第14話

「こんなの何に使うんだろ」


 ミリアムは、倉庫に来ていた。

 レクスから渡されたメモを元に頼まれた品物を手に入れるためだ。

 そこにあるリストには、通常では手に入らない、素材の数々が記されている。

 魔物の素材だけではない、高級な布地や、裁縫道具……など、用途の分からない道具まである。


 サセックス家にはお抱えの職人が幾人もいる。

 倉庫には、彼らが扱う為の素材を倉庫に大量に保管してある。


「あの……。すいません、これありますか?」


 ミリアムは倉庫番の初老の男性に話しかける。


「……これ? うん……多分、全部、あるよ。でも何で?」

「レクス様に頼まれて」

「ああ、ミリアムちゃんは、レクス様のとこの……」

「ええ……。あ、はい、そうですけど、大丈夫ですよッ!」

「大変だねぇ」


 倉庫番の男性は憐れんだような顔をする。

 彼女が、レクスの専属であると知った人間は皆こんな調子だ。

 レクスの評判は使用人達の間でも、すこぶる悪い。


「あ、いえ……本当はレクス様も多分そんなに悪い人では……」


「……なんでこんな良い子が……」


 ミリアムのレクスを擁護するような発言を聞き、男性は少し涙ぐんだような表情を浮かべる。


「レクス様は、最近、変わられたんですよ」


 確かに、常人には理解できないような事を、聞いてきたり、口走ったりもする。

 突然、意味不明な高笑いも上げる。

 だが、以前のように癇癪を起こしたり、些細な事でイライラした様子は見せない。

 寧ろ、精神的には非常に落ち着いていて、いつもご機嫌の様子。


「分かった、分かった。うん、ミリアムちゃんは本当にいい子だね」


 そんな、ミリアムの擁護を男性はまともに取り合わない様子。

 人はそんなに簡単に変われない。

 特に、あのレクスという少年はなおさらだ、非常に我が強く、人の話をまともに聞き入れる性質の人間ではない。


「でも……本当に……」

「うん、分かったよ。とりあえずこれに書いてあるものを集めてくればいいんだよね?」

「……あ、はい」

「じゃあ、見繕ってくるよ」


 ミリアムの真意は、倉庫番の男性に通じる事は無かった。


「本当に変わったんだけどな」


 倉庫番の男性が品物を集めてくるのを待つミリアムはそんな事を呟く。

 ミリアムは、レクスの元で働くのがそれほど嫌ではなくなってきていた。

 寧ろ、頼られたり、彼の為に何かをする事に、彼女は喜びすら感じるようになっていた。


「(……正直言ってあの女欲しいな……)」


 その言葉を思い出すと、ミリアムの胸と顔は何故か強い熱を帯びてくる。


「……ま、まさか……ッ! 変な事命令されないよね……?」


 ミリアムはそんな事を考えてしまう。そういった話も聞かないわけではない。

 主人から、そういった命令をされたメイドの話はよくある。

 彼女が夜、寝る前に読んでいる本の中にもそう言った記述があった。

 

 主従関係にあるが故に多少強引に迫られても、女の側は断わり辛い。

 レクスも年頃の男性、来年でこの国では結婚も許される年。

 そういった命令を自分にしてきてもおかしくは無いのではないかと。


「……されちゃったら、どうしよう……」


 その事を考えると少しの恐怖を感じるミリアムであったが、どこか、嫌ではないと思っている自分がいる事に彼女は気づいていた。

 何より、無駄に顔は良いのだ。

 ミリアムにとって、レクスの顔の造形はかなり好みのタイプではある。


「(……私、何、考えてるんだろ……)」


 ミリアムはそんな事を考えながら、少し寒い倉庫で倉庫番の男性の帰りを待ち続けた。




「レクス様、これで全部揃いましたよ」


 ミリアムが台車に乗せて、レクスが命じた素材を運んできた。

 あちこち動き回っていたせいか着衣と服に彼女らしくない乱れがあった。


 様々な素材が運ばれて、匂いが入り混じり、部屋では、少し異臭がする。


「ご苦労……。大儀である」


 書き物をしていたレクスは机から、ミリアムに礼を言う。


「いえ、大した事では」

「いや、良くやってくれている感謝しているぞ」

「……えっと、はい……」


 ミリアムは少し照れたよう俯く。


「では、今日はもう休んで良い。ああ、あと明日もここには来なくて良い。偶にはお前も羽を伸ばすがいい、俺にはやる事があるのでな……ふふ」

「もうですか? 大分お時間も早いですが」

「ああ、構わん、俺は、今から人には見せられないものを作るのでな……」

「えーと、あ、はい。分かりました。ですが、何か御用があれば……」


 怪訝な顔をするミリアムであったが、レクスの考えていることを理解することは不可能だと割り切っていた。


「うむ、分かった」

「では……失礼して」


 部屋を出ようとする、ミリアム。


「ああ、そうだ……大事なことを忘れていた……」

「はい?」

「お前との約束だ……。俺とした事が……」

「約束ですか?」


 思い当たる節がないミリアム。


「ミリアムよ。ちょっとそこの壁際に立ってはくれないか?」

「壁際ですか? ここでいいですか?」


 ミリアムはドアの隣の壁に立つ。


「ああ、そこでいい。そこで少し待っていてくれ」


 レクスは机から立ち上がり、ミリアムの前までくる。

 そして、ミリアムの瞳を見つめる。


「……な、何を……?」


 緊張した様子のミリアム。


「お前は特別だ……」

「……は、はい?」


 ドン——ッ!


