ひとりぼっちのおひめさま

ARIA

第1話

 むかし、むかし、あるところでひとりの女の子が泣いていました。


 その女の子はいつも、ひとりぼっちでした。


 そしていつも泣いてばかりいました。


 ある日、女の子が泣きながら森のなかを歩いていると、とても大きな熊とであいました。その熊は見あげるほどおおきく、土の魔力をもつ魔じゅうでした。ちょうどおなかが空いていた熊は、おやつに女の子を食べてしまおうと、大きくとがったツメのついた手をふりおろしました。


「いやっ!」


 女の子が思わずつきだした、ちいさな手からたくさんの火の玉が飛び、あっという間に大きな熊は火に包まれてしまいました。


 火に包まれ、あばれている大きな熊を見た女の子はこわくなってしまい、とうとう声をあげて泣きだしてしまいました。すると、たくさんの涙といっしょに雨がふりだし、その火を消しました。まるやけにならずにすんだ熊は森のおくへとにげていきました。


「アイリーン姫さま!こちらでしたか!」


 女の子はお姫さまでした。でも、女の子が本で知っているどのお姫さまともちがってドレスは着ていないし、目も大きくないし、そばにキラキラした王子さまもいませんでした。


「リー…アム。」


 本当に、姫さまは…。言いながら女の子をぎゅっと抱きしめてくれたのは、ムキムキの騎士さまです。王子さまはいませんが、女の子のそばにはいつも騎士さまがいました。おうちに帰ると、もっとたくさんの騎士さまがいるのですが、幸いなことにみんなやさしく、誰もいじわるをしたり、ましてや、たたいたりけったりすることもありませんでした。


 いじわるなことをするお姉さんも、まま母もいなかったし、こわい魔女もいなかったので、こわいものがにがてな女の子はそれだけは本当によかったと思っていました。


 けれど、女の子はまるでこわい魔女かのようにたくさんの魔法が使えました。


 ひとさらいがやってきても、いなくなれと思えば、山のむこうまで彼らは飛んでいってしまいましたし、大きな鳥につれていかれそうになっても、たちまちそれを焼きとりにしてしまうことができました。(焼きとりはムキムキの騎士さまたちがおいしく食べてくれました。)


 まるで、わるものは女の子のほうだったのです。



 雪ばかりでいつもさむくて、かってに外にでてはいけませんと言いつけられてしまう、とてもつまらない毎日でした。


 そんな女の子にはたったひとつ、かなえたい夢がありました。


 それは、母上にあいたいという夢です。


 女の子の母上は、死んでしまったわけでも、とおい国へいってしまったわけでもありません。


 すこし歩けばすぐのところに母上はいましたが、あうことは、けして許されませんでした。


ご病気なのです。騎士さまたちは言うけれど、女の子が思うに、それはうそでした。女の子は病気のひとがいるとすぐにわかってしまう、とてもふしぎなちからまで持っていたのですから。


 どうしたら母上にあえるだろう。女の子はある日、母上のひとみと同じきれいな青色の魔石をプレゼントしたらよろこんでくれるかもしれない。と思いつきました。母上が生まれたとなりの国では、つよい魔じゅうからとれる魔石がたからものとされていることをきいたからです。


 騎士さまたちがはなしていることは、わからないこともおおかったのですが、魔じゅうのおはなしを彼らはよくしてくれました。


 きれいな青い魔石はアイスホークからとれる。


 そう知ってから、はいってはいけないと言われている西の森に女の子はひとり、まるで冒険でもするかのようにかよっていました。 


 アイスホークをさがそう。これはリーアムにもバレてはいけない。ひとりで探さなくちゃ、意味がない。


 森にはいるとかならず騎士さまに怒られてしまうのですが、魔石のためならいくら怒られてもいいや、女の子はそう思っていました。



 ある日、いつものようにおうちをこっそりとぬけだして女の子が森へ足をふみいれるととても寒い風がふいていました。いつもの(こわい熊にであってしまった)ところとはべつの、夏でも雪のあるところへ来てみたのでした。


