第15話

「……しかし、本当にゲームの世界なんだな……」


 レクスは、いわゆる始まりの街と言われる、<神託の街オラクルタウン>に来ていた。

 その町並みはゲームの世界と全く同じ。

 どんなゲームであっても、始まりの街というのは印象に残りやすいものだ。

 鈴木守が幼き日に遊んだゲームとはいえ、その記憶が鮮明に蘇った。

 サセックス公爵邸内部は、ゲームの世界ではあまり馴染み深いものではないが、ストーリー初期から登場するこの街を歩く事に感慨深さを感じずにはいられない。

 

 この街は、ローランとアリシアが住むククル村から馬車で半日かからない程度の距離にある。

 大都市とまではいかないが、それなりの人口と活気のある街だ。

 エルロード王国内に置いても、中規模程度の街で雑多な露店が軒を連ねる市場や、冒険者登録の可能な冒険者ギルドなども存在する。

 治安もそれほど悪くないが、一歩入る道を間違えるとスラムなども存在した。


「ここは……、あの冒険者ギルドか」


 通りを歩いていると、ゲームの視界では良く知った冒険者ギルドの建物があった。

 少し古臭い石造りの二階建ての建物だ。


 ククル村を出たローランはここで、冒険者の父の推薦で冒険者へと登録する。

 クエストを受注したりする際にも良く利用する建物で、ゲームの世界ではよく利用した建物だった。


 少しの懐かしさのようなものも感じたが、その横を素通りして、表通りからは外れた道へと行く。


「この路地裏……悪くない雰囲気だ、如何にも出そう……、といった感じか」


 そこは、用水路の近くの少し薄暗い路地裏だ。

 道は荒れ修繕されていない。

 建物も老朽化しているものが多い。


 そんな、路地裏を暫く進む。


「おい、そこ兄ちゃん。迷子か?」


 大柄な人相の悪そうな男が話しかけてきた。


「……ああ、実はそうなんだ」


 レクスは少し怯えた様子で返す。


「そうかい、じゃあ悪いけど兄ちゃん。その腰にぶら下げているもん、置いてってくれねぇーか? そうすりゃ痛い目に遭わずに安全に帰れるぜぇ……」


 男はナイフをチラつかせながら言った。


「こ、これ?」


 レクスは、これみよがしにぶら下げた、ジャラジャラと音の鳴らす袋を指さす。


「ああ、兄ちゃん金持ちっぽそうだしな……」

「こ、これは買い付けに必要なんだ……。父に頼まれて……」

「俺の知った事じゃねぇ、命まではとらねぇから、その腰のもんだけ置いていきな」

「こ、困るよ……」


 にじり寄る男から、後ずさりする。


「じゃあ、力づくでもらうとするぜッ!」


 そう言うと男はナイフを抜いてレクスに襲い掛かる。


 その瞬間。


「お前は外れだな……ッ!」

「がはッ!」


 レクスは掌底を男に打ち込み気絶させる。


「犯行に美学が無い。工夫もない……体術の心得もない」


 そんな事を口にしながら男の財布を漁る。


「……意外と持っているな」


 男の財布にはそれなりの額が入っていた。

 誰かから巻き上げたのだろう。

 レクスは腰の袋に男から奪った金を入れる。


「だが、小物だな」


 そう、今日ここには釣りをしにきたのだ。

 自分が餌で、この男がそれにかかった獲物。

 それなりに仕立ての良い服着て、丸腰。

 不用心に大金をジャラジャラと音を立てて持ち歩いている。

 世間知らずの商人の子供が路地裏に迷い込んだように見える。


「さあ、気を取り直して次だ」


 人手が欲しかった。

 そこで、自分を餌にして引っかかった獲物の中から優秀な人材をスカウトしようと考えたのだ。


「お前も外れだな……」

「……」

「外れだ……」

「……」

「また、外れ……ッ!」

「………」

「外れだな……」

「……」

「何ということか……ッ! 外れ……ッ!」 

「……」


 半日近く試したが、お眼鏡に叶う人材は一人もいなかった。


「そろそろ帰るか? やり方が間違っていたのか、それとも、この街には俺の求めるような人材はいないのか? それとも、もっと大きな町にでも行くか?」


 そんな事を考えていると。


「お兄さん、もしかして迷子?」


 そんな事を言いながら近づいてきた。

 褐色の肌に、銀髪を生やした少女が近づいてきた。


――こいつは……。


 レクスは思わず眼を見開く、その少女の事は知っていた。


「何……?」


 不思議そうな少女。

 