 少し声が震えたミリアムの壁に向かって、レクスは勢いよく手を打ち付ける。


「ひゃッ! (ち、近い……)」


 少し大きな音が鳴り、ミリアムが少し驚く。そして、その耳元で感謝の言葉をささやく。


「褒美だ……受け取れ……」

「……(な、何……?)」


 と、少し身を固くしたミリアムが呆然とレクスを見上げる。


 その瞬間——。


 ガチャリという音が鳴り、誰かが入ってきた。


「何かあったのッ!? 今、悲鳴が……ッ!」


 二人がドアの方を見ると、レクスの弟、アランが部屋に入ってきた。


「アランか? 何の用だ? ノックもせずに……」

「あ、アラン様……」


 壁に手を当てたレクスとミリアムは密着しながら、アランを見る。


「……何やってるの……」


 アランはレクスとミリアムを見ながらそんな事を問いかける。


「何って……見れば分かるだろう? いや、分からんのかこっちの世界の人間には? そうだな……俺はミリアムに褒美をやっていたのだ……」

「ほ、褒美って……ッ! な、何をッ! 何をしようとしてたのッ!」


 動揺した様子のアラン。


「しようとしてた? いや、もう終わった後だな」

「……終わった? え……? 嘘……、それに何この匂い……。変な匂いがするよ……ッ!」

「ああ、確かにそうだな。俺は部屋の中にいたから気づかなかったが……」

「何この匂い……ッ! 何この匂い……ッ!」


 異臭にアランは動揺しているようだ。


「……換気しておいた方がいいな。すまんがミリアムよ。帰る前に部屋の窓を開けていってくれ……」

「………あ、はい」


 レクスに答えるミリアム。


「ああ、あと、服と髪が乱れたままだぞ」

「あ、はい……そうですね」


 ミリアムは自分の服を見る。


「今日はよくやってくれた。また頼む」

「い、いえ……い、一応はお仕事ですから……」


 ミリアムは、着衣を直すと窓へと向かう。


「何やってたの……。ねぇ……ッ! ミリアムさんに何やってたの……ッ!」

「何か……? そうだな……」


 考え込んだ様子のレクス。

 この世界の人間に、壁ドンをどうやって説明したものか考える。


「に、兄さんは……。もしかして、み、ミリアムさんに変な事してたの?」

「変な事? 変なことではないな、ふふ、俺は女が喜ぶ事をしてやったまでだな……」

「喜ぶ事って……ッ!」

「ああ、俺は女の喜ばせ方をよく知っているのだ」


 胸を張るレクス。


「……もしかして……。い、いつも、ミリアムさんにそんな事やってるのッ?!」

「いや、いつもではないな……今日が初めてだ、そうだろ? ミリアム」

「あ、はい……。(何の話? さっきのドンってやる、アレ?)」


 窓を開けながら、ミリアムは答える。


「……ッ! み、ミリアムさんは嫌がってたんじゃないの? 兄さんにそんな事ツ! されてッ!」

「そんな訳は無い。……なぁ、そうだろ?」

(どうしよう、ちょと怖かったけど、なんかドキドキしたなんて言えない……ッ!)


 ミリアムはなにも答えずに窓を開けていく。


「……なんでッ! なんでッ!」

「なんで? 質問の意味が分からんぞ……」

「嫌なんでしょ? ミリアムさんッ! 本当は嫌だったんでしょ? ねぇッ!」

(嫌ではなかった? どうなんだろ……?)


 返答に困るミリアム。


「ねぇ……答えてよ……」

「嫌なわけが無いだろう、女は俺のようなイケメンにアレをされると喜ぶんだ」

(イケメン? イケメンって何?)


 ミリアムは聞いたことのない言葉に戸惑う。


「……畜生……ッ!」


 アランは俯くとそんな事を呟く。


「あ、あの……」


 ミリアムがどうしたら良いのか分からずに俺に問いかける。


「おお、すまんな、もう、下がって良いぞ……」

「あ、はい……では……」


 そう言って部屋から出て行こうとするミリアム。


「ま、待って……ミリアムさんッ!」


 それをアランが追いかける。


「僕がいつか必ず……絶対にミリアムさんを救ってみせますからね」

「え? あ? はい?(何? 本当に……)」

「任せてください……」


 アランはそう言うと強く決意を固めるのであった。

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