 その風がふいてくる方向に大きな影があるのを女の子はみつけました。


 それはとてもとても大きな鳥でした。羽をひろげると、騎士さまが十人ならんでもその大きさにはかなわないくらい巨大な魔じゅうでした。


 あれはアイスホークだ。…しかも、魔石をもっている。


 目の前に見える大きな鳥をよくかんさつした女の子は、冒険のもくひょうのアイスホークをやっとみつけたのでした。


 こちらに気がつくまえに、女の子はおおきなかみなりをアイスホークに落としました。かみなりが強すぎたのか、あっという間にアイスホークはちからつきてしまいました。


 雪のうえにおちた大きな体のどこに魔石があるのかは知りませんでした。まだあたたかなアイスホークの体で魔力がいちばん強くかんじられるところにあるのだろう、と女の子は氷の魔法でつくったナイフで魔石をとりだすことができました。


 その魔石は女の子のちいさな手のひらいっぱいの大きさでした。


 母上のひとみと同じ、きれいな青色をしている。

 母上はきっとよろこんでくれる。

 これで…やっと、母上にあえる!


 魔石を手にいれた女の子はうれしくてうれしくてたまりませんでした。


 …そのうれしさのあまり、つがいのアイスホークが女の子へ怒りをつのらせていることに、気がついていなかったのです。



 ザンッ!ザンッ!大きなつららが女の子めがけて飛んできました。音でつららに気づいた女の子は魔石を抱きしめたまま立ちすくんでしまいました。


「姫さま!」


 キンッ!キンッ!つららを剣ではじいた騎士さまが魔石を抱きしめていた女の子を守るように目の前に立ちはだかりました。


「ご…ごめんなさい。」


 騎士さまのうしろで、女の子はようやく自分がしてしまったことの意味がわかったのです。


 わたしはとうとうわるものになってしまった。


 ぼろぼろと女の子からこぼれる涙にはなんの意味もありません。おんなのこがたおしてしまったアイスホークはお母さんで、うしろには子どもたちがいて。その子どもたちのお父さんが、女の子に怒りをあらわにしていたのです。


 あたりまえのことです。かぞくでなかよくくらしていたのに、とつぜんの雷でお母さんがころされてしまったのですから。しかもお母さんの強さの元だった魔石までわるものにうばわれてしまったのです。


 けれど女の子も、母上にあいたいという一心でこの魔石を手にいれたのです。


 わたしだって母上となかよくしたい。

 ううん。

 なかよくできなくてもいい。

 ただ、あいたい。

 この魔石をわたして、あいたかったとつたえたい。

 それだけなのに。


 たった、それだけなのに、わたしは今、いちばんのわるものになっている。


「アイリーン姫さま!」


 なみだが雨となり、その雨が氷となってあたりをおおいつくしていました。騎士さまはどうにかして女の子をおちつかせようと背中をなでてくれますが、どうせなにを言っても、母上にあわせてくれないということはわかっていました。

 

 今までなんども母上にあいたいと言ってきたのに、だれも許してくれなかった。お城にははいってはいけませんと言うだけで、誰もあいたいという気持ちをわかってくれない。


 だったら、力づくででも会いにいく。


 騎士さまの足を凍らせた女の子はお城にむかって走りだしました。いつもより遠い森にきていたので、そこからお城までももちろん遠いのですが、はやく。と女の子が思うと、風のように早く走ることができました。


 女の子のいる国の夏はとても短いので、母上は夏のおわりの風を楽しむためにちょうどお庭にいるようでした。お城の門の前に立つと、もちろん、騎士さまたちがおどろいた顔をしました。


 いけませんよ。女の子がだまったままだったので騎士さまはにこやかに言うだけでした。が、女の子はまわりの騎士さまにうごけなくなる魔法をかけ、ゆっくりとお庭に向かって歩きはじめました。