「うんいや、実はそうなんだ。父に連れて来てもらったんだけど。迷っちゃってね……どっちに行ったらいいかもわからなくてね」


 レクスは大分板についてきた役に入る。


「へぇ、この街は迷いやすいからね。そういう人は多いんだよ」

「やっぱり、そうなんだ。初めて来たから迷ってしまったよ」

「大変だね。じゃあ私が表通りまで連れて行ってあげようか?」

「ああ、うんお願いするよ」

「じゃあ、お願いするよ。ところで君の名前はなんて言うの?」

「私? 私は、サーシャって言うんだよ」

「……やっぱり、そうなんだな」

「え?」


 少し困惑した少女。


「いや、なんでもないよ」


 レクスは誤魔化すとサーシャに案内されて路地裏を歩き出した。

 サーシャは身なりこそ良くないが、十分に美少女と呼べる整った顔立ちをしている。

 大きなパチリとした瞳が特徴的な庇護欲を唆りそうな容姿。

 だが、彼女は小柄なだけではなく、少し細過ぎるように見える体つき、髪には色艶も見えない。

 栄養状態が良くないのは明白だ。

 だが、彼女はレクスに気を使うように、話しかけてきた。

 まるで、不安な彼を安心させるような柔らかな声音で。


「ふうん、一人で心細かった?」

「サーシャが居なかったら大変な事になっていたよ。商会の皆とはぐれちゃってどうしたらいいか分からなかったんだ」


 レクスはサーシャと談笑しながら、路地裏を歩く。


「もう少し頑張ってね。もう直、表通りに出るよ……」

「本当にこっち? なんか表通りから離れて行ってる気もするけど?」


 かまをかけたように聞くレクス。

 だが、本当は気づいていた。

 サーシャが連れていく方向は表通りになど向かってはいない事に。


「あ、うん。そうだよ……ッ! ああ、そういえばお兄さんのお父さん達とどこへ行こうとしてたの? そこまでつれってあげようか? その代わりに……ちょっとお礼が欲しいかな……私、こんなところに住んでるから……」


