第13話
翌朝。
レクスは椅子に座り、紅茶を飲みながら考えていた。
鈴木守は、【ブレイヴ・ヒストリア】も細かい設定にまで全て熟知していたわけではない。
しかし、大筋のストーリーは把握していた。
ストーリーの舞台となる大陸には、三大国として、アヴェロン連邦、エルロード王国、シルヴァン王国という国家が存在していた。
主人公ローランは幼馴染の少女アリシアをレクス・サセックスに連れ去られた事がきっかけで冒険者となって成り上がることを決意する。
ストーリーの序盤では冒険者としてローランが活躍する場面が描かれ、後半になると戦争パートが始まり戦記のような様相を呈してくる。
今はストーリー開始の一年程前だが、この世界が【ブレイヴ・ヒストリア】通りの道を進めば、レクス・サセックスは、公爵家を追放され最後は、宗教組織に囚えられ死亡する事になる。
しかし、追放イベントや、死亡フラグに直結するような出来事を回避すれば、安定した人生を送る事は可能だろう。
「そもそも、アリシアにさえ手を出さなければ安泰なんだよな……」
アリシアは【ブレイヴ・ヒストリア】の世界に置けるストーリー開始の重要な鍵を握る人物だ。
アリシアは主人公ローランが想いを寄せる、幼馴染の少女だ。
美しい青みがかったブロンドに、アイスブルーの瞳を持つ美しい少女だ。
だが、その表情はとても暗く、その瞳はいつもどんよりと曇っていたのが非常に印象的なキャラクターだった。
この世界では、鈴木守の世界では考えられないようなカラフルな髪の毛の人間がいるが、青髪、青目というのは中でも特別に珍しいとされていた。
突然変異によってでしか生まれず、非常に魔術に対する適性が高くと噂されている。
生まれながらに膨大な魔力を持ち、大した労もせずとも、自由自在に魔術を扱える。
ラスボスである、かつて
異常に高い魔術適性をもつアリシアだが、【ブレイヴ・ヒストリア】の世界では、
原因も解決方も不明。
「しかし、このままいくと、シナリオ通りに事が進むことになるだろう」
魔術を失ったアリシアに、サセックス家は目をつける事になる。
あちこちに広まる青髪・青目の彼女の噂。
「俺が自らククル村に出向かずシナリオ通りに事が進んでいく」
青髪、青目の女は非常に珍しい。
辺鄙なククル村で暮らす少女とはいえ、その噂は広まっていくのだろう。
それがサセックス家の耳に入れば、いや――既に、入っているのかもしれないが、優秀な母体を求めるサセックス家が彼女を求めるのは必然だ。
この国におけるサセックス家の権力を用いれば、彼女を手にいれる事は容易だろう。
「だが、今ならまだ間に合う……、アリシアに手を出すなと、俺が言えばいいだけだ……」
言い含める事は出来る。
サセックス家がククル村に手を回す事を防ぐ事は、不可能ではないと思えた。
「そうすれば、ローランがククル村から旅立つ事も無いわけだ……」
それはすなわちシナリオの完全破壊。
この世界は完全に【ブレイヴ・ヒストリア】の世界と違う道を辿る事になる。
だが、そこで沸き起こる疑問。
「だが、その場合、アリシアはどうなってしまうのだろう? そして、ローランは……」
アリシアがレクスの妾にならなかった場合。
レクス・サセックスがアリシアを迎えに行かなかった場合。
そうなった場合、あの心を閉ざした少女の今後の運命は――。
サセックス家以外の貴族や権力者に目を付けられるのか。
それともローランと結婚でもして村で穏やかに暮らす事になるのだろうか。
そして、その時村から飛び出て英雄になるはずのローランは。
「……しかし、治療不能の奇病か……何とかならんものか?」
アリシアの表情は常に暗く、常に自分に「(どうしようもないんです……)」と言い聞かせているそんなキャラクターだった。
そんな彼女の態度や発言が鈴木守という人間は嫌いだった。
まだ、可能性があるのに、諦めているそんな人間の態度と言葉が。
「どうしようもないと言われると、どうにかしたくなるな」
不可能だと言われると、可能にしたくなってしまうのが鈴木守の性だった。
まるで自分に対する挑戦状のように思えてしまっていた。
彼は端的に言ってしまえば頭がおかしかったのだ。
「だが、確かアリシアは【ブレイヴ・ヒストリア】の世界では最高の魔術適性の持ち主……」
そして、アリシアは、魔力漏洩症にならなければ作中最高の魔術師になっていたという設定が存在した。
その可能性はレクスにとってキラキラ光る宝石の原石のような響きを感じさせる。
「とても良い……。正直言ってあの女、欲しいな……」
何とかして、その可能性が開花するのを見てみたいとレクスは思った。
「……え?」
ミリアムは思わず、ドアを開けようとしていた手を止めて息を飲む。
先ほどまで、言いつけられた用事をこなし今やっと今しがた戻ってきたところだった。
「あの女……ってもしかして私の事……?」
女性には興味のなさそうなあの少年から漏れた一言。
「ま、まさかだよね……」
思わず聞いてしまったレクスの一人ごとにミリアムは部屋に戻ることもなく、思わず、忍び足でその場を去ってしまった。
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