」産声「
日々人
」産声「
気が付くと、灰色の地表の上にたたずんでいた。
後方からの風が背を撫で、前へ向き直す。
振り返ってみると、足元の先、灰色の上に白いラインが引かれている。
そのラインは左右に伸びていた。
この薄暗い世界を一周しているかのように延々と伸びていた。
先ほどからやってくるこの微かな風は、なんだろう。
暖かいのか冷たいのかも分からないが、何か焦らせる。
やがて、その遠方の白いラインが一瞬だけ輝いた。
次の瞬間、どこからか泣き声が聞こえる。
その方へ目をやっていると、何かが動き出した。
あぁ、どこかで。でも、なぜわかるのだろう。
あれは「赤子」とよばれる「人間」と呼ばれるものの初めの姿だ。
「赤子」が地を這って進む先が気になり、しばらく様子を見ていた。
小さい山、大きな山、大きな谷、小さい谷、様々な凹凸が現れる。
一つ山を越える度、一つ谷を上る度、それは現れた。
延々と続いていく様に感じられた。
どうやらこれを試練として捉えるならば、それを傍から見るものにとってすれば、困難なものか容易なものかの見え方が違うようだ。
「赤子」は、はじめに大きな山を軽く通過すると、目の前に現れた小さな谷を通過するのに時間がかかった。
私がその試練に感じるものと、実際に試練を受ける人が感じるものは、大きさも要する時間も違うのだろう。
このようなものの見方は想像から生じている。
当人には迷惑な話だろうか。
なんと人の目とは適当なものか。
小さく這いつくばっていた体躯はもう起き上がり、時折走りだしている。
今、周りを見回して改めて気付いた。
不思議な世界。
次々と泣き響く産声、他人の生命の誕生が聞こえてくる。
延々と続く白いラインを前に誕生したこの者達。
そんな世界を否応なく、一心不乱に前へ進む。
どうやって歩み寄ったのか、二人で一つの道を進んでいる人たち。
多勢で一つの道を競い奪い合っている人たち。
私のように辺りばかり見回している人たち。
遠くから他人の道を非難した声を上げる人たち。
家族の絆という名の縛りに囚われる人たち。
遠くから目配せする男と女。
地にひれ伏し、涙を流し僅かばかりにしか動けなくなった人たち。
大きな山の頂上で、歓喜の叫びをあげている人たち。
常に走り続ける人たち。
新たな産声を願う人たち。
突然消える人たち。
全てを諦めたように俯き歩く人たち。
どこに向かって走り、どこを見渡して歩き、何を考え立ち止まる。
立ち止まる?
そうだ。私は今、立ち止まって考えていた。
今、私の目の前に存在する試練はなんなんだ?
自分の進む先の道へ顔を戻す。
不思議なことに足元にあったはずの白いラインが遠くに見える。
思い煩っていても、この歩みは完全には止められないようだ。
私は今、何に困っていたのかが解った。
数えきれない人と人との間に挟まれたこの世界で、
数えきれない人と人との奇跡的な組み合わせに産まれ、
数えきれない人と人との見方にすれ違いを感じながら、
数えきれない人と人との出会いに何かを期待し、
数えきれない人と人との世界に喜んだり絶望したりするのだろう。
今の私の目の前には道が無かった。
いや、正確には見えないのだろう。
他人の道に思いを馳せる余裕などない。
よく見れば、足元に小さな石が転がっている。
屈みこみ、それを拾い上げる。
目の前の道が少しだけ晴れた。
」産声「 日々人 @fudepen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます