第17話


 レクスは、構える事もなくローランを見据える。

 この街に来たのはあくまでも、人材を見繕うためだった。

 愛剣も持ってきてはいない。

 だが、負ける気も微塵も無い。

 だが、どこかで怯えている自分がいるような気もした。


 ――どうせなら、この世界の主人公とやらのお手並み拝見と行こうか……。


 相手は【ブレイヴ・ヒストリア】の世界でなら、レクス・サセックスの地位も名誉も全て奪い取る男だ。

 踏み台悪役貴族レクス・サセックスという存在そのものが、この世界の主人公ローランを恐れているのだろうか。


「行くぞ……ッ!」 


 掛け声と共にローランは剣を構える。

 その剣はどこの武器屋ででも手に入りそうなブロード・ソード。

 だが、ローランの剣は留め金も外されないままに、鞘に収められたままだ。


「ふん……」


 レクスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。



「……ふッ!」


 素早い踏み込みと共に横なぎの一振りを放つローラン。

 それは、剣の腹を用いた殴打として機能していた。

 相手は丸腰。

 心優しいローランは、相手が悪人であろうと、流血沙汰は避けたかった。


 完全に迫る、鞘をレクスは上体を少し逸らして紙一重で躱す。

 力強いローランの力強い一撃は、ブンッという音共に放たれる、風圧でサラサラと流れる金髪を揺らすだけだった。


 ――それなりではあるのだがな……。


 レクスはそう評価を下す。

 この世界の一般的な町人くらいなら、今の一撃で軽く昏倒させられただろう。

 ローランの動きからは、彼の高い身体能力と、洗練された技術の片鱗を見てとれた。

 彼の才能と努力を感じさせられる。


「……ッ!」


 あっさり躱された事に目を見開くローラン。

 確実に顎先を捉えたと思った。

 しかし、相手は大袈裟な回避を取ることもなく完全に見切ったような最小限の動きを取っただけだ。


(こいつ、ただの雑魚じゃないぞ)


 追撃を加えることもなく、思わず距離を取るローランは、涼しい顔の金髪の少年の顔を見た。

 その表情に一切の動揺は見えない。


 両者ともに、ただ一つの応酬で、ある程度の相手の力量を感じ取った。


「……俺を舐めているのか?」


 挑発するようなレクス。


「いいやッ! そんな事はないさ……多分、君は強い……ッ!」


 その漲る自信。

 そして、状況を見る限り、この金髪の少年は素手であの少女を捩じ伏せあの拘束魔術をかけたのだ。

 素人ではない。

 確実に武の心得がある。


「さぁ、こいよ……」

「ふ……ッ!」


 惚ける事もなく次撃を繰り出すローラン。

 踏み込み過ぎるのは危険。

 長物を持ちる優位性を活かす間合いを維持する。

 父からは相手を侮ることの危険性を常に教えられていた。


「……そんなやる気のない剣が俺に当たるとでも思っているのか……?」


 レクスは、煽りながら攻撃を躱す。


「……くッ!」


 苦々しい表情のローラン。


 ――見極めさせてもらおう。お前が今後俺にとっての脅威となり得るのか……。否かを……。


 レクスは目を細めた。




(当たらない、ここまで避けられるか……) 


 ローランは内心に焦りを感じ始めていた。

 全ての攻撃を躱される。

 この男は間違いなく強いという直感が冴える。

 今はまだ余裕を崩さない、この彼の技量を全て把握できてはいないが、どこか底知れなさを感じるさせる。

 一度も自分からは攻撃を仕掛けてこない。

 それどころか、一歩たりとも動く事がない。


「……なぁ、どうしたのだ? サーシャを救うんじゃなかったのか?」

「そうだッ! 僕が救うッ!」

「ほら、当ててみせろ……そんな剣じゃ無理だろうがな……はははッ!」


 高笑いを上げるレクスをローランは睨みつける。

 少し息が上がっているのを自覚している。

 幾度攻撃を放とうとも当たらない。当たる気がしなかった。

 痺れを切らした様子のローランは告げる。

 

