第16話
「今、なんて……? 今、僕の名前を呼んだ……?」
混乱した様子のローラン。
今しがた名前を呼ばれた気がした。
彼が自分の名前を知るはずなどないのだが、
「……一応聞くが。お前は誰だ?」
レクスは思わず問いかけ直す。
「……僕は、ローランだッ! ククル村のローランだ……ッ!」
そう名乗るローラン。
彼は、今日、冒険者の父に連れられて今日この街に初めて来た。
ギルドに用事があるという父と別れ、街の中を見て回っていたが、道に迷いこの路地裏に紛れこんでしまった。
そして、今この場に、身なりの良い少年が褐色の肌をした少女を拘束し押さえつけている。
只ならぬ事態である事を察した彼は、この場に介入する事を決めたのだ。
――やはり……、だが、なぜこいつが今、こんな所にいる……?
【ブレイヴ・ヒストリア】の世界のローランがストーリーの開始前にどこで何をしていたのかレクスは知る由も無かった。
恐らくはククル村でアリシア達と共に暮らしているのだろうという事ぐらいは予想が出来が、今、この場所で鉢合わせするなどとは夢にも思わなかった。
シナリオ通りなら、ローランがオラクルタウンを訪れるのは、レクス・サセックスにアリシアを奪われた後の筈だが……。
「ローラン。お前はなんでこんなところにいる?」
「それは……。道に迷って……」
「迷って?」
「ああ、そうだ。実はこの街に初めてきて、父さんと離れてしまって……」
「そうか」
「そうかじゃないよ……—ッ! その子を離せよ……ッ!」
そう叫びながらローランはサーシャを指さす。
「それは、無理な相談というものだ。俺だってこいつを捕まえるまでに非常に苦労した」
「捕まえるって……ッ!」
「まぁ、落ち着けよ……ローラン」
レクスはなだめるように言った。
今後の展開がどうなるかは分からないが、彼と今ここで敵対したところで何のメリットもない。
少なくとも、アリシアに手を出さなければ、ローランとは敵対する事にはならない筈だ。
「この状況で落ち着いてなんかいられないよッ!」
拳を握りしめるローラン。
「……た、助けてッ!」
サーシャはローランに助けを求めた。
その一言は彼の正義感に火をつけたようだ。
「可哀想じゃ無いかッ! その子を早く離せッ!」
「……可哀想も何も、こいつが先に俺に狼藉を働いたのだ……」
「狼藉って……本当にそうなの? 君ッ!」
「そ、そんな事ッ! 私はしてないよッ!」
サーシャは少し取り繕うようにそういった。
「おいッ! その子はしてないって言ってるぞ……ッ!」
「はぁ……サーシャは嘘をついているだけだ」
「ねぇ、君そうなの?」
「嘘なんてついてないよッ」
今のこの状況で嘘だとサーシャは認められる筈もない。
「おいッ! あの子はそう言ってるぞッ!」
サーシャの言葉を信用している様子のローラン。
「今は、少し黙っていてくれ。話がややこしくなる」
レクスは、サーシャに近づき、彼女の口にも拘束魔術を掛けていく。
「助けて! 助けて! ……ください! お願いしますッ! むぐ……ッ!」
そんな叫びを最後にサーシャは黙る。
「お前……ッ!」
そんなレクスの様子にローランは怒ったようだ。
「話の邪魔をされたくないのでな、サーシャには黙ってもらった」
「……なんでそんな酷い事が出来るんだ?」
「後で、外してやる。だからまずは、俺の話を聞けローラン」
「………ッ! 言ってみろッ!」
苛立ちを隠せないが、話を聞く姿勢を見せるローラン。
「俺は、サーシャを連れて帰りたいだけだ。何、悪いようにはしない。そして、俺は今はお前と敵対するつもりもない」
「……勝手な事ばかり言って、僕が見過ごせるわけないだろッ!」
「……面倒な奴だ……」
少しうんざりしたようにレクスは言った。
【ブレイヴ・ヒストリア】の世界のローランもこんな感じだったなと思う。
正義感が人一倍強く、困っている人間を見過ごせない性格だった。
それが原因で様々なトラブルにも巻き込まれた。
「いいから、その子を離してやれよッ! まずはそれからだ……ッ!」
「断る。逃げられても面倒なのでな。それに何故、この俺が、おまえの命令を俺が聞かねばならんのだ。俺に命じられるのは俺だけだ……」
「いいから、離してやれッ!」
「……サーシャもどうせ直ぐに俺に尻尾をふるだろうさ。抵抗するのは今だけ。結果的には全て良い方向に行くんだ……」
悪びれた様子もなく、レクスは少し煽るように答える。
(こいつ……)
レクスの一言はローランの感情を更に逆撫でしたようだ。
「……た、たすけてッ! た、たすけて、ローランさんッ!」
サーシャは拘束魔術の一部を外し、再び、叫び始めた。
「……大丈夫ッ! 待ってて! 絶対に僕が君を助けてみせるから!」
「助けるか……そうか、お前がこいつを助けるというのか……」
レクスは少し滑稽そうに笑う。
何故なら、このサーシャというキャラクターは【ブレイヴ・ヒストリア】の世界において、ローランを庇い死亡するキャラクターだった。
彼女はローランのパーティーに加入する4人目の仲間だった。
サーシャの初登場時、自暴自棄にローラン一行を襲う。
そこをローラン達に捕まり、諭され、結果的にローランのパーティに加入するのだが。
最終局面においてローランを庇うために、彼をかばい命を落とす不遇キャラクターなのである。
「(気にしないで……私は、ずっと死に場所が欲しかった……ようやく私の番がきた。やっと皆のところへ行ける)」
そう言って満足したように、安らかに息を引き取るのだ。
恐らくは、先ほど逃げていったサーシャの仲間達は、ストーリー開始前に全て死亡している。
想像に難くないことだった。
先程のように、全体を生かすために一部を切り捨てる。
そんな仲間の自己犠牲によってサーシャだけが生き残った。
自分だけが生き残った罪悪感に縛られ続けたサーシャは、最後に自分を犠牲にして他者を救うことによって罪悪感から解放されたかったのだろう。
「今のお前と話すだけ無駄なようだな。……どうせお前にサーシャは救えない。悪いが俺が連れて帰らせてもらう……」
レクスは後ろを振り返り、サーシャを見る。
「……やるしかないか…?」
ローランは腰の剣に手を伸ばす。
「……なんだやるのか?」
「君が、その子を放す気が無いなら……」
苦々しい顔のローラン。
「……なんだ? 俺に勝てると思ってるのか?」
面白そうな顔をするレクス。
「ずいぶん、自信があるみたいだけど、言っておくけど僕は強いよ。それに僕は剣を持っている、君は丸腰だ」
剣の柄を触るローラン。
「……そんなのハンデにすらならんぞ? あまり、調子に乗るなよローラン。この俺を誰だと……」
「た、助けてッ! ろ、ローランさんッ! この人に連れていかれたら……私ッ! 私ッ! か、体で……ッ!」
発言を遮り、悲痛な叫びをあげるサーシャ。
「……最後だ……本当にその子を放す気はないと?」
剣を抜くローラン。
「だから、なぜお前の指図に俺が従わなければならん? どうせお前は何もできやしないさ」
「……仕方がない、僕が君を倒してその子を救う……」
剣を構えるローラン。
「……邪魔立てするなら……」
この世界の主人公と、踏み台系悪役キャラの初めての戦いが今始まる。
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