 ゆたかな金色の髪の毛に、とてもきれいな青いひとみを持った女の人がそこにはいました。いつもは遠くからしか見ることのできない、女の子の母上さまです。


 母上、おあいしたかったです。言いたかったのですが、女の子はきれいな青いひとみに見とれてしまって、声をだすことができませんでした。


 こういう場面では『お母さん』というのはこどもを抱きしめたり、会えたことがうれしくて泣いてしまうというのを女の子は本で読んで知っていました。


 けれど、目のまえの女の人は、女の子が誰かわかったのか、みるみるうちに顔色をわるくし、体をガタガタとふるわせ、おびえるように後ずさっていきます。


 まるで、巨大な魔獣を前にしたかのように母上さまは怯えていました。 


 魔石をぎゅっと握りしめた女の子は、そのまま、女性に背を向け、もと来た道を戻りました。




 やがて城門を出たアイリーン姫は指をパチンと鳴らし、騎士たちにかけていた拘束の術を解き、今朝こっそりと抜け出した国軍基地内の自室へと引き上げていきました。

 

 なんて愚かだったのだろう。


 魔獣の家族から母を奪い、魔獣より遥かに強い魔力を持つ娘を恐れる母親を怯えさせ、騎士の手を煩わせるなど、なんて愚かな行いをしでかしたのだろう。


 自分の想いを優先させることは許されない立場だというのに、一体、何を勘違いしていたのだろう。


 手のひらで魔石を弄んでいたアイリーン姫はすべてを悟り、己に自由など無いことを理解した。


「…だって私は、大魔術師なのだから。」









おしまい。








 話を閉じたルシアは、すうすうと聞こえる愛しい弟、オーリの寝息に、すこし話が長すぎたかもしれないと思いつつ、次はもう少し短い話にしてあげなくてはと反省した。


 話の選定も間違えてしまったかもしれない。オーリとアイシャは目の前で親を魔獣に殺されているのだ。自分の親とは違い、この二人の親はやさしい両親だったのだろう。そもそもまだ小さな子どもに、当時7歳の大魔術師の失敗談など聞かせるべきではなかった。


「…ねえさま、アイリーンちゃんはどこにいるの?」


 胸元から声がして、え?と愛しい妹の顔をのぞきこむ。


「アイシャ、まだ起きていたの?」


 うん。首にその腕をまわしてしがみついてくるが、声はもう限りなく眠たそうだ。もしかすると途中で眠ってしまって、でもルシアが話しつづけていたから起きてしまったのかもしれない。


「…どこに、いるのかしらね。」


 ここにいるけど。思いつつも、ルシアは細くやわらかなアイシャの髪の毛を撫でた。


「あたしね、アイリーンちゃんと…おともだちに、なりたいな。」


 そうね。ルシアはアイシャの背中をとんとんと指先だけで優しく触れながら小さくつけているランプの灯りをぼんやりとみつめる。


「そうね。...アイシャのようなお友達がいたら、アイリーンはこんな間違いなど、しなかったかもしれないわね。」


 ん。と、腕だけでなく足までも身体に絡めてきたアイシャは目を閉じたまま口を動かすから、ルシアは愛しさがこみあげてきてしまう。


「…でね、アイリーンちゃんと…いっしょに…たくさん、遊ぶの。」


 もう寝なさい。愛しさの中からこぼれた言葉にアイシャはこくんとうなずいた。


「…ねえさま、ずっと…そばにいてね。」


 もちろんよ。額に口づけると、アイシャはとろとろと眠りにおちていった。






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「ちいさな子どもにまでウソをつくなんてね。…マーゴもなぜかこの暗いお話が大好きなの。」


 ずっとそばにいてね。言われていたのにも関わらず、アイシャにはもうふた月もルシアは会えていない。4年以上も前のことを、8歳のアイシャが覚えているかはわからないけれど『姉様はいつもウソをつくんだから。』と言われたら、きっと言い逃れのしようがないだろう。


