、私達、盗賊団に入るの?)」


 サーシャは事態の急展開に混乱する。

 盗賊団だなんて聞いていない。


「では具体的な話を進めよう……」

「え? え? え?(何、私、だ、騙されたの?)」

「もう引き返す事はできんぞ、ふふ」

「え? えーッ!」

「先ずは……」


 こうしてレクスは、催眠商法の技術を応用し、サーシャからイエスを引き出す事に成功した。

 そして、この後、数時間にわたって、サーシャに計画の全容を説明した。


 ――さあ、これからだ。

 この城は俺の所有物では無いが、おそらくは誰の所有物でもない。これから俺達が占拠する事になるのだから、既に、俺のものだと言っても過言ではないだろう。

 そう、俺は嘘は言っていない。

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