 サーシャは質問で話をすり替える。


「そうだね……いいよ。私の家は結構お金持ちだからね……ふふ」

「そうなんだ、期待してるよ。ああ、もう少しで表通りだよ。表通りに出たらどうするの? お兄さんのお父さん一緒に探してあげようか?」


 問いかけるサーシャ。


「とりあえず表通りまででいいよ。後は自分で探す。その時に少しばかりはちゃんとお礼もしようじゃないか」


 そう言って腰に付けた布の袋をジャラジャラと揺らすレクス。


「うん、ありがとう。さぁお兄さん着いたよ」


 サーシャははそういって立ち止まるが、ここは、明らかに、大通りなどではない。

 少し開けた広間のような場所だった。


――囲まれたな。


 廃墟のような建物の中から視線を感じる。

 一人や二人ではない、無数の視線だ。


「うん? ここは大通りじゃないんじゃないのかな?」

「ううん、ここがお兄さんの目的地。終着点。さぁ、皆、今だよ……ッ!」


 サーシャはレクスから少し距離を取るとそう叫んだ。


「「「「大地よ、わが敵を縛る縄と成れッ!」」」」


――これは……。


 あちこちから聞こえる詠唱と、空間に満ちる魔力をレクスは感じた。


「「「「大地の拘束アース・バインドッ!」」」」


 四方八方から聞こえるその声が消えると共に、地面から現れた土の縄が現れる


「……ッ!」


 地面から突然無数に現れたそれは、瞬く間にレクスの四肢を拘束した。

 少しの腕力では、引きちぎれない土の縄が体に巻きつき身動きが取れない。


「やぁやぁ、君たち、うまくやってくれたね。久々の大物だよ、今夜はごちそうだよッ!」


 突然、人が変わったような口調でサーシャは笑いながら手を叩いた。


「やったねサーシャッ!」

「この人……お金持ち?」


 そうすると数人の少年少女達が現れる。

 その身なりはとても貧相だ。


 そう、サーシャはレクスをここに連れ込んで嵌めたのだ。

 一人一人は幼くとても弱い。


「……やられたな。こういう作戦だったわけか」


 だが有利な場所に誘い込み複数人ですることによって、獲物を捕らえてきたのだろう、弱者の工夫と知恵を感じとれる。


「うん悪いね、お兄さん。私達も生きるのに必死なんだ。なんの苦労もしてこなかったような、お兄さんにはわからないだろうけどね……」


 サーシャは黒い笑みを浮かべる。


「お前が、こいつらのリーダーというわけだ。そして、俺はまんまとつかまってしまった……。全てお前の計算通りということか……」

「そういうことッ! まぁ命までは取らないから……暫く捕まっててね? その内それ解けるから……」


 サーシャはレクスの腰の袋に手を伸ばす。


「ははははっ! 素晴らしいぞサーシャッ!」


 その時、レクスは思わず高笑いを上げる。


「……ッ! 何ッ! 一体ッ!」


 突然、高笑いを上げるレクスを前に身を固くし、警戒心を強めるサーシャ。


「お前は合格だ……ッ!」


 レクスは自らの魔力で、拘束魔術に干渉すると、その縄を単なる土くれに戻す。

 魔術では術者の力量差があまりに大きい場合、単純な魔力によって無効化できてしまうことが多い。

 サセックス家の最高傑作として生を受けたレクスの膨大な魔力を前に、サーシャたちの工夫は灰燼に帰した。


「う、嘘ッ! なんでッ!」


 突然の状況の変化についていけないサーシャ。


「いいか? 拘束魔術というのはこういう風に掛けるのだ」


 そう言ってレクスは、一瞬でサーシャを組み伏せ、その背後に回り捕らえると、逃げられないように超多重に拘束魔術をかける。


「……ッ!」

「「「「「「サーシャッ!」」」」」」


 周りの少年少女達が悲鳴を上げ、この彼女の名前を呼ぶ。


「捕まえた……。捕まえたぞ。ふふ……あはははッ!」


 ねじ伏せたサーシャの背後で高笑いを上げるレクス。


「……み、皆……ッ! に、逃げろ………ッ!」


 蒼白に染まった表情で叫ぶサーシャ。


「で、でも……」

「なんだよ、アイツッ!」


 周りの少年少女達は困惑している。


「私は大丈夫だから、一人で、何とかするッ! 皆が捕まるわけにはいかない。だから……逃げてくれ……ッ!」

「ど、どうする……?」

「サーシャッ!」

「た、助けないと……」

「いいから……逃げて、私なら大丈夫だから……」


 絞り出すように言うサーシャ。


「なぁ、お前達も俺の下に来る気は無いか……ッ!?」


 レクスは周りを見回すと叫ぶ。


「あの人怖い……」

「どうしようッ!!」

「ヤバイよッ! アイツッ!」


 だが、周りからの反応は悪い。


 ――俺のようなイケメンに怯えるとは……。


 その様子をみてレクスは少し落胆する。


「だ、大丈夫……。後から……後から……追いかけるから……絶対に追いかけるから……」


 絞り出すような声のサーシャ。


「……行こう……」

「嫌だよ……。サーシャを置いていくなんて……」

「で、でも……うん……そうだね……」


 僅かな、逡巡の後に少年少女たちは逃げ出す。

 とても、思い切りが良かった。

 仲間が捕まる事を事前に想定しておいたのだろう。


「絶対に、絶対に帰ってきてよねサーシャッ! 待ってるから!」


 そう言って最後まで残っていた、少女が逃げ出す。


「……」

 

 その声にサーシャは応えない。

 四方八方に散り散りに足音が遠ざかっていった。

 暫くして物音は消えた。


「……二人になってしまったな?」

「そうだね……。ヘマしたな。騙されちゃったよ……。何? お兄さん猫被ってた訳?」

「それはお互い様だろ、サーシャ」


 レクスは笑いかける。


「……そうだね。でも、それでどうするの? 私を殺すの? それとも、お金? 見てわかるでしょ? お金なんて持ってないよ? それとも体が目当て?(その笑顔、恐いよ)」


 作り笑顔を浮かべるサーシャ。


「殺す? 冗談だろ。やっと捕まえた俺の獲物だ。金も要らん。腐るほどあるからな。では体か? 体と言えば体だな。俺を襲ったツケ……先ずは、その体で払ってもらう事にしよう」

「私なんかの、貧相な体がいいの?」

「そうだなお前がいい、俺はお前が欲しい……ふふ」


 そうサーシャに耳元で囁く、


「ふーん、私が欲しいんだ? じゃあ具体的にどうして欲しいの?(この人あれだ、少女趣味ロリコンっていう奴だ……。聞いたことある……ッ!)」

「ここではな、まずは、二人きりでゆっくり話したい。まずは、お前をどこか静かなところへ連れて行く……」

「へ、へぇー。そうなんだ……。それって何処……?」


 サーシャは引きつる顔で必死に軽口を叩きながら、如何にしてこの状況から逃げ出すのか考えていた。

 だが、拘束魔術を掛けられている上に、上から組み伏せられている。

 抜け出しようがない。


「……そうだな、あそこが良いな。ここから距離も近い……」

「へぇ、近いんだ」

「ああ。いい場所だぞサーシャ」

「た、楽しみだなぁ……」


 最悪命だけは守るために、相手の神経を逆なでしないように、会話に意識を誘導し隙あれば逃げ出そうという打算もある。


(何とかして、逃げないと、考えろ、考えろッ!)

 

 サーシャは必死に考え、この状況を脱するために思考する。


 その時、突然――。


「その子を放せッ!」


 と正義感に満ちあふれた少年の声が、路地裏に響く。


――まさか……。


 レクスはその声を知っていた。

 その声は、かつて、幼きに日に幾度もなく耳にした声。

 レクス・サセックス存在が決して忘れる事ができない声。

 自分の存在を唯一脅かす可能性のある人物の声。


「もう一度言う、その子を離すんだ――ッ!」


 レクスが、振り返ると、そこには燃えるような赤い髪をした少年がいた。

 その少年の瞳は、正義感を湛えた、どこまでも透き通るような大海を思わせる碧眼エメラルド・グリーン

 その少年の端正な顔は、幾度となく見た、まさしくその顔あった。


 ――こんなところで会う事になるとは……。


 レクスは思わず、目を見開きその少年の名を呟く、


「ローラン……」


 この世界の主人公と言える人物のその御名を――。

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