「王妃にあげようとした魔石はどうしたんだ?」


 いつかオーリが言っていた『ひとりぼっちのおひめさま』がどんな話か聞きたいとトッシュがいきなり言ったから、アイシャとマーゴがフロストウルフのアイリーンとまっさきに友達になりたがった理由と共に話してあげていたところだった。


「…城に忍び込んだときに、書架においてきたわ。次に忍びこんだ時にはなくなっていたから…それを誰がどうしたのかまでは知らない。」


 トッシュが頷くのを待つが、こちらを見た眼はまっすぐ突き刺さったままだ。


「…知ってる、だろ?」


 トッシュの言う通りだ。本当にいつも彼にはウソを簡単に見破られてしまう。


 自身で見つけたのかどうかまではわからないけれど、王妃は魔石を受け取ってくれている。それは感知で確認済みだ。そして、葬儀の際には棺の中にまで入れられたほど彼女は魔石を大切にしてくれていた。


「…どんな気持ちで、大切にしてくれていたのかまでは、知らないわ。」


 素直に白状すると、やっと頷いたトッシュはルシアの首元に手を伸ばした。襟元に滑り込んだ指がネックレスの編み紐にかかり、そのままフロストウルフの魔石のペンダントを引っ張り出した。


「この魔石は…どういう気持ちで、大切にしてくれてるんだろうな。」


 魔石を指で弄びながらからかうように細められた琥珀の瞳をルシアはにらんだ。


「…知ってるくせに。」


「知らない。」

 

 トッシュのあからさまな嘘に、まだ彼に話していない事実で仕返しをしてやろうとルシアは思いつく。


「…アイリーンの母の魔石だから、よ。あの夜、仕留めた一番大きな個体がアイリーンを生んだのだとブラッドが言っていたわ。」


 は?トッシュの顔色が変わって、その表情が険しいものになっていく。


「アイリーンの母を…俺は殺したということか…?」


「そうよ。…アイリーンをテイムした時に自分で言ってたじゃないの。」


「ルシアが殺ったと思っていた。」


 トッシュの傷ついた声音にルシアは、仕返しにしては返しすぎてしまったと後悔する。 


「コワい顔した、心優しきテイマーさんが大好きよ?」


 彼の不意をついて抱きつくと、その頑丈な腕は抱きしめ返してくれたが、すごく不機嫌な声が出た。


「…またリーアムに怒られるだろ。」


「あんな…『姫様の完璧な嫁入り』を夢みる頑固オヤジなんて、勝手に怒らせておけばいいの。」


 腕の中からルシアは愛しい存在をみあげた。


「…だって、キラキラした王子サマがいなくても、私は幸せだもの。」


 『白馬に乗った王子様』は迎えに来てくれなかったけれど『氷狼に乗った騎士様』には何度も迎えに来てもらっているし、助けられている。『白馬に乗った王子様』も、ルシアが頼めばきっと無理をしてでも迎えに来てくれるし、頼んでいなくてもキスをしてくれるけれど、残念ながらお呼びではない。


「…リーアムは昔から苦労してたんだな。」


「手のかかる娘ほど、かわいいって言わない?」


「アイシャとマーゴはかわいいけど、手はかからなさそうだぞ?」


「…あの娘たちは、上にワルい姉様がいるからとてもかわいく育っているのよ。」


 本当にどうしようもねぇヤツだな。


 言った腕がぎゅうぎゅうとしめつけて、今の『たったひとつ、かなえたい夢』をトッシュが知ったらどう思うのだろうなどとルシアは考える。


 今の夢は、いつかこの愛しい人の胸で眠ること。


 どうしようもない大魔術師の私が、そんな夢を叶えられる日は、果たしてくるのだろうか。


「…トッシュ、ずっとそばにいてね。」

 

「ずっと、は無理だろうけどな。」


 まるで誓いのキスのようにトッシュの唇が触れて。元アイリーン姫であるルシアは、一筋だけ涙をこぼした。 



 





 




〈了〉 

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