第20話救世主

 古城を出ると、夕暮れ時だった。


「色々準備もある。俺は一旦、帰る。お前も仲間が心配しているだろう」

「あ、そうだね……」

「また、ここで落ち合おう。ここの場所は覚えたか?」

「うん、大丈夫。記憶力は良いから」

「一人で帰れるか?」

「うん、この辺は知ってるから」

「そうだな、この辺はお前にとっては庭のようなものだろう」


 彼女は、この周辺の地理に詳しい。

 そして、サーシャというキャラクターは【ブレイヴ・ヒストリア】の世界に置いて、ローランパーティの中でも抜きんでて素早さが高かった。

 彼女なら、仮にこの周辺の魔物に襲われたとしても、少なくとも逃げる切るだけならば容易だろう。


「ああ、そうだ。ついでにコレもくれてやろう」

「……これもいいの?」


 レクスに手渡されたものを見て、サーシャは問いかける。


「ああ、試しに作ったものだが、俺が作ったものだ。品質は保証しよう」


 それは、素材の加工の練習用に作ったミスリルのナイフだ。

 【ブレイヴ・ヒストリア】の世界のサーシャも似たような形状のものを愛用していた筈だ。


「へぇ……お兄さん、武器もつくれるんだ。すごいね」


 サーシャは、物珍しそうに見ている。


「ああ、俺もそう思う」


 レクスは当たり前にそう返す。


「……あ、うん。(自分で言うんだ)」

「ではな、気を付けて帰れよ」

「うん、分かってるよ。お金、盗られないようにね」

「ああ、ではな」

「ああ、そう言えば」

「何だ?」


 馬車に向かおうとするレクスをサーシャが引き留める。


「お兄さんの名前ってなんて言うの?」

「ふむ……。そうだな教えてもいいのだがな」


 どちらでも良いだから、レクスはあえて名乗らない事にした。

 その方が、なんかミステリアスな感じがして格好良い気がした。

 彼は合理的判断の中に生きてはない、彼は雰囲気に流されて生きるような男だ。


「また今度な……。いつか教えてやろう、ではな」


 そう言って、レクスはサーシャに背を向け、片手をポケットに突っ込み、残った片手を振りミステリアスかつクールに別れを告げた。

 レクスの馬車を見送りサーシャも家路につく。

 仲間たちのことも気がかりだが、 彼女は彼が何故、自分の名前を名乗らなかなかったのか不思議だった。


「なんでだろ……変わった人……」 


 良く分からない人間だった。

 先ほどまでは熱く語り、去り際にはなぜか冷めたような目をしていた。

 感情の起伏の激しい人だろう。


「でも、なんか分からないけど凄い人」


 恐ろしい程の洞察力と、思慮深さ。

 自分の策略をいともたやすく打ち破り、碌に話した事も無いのに、自分の悩みまで言い当てた。

 サーシャは、どこかで自分が頭が良いと思っていた。

 そんな、自分の知恵がおよびつかない程の人物に今日出会ったのだ。

 それだけではない、あの少年は恐ろしい程の魔術と体術の技術を持っている。

 それらには、多少自信があったサーシャだがそれもあの少年の前では、ことごとく崩れ去った。


「……綺麗な剣……」


 貰ったナイフを見る。

 その鞘から抜くと、その短剣は妖しい灰色の輝きを放っている。

 その価値はサーシャには分からなかったが、彼女が今で見た事も無い程の高級な品である事は伺えた。

 その短剣を身に着けてから、何故か少し体が軽くなる感覚をサーシャは感じていた。

 思わずサーシャは腰に付けた、金貨の袋を触る。


「うん、こんなにもらったのに……」


 少なくとも金貨の袋の重さを気にしなくて済む程度には、自分の体が軽くなるのを感じた。

 魔術的な機能が付加された道具は高額だ。

 売ったらいくらになるんだろう、そんなことを考えてしまうが、そんな必要がないほどの大金も今は持っているのも事実だった。


「あの人って凄いお金持ち? 商人の息子って言ってたけど……本当かな……」


 その端正な顔立ちや、仕立ての良い服から、お忍びで街に来た、どこかの国の王子のような印象を彼女は受けた。


「本当に、お父さんとはぐれたなら、私をここに連れてきて話し込んだりしないよね……。普通にあの路地裏からも一人で抜けてきたし」


 サーシャは、発言と、行動の矛盾点から、彼の嘘を予想する。

 自分の数歩先に行った、発言や行動をする。

 まるで超能力者のように、心を読み、予言者のように未来を語る。そして、あの超人的な能力。


「あの人って……救世主メシア?」


 たまに、炊き出しをやっている、黒服の集団が語っていた話にでてくる人物の名を思い出す。

 彼らは、再びこの地に救世主メシアが復活すると言っていた。

 救世主メシアは、世の終わりに現れ、苦しむ民を解放し、この地上に神の国を築く――と。


「……まぁ、そんなわけないよね、何百年も前に死んだ人が、こんなところにいるはず無いし……復活って……そもそも、救世主が盗賊団なんて作らないよね」


 だが、サーシャはその考えを頭から追い出す、厳しい現実を生き抜いてきた彼女は徹底した現実主義者リアリストである。


 だが、彼の理想には共感する部分が多々あった。

 人生には目的や夢が必要だと。

 夢や目的の無い人生は空虚で退屈だと。

 サーシャは今までそんな事を考えた事が無かった。

 今までは生きる事に精いっぱいで、夢や理想を持つ余裕などは無かった。

 だが、今は、


「なんか、楽しくなってきたかな」


 不安もある。

 懸念もある。

 これから先の事を考えると、何故か、楽しくて仕方が無かった。


「皆、心配してるかな? でも今日は……。いいや、暫くはずっとご馳走だよッ!」


 そう言いながら、サーシャは腰の金貨の袋をじゃらじゃらと揺らしながら、軽くスキップしながら、家路を急いだ。





 取り残された路地裏で、意識を取り戻したローランは起き上がる。


「い、今は、何時だろ……」


 何時間蹲っていたのさえ、分からない。

 それとも数十分だったのか。

 どうやら気を失ってしまっていたようだ。

 辺りを見回すと既に、薄暗くなっていた。

 立ち上がり歩きだす、気づけば服からは吐しゃ物の臭いがした。


「う……」


 腹部が痛みがローランに敗北を認めさせる。


「あの子は……一体どうなったんだろう」


 連れ去れた少女の事が気がかりだった。

 自分の名を呼び必死に悲痛な叫びを上げ助けを求める少女の姿が浮かぶ。


「……今頃は……」


 何故か、拘束されたまま、服を破かれた無惨な少女の姿がローランの脳裏によぎる。

 その姿を想うだけで、ローランの心は罪悪感と無力感に苛まれる。

 だが、それより気がかりな事が――


「……あいつは、アリシアの事も……狙って……」


 彼が一番、気がかりなことは、幼馴染の最愛の少女の事。

 それは、戯言の様には聞こえなかった。

 あの今日初めて会った男が、アリシアの事を知っていた事からもその発言には信憑性があるようにローランには思えた。


「……僕は。アリシアを守りきれるんだろうか?」


 今日の敗北を振り返る。

 あの男の強さは正直言って未知数だった。

 感情的になり、判断ミスがあったことは事実だが、もしそれが無かったとしても勝つことはできたのだろうか?


 敗北の痛みはローランの心を少しだけ不安にさせた。


 そんな時――。


「おい、探したぞ……っておい。何かあったか?」


 そこにいたのは身長2メートル近い筋骨隆々の大男。

 黒髪を短く刈り込み皮鎧に身を包んだ屈強な戦士であるその男は、その名を世に轟かせるSランク冒険者リカルドでる。

 まごう事なきこの国の英雄。

 冒険者の中で彼を知らぬものなどいない。


「……父さん」


 ローランは父親の顔を見る。


「目が真っ赤だぞ。それにお前吐いたのか?」

「……父さん、僕は負けた」

「……お前がか、相手は強かったのか?」


 その一言から、ある程度の事情を察したリカルド。


「強かった、僕とそんなに変わらない年なのに」

「……そうか」

「手も足も出なかったよ……」

「……そうか……この世界は広いだろ……?」

「僕はアイツを許せないッ! アイツは悪だ――。そして、何よりその悪に勝てなかった僕は、自分が許せないッ!」

「……お前にそこまで言わせるほど悪い奴がいたのか」

「父さん、僕は、強くなりたい」

「そうか……お前も遂に本気になったという事だな」

 

 その一言にリカルドは微笑む。

 自らの一人息子は心優しいが、争いを好まない気質があった。

 その事が彼の成長を妨げていたとリカルドは考えていた。


「父さん。僕は強くなりたい。弱い人間を守るために……。アリシアを守るために……ッ!」

「……そうか、なら俺に任せておけ。お前には他の誰にもない才能がある、いずれどんな人間にも負けないほどにお前は強くなるだろう」

「……うん」

「今夜は、ここに泊まるぞ……宿を探さなきゃならん」

「うん……」

「どうした、元気出せ、そんなんじゃアリシアに笑われれちまうぞ?」

「………もう、父さん」

「ははははは」


 親子は並んで家路についた。

 父親は泣き腫らした息子の頭を少し乱暴に撫でながら。


 この世界の主人公は立ち上がる。

 強くなって悪を倒す、その日のために。



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