「……なぁ、一応聞くが、その子を解放する気はないんだな?」

「当たり前だ。くどいぞ」

「なら……仕方がないッ!」


 ローランは一呼吸置き、決意を固める。


「どうした……?」

「僕は君を斬る……ッ!」


 そう言って、剣の留め金に指をかける。

 その様子を見てレクスは面白そうに嗤う。


「そうか、ようやくやる気になったようだな……さぁ、俺に見せてくれこの世界の主人公の実力とやらを……」

「主人公?」

「……いや、こっちの話だ……気にするな」

 

 人差し指と中指で手招きするようなレクスを前に、金属を擦りつける様な音と共に抜き放たれる刃身。

 ギラリと光を反射するスタンダードなブロード・ソード。

 何処の武器屋にでも置いてありそうな質だろう。

 だが、人一人の命を奪うのは容易な代物だ。


「……行くぞ」

 

 ローランは、強い意志を宿した瞳で切りかかる。

 今度は剣の腹を用いた攻撃などではない。

 当たったら、打撲では済まされない剣戟がはじまった。


 ヒュンヒュンと音を立てて放たれる斬撃。

 格段に良くなるローランの剣捌き。

 空気による抵抗による力のロスがなくなりその鋭さは段違いだ。

 だが状況は先ほどと全く変わらない。

 ローランの攻撃をすべてひらりひらりと、躱していく。

 

 ――しかし……本当に、この程度なのか?


 レクスにとって、ローランの斬撃を躱すのは非常に容易かった。

 その強さの期待値は予想を大幅に下回るものである。

 元より【ブレイヴ・ヒストリア】の世界においてレクスとローランの初戦闘は負けイベントだ。

 圧倒的な力を持つ天才としてローランの前にレクス・サセックスは立ちはだかる。


 元々のキャラクター性能には大きな開きがある。

 加えて、前世の守の不可能を可能にすると言われた、圧倒的な身体コントロール技術は、生まれつき異常な動体視力と反射神経などの超人的な身体能力を持つ、レクスに・サセックスの肉体に付加されている。

 武器の有無という優劣はあるが、地力に大きな差があった。


「どうした? どうした? 本当にこの程度なのかッ!?」

「ちぃっ、ちょこまかと、避けてばかりで……ッ!」


 全く自分からは攻撃をして来ない、レクスに対してローランは不気味さを覚え始める。


「俺から行ったら、直ぐ終わってしまう。俺はお前の本気が見たい。見せてみろ。」

「ちぃッ! なんでッ!」


 明らかに焦りを浮かべるローランに、


 ――まさか……。これで本気なのか?


 少し落胆していた。

 実際に戦ってみてローランを自分の敵としてすら認識できない。

 レベッカと戦った時のような高揚感もない。

 サセックス家お抱えの一般的な兵より劣るような存在でしか無かった。


「お前……。意外と、大した事ないんだな……」


 レクスの口からは思わずそんな言葉が漏れた。


「……なんだとッ!」


 その言葉に思わず叫ぶローラン。


「……無駄だ。今のお前では俺には勝てん、勝負にすらならん……」


 今の状態では剣すら必要だとは思わない。

 やろうと思えば素手でも一撃で仕留められるだろう。

 親指を一つパチンと鳴らせば消し炭にもできるだろう。


「……そんな事ッ!」


 ローランは動揺する。

 だが、彼も内心ではそう思い始めていた。

 このまま攻撃が当たらないまま、剣を振っていても体力を消耗するだけだ。

 しかし、未だに全力を出してはいない。


 その斬撃は無自覚に、相手を死に至らしめてしまうようなものを避けて放たれていた。


 相手を殺さず、制するような太刀筋でしかない。

 加えて、まだローランも魔術は使用していない。

 彼は魔術も得意としていた。

 物心つく前から度々、幼馴染の少女に教わりながら磨いた、魔術の腕は今では一般的な冒険者に匹敵するレベルになっている。


 だが、剣術だけではなく、魔術まで使ったら確実に目の前の相手を死に至らしめてしまう、恐怖感がローランの中にあった。


(クソッ! どうする?!)


 ローランの焦りが更に深まる。

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