29:襲撃者
パラドックスの部屋からアーサーとデッドビートは追い出された。
ラクリマもいつの間にか奪われていたが、その代わりに「くれてやるものはない」という薄っぺらい紙が入っている。
もちろん、ラクリマは入っていない。
「ラクリマ、もらうみたいな流れだったのにもらえなかった」
「……悪かったな、小僧」
アーサーが眉尻を下げると、デッドビートはアーサーを見ずに詫びた。
「なんでデッドビートが謝るのさ?」
「お前がラクリマを得られなかった」
パラドックスからラクリマを得る。
それは、赤い雫のメンバーとなり、信頼を得るために必要な事項だとデッドビートは認識した。
ラクリマを自分のせいで得られなかったことがアーサーのハウンズにおける、立場が悪くなることに繋がるのではないかと危惧したのだ。
自分がパラドックスの下を離れたのは、ひとえにデッドビート自身のわがままだった。
しかし、今回は事情が異なる。
潜入任務中、信頼を得るべきところでパラドックスの言動に引っ掛かりを覚え、反論したことで任務失敗すれば、アーサーはハウンズに居られなくなるとデッドビートは思ったのだ。
「お前が許せないと思ったから、噛みついた。
譲れないと感じたから、噛みついたんだろ?リリアーヌちゃんもエヴァーレインが気に食わない時は噛みついてた。
僕はデッドビートらしくていいと思うよ」
アーサーはデッドビートを咎めなかった。
そういう問題ではない、とデッドビートが続けようとした時だった。
「ドクターに追い出されたんだろ?わかってる」
エレンが腕を組み、壁にもたれかかっていた。
予想通りといった様子でエレンはアーサーたちを見てため息をついた。
「そんなに納得いくこと?」
「こと、なんだよ。
エレンは袖を捲ると、傷痕を見せた。
腫れは引いているようだが、くっきりと痕が残っている。
「それ、なんだよ!?誰か何か言わねえのかよ!?」
「優しいね、ルディ。ウチらは他に頼る道がないからね。ドクターの機嫌損ねて、他に行かれちゃ、何にもできなくなっちまう。
だから、実験のケンタイ?って言うんだっけ?それもやるんだ。力がなけりゃ、アタシもレンも飢え死にするからね。
アンタみたいに誰かに何か教えてもらう、なんて環境はないのさ」
アーサーが声を上げると、エレンは眉尻を下げながら、袖を元通りにした。
アーサーの言葉に少しだけ、柔らかな表情を見せた後にキッと睨みつける。
「ここなら、アタシ達は人間
『裏切ったら、ただじゃおかねえからな』
デッドビートはエレンの顔と言葉にファルコンの言葉を思い出す。
エレン達、赤い雫とアーサーが所属しているハウンズの共通点は所属している大人が子供を矢面に立たせていることだ。
プロフェッサー・ウィスカー、ドクター・パラドックス。
この両者は従っている、彼らを前線に置くことに躊躇いがない。
両者の最大の違いは、ウィスカーは
「ラクリマを得られない仲間はどうなる?
「……しないよ、そこまで野蛮じゃない。それこそ、
デッドビートの言葉に呆気にとられたエレンは目を丸くした後、睨みつけている顔が柔らかくなった。
デッドビートはアーサーと繋がっていることにより、アーサーの想いは彼らに同情していることが感じられる。
(クガユウゴと
アーサーとグレイトマンに変身する青年を比較し、デッドビートは内心苦笑いした。
「このアジトって、結構人はいるの?」
「住み着いてる奴もいるし、そうじゃないのもいる。……なんだよ、家ねえのか?」
アーサーの疑問にエレンは途中まで指折り数えた後、めんどくせぇと数えるのをやめた。
アーサーの言葉の意図に気づき、エレンは呆れた。
「ここ、良いところだなって思ったんだよ。入り組んでてさ」
「褒めても何も出ないよ、ルディ。……困ったら、またアタシに言いな。多少は面倒見てやるよ。雨露凌げる場所はちゃんとあるんだろうな?」
本人が思っている以上に彼女は面倒見がいいようだ。
なかったら住めばいいさ、とエレンが言えば、小さな子供たちが食器を手に走っていくのが見えた。
「こら!走ったら危ないだろ、お前ら」
「あ!エレン姉ちゃん、ごめん!……そっちの金髪とスライム?」
エレンに呼び止められた子供は立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。
子供はおとなしいタイプなのか、アーサーとデッドビートを見て眉尻を下げる。
どことなく、デッドビートは
「バリー、ルディとデッドビートさ。困ったら、助けてやんなよ」
「よろしく、バリー」
バリーと呼ばれた少年はアーサーがしゃがんで視線を合わせると、小さく笑った。
「ケンカつよいってもちきりだよ、ルディ。やっぱりつよいの?」
「
「そっか。じゃあ、またこんどおしえてよ!」
バリーはアーサーの言葉を探るような眼差しで見ていたが、ちゃめっ気混じりにいう様子に少し考えた。
バリーの言葉にアーサーが爽やかに笑い返すと、エレンに戻ってよしと促され、バリーは自分を待っていた友人達の元へと戻っていった。
「ルディ、意外と子供慣れしてんのか?」
「幼馴染がいて、その子にエスコートを
「へー、ずいぶんお熱いようで?これ、ルディにもやるよ」
渡されたのは、赤い雫のロゴが入った真紅のジャケットだった。
ハウンズ然り、どうやら、リオネルの憲兵隊以外の組織というのはユニフォームにこだわりがあるようだ。
エレンの言葉にそれほどでもないと言いつつ、楽しげな様子で振り返るアーサーをエレンは揶揄うように言った。
その後、少し外に用があると言って、アーサーは外に出る。
一連のやりとりから、それなりの時間が経っていたようで、すでに陽は沈んでいる。
赤い雫のアジトから少し離れた位置まで移動し、アーサーはハウンズから支給された通信メダルを取り出す。
「こちら、アーサー」
『ウィスカーだ。何かわかったか?』
ウィスカーが応答するようにと念じると、通信は無事にウィスカーに繋がった。
マジックアイテムに魔力を込め、魔法を使用するだけを魔法使いとして一人前であるとしたくない理由が少しばかりアーサーにはわかった気がした。
「はい、ボス。ここまでを報告します」
アーサーは赤い雫の実態を伝えた。
メンバーは
『才能ある者に思うところがあると聞いたので、子供だけの集団かと思っていた。
しかし、実際はそうではないらしいな』
ウィスカーは赤い雫が少年たちによる組織である以上にドクター・パラドックスという、一人の大人の技術提供に驚いた。
違法マジックアイテムの開発を一人で請け負っていること、そして、赤い雫のメンバー達がパラドックスの被験者になっていたこと。
通信越しにウィスカーの表情を窺うことはできないが、どんな顔をしているのだろうとアーサーは考えた。
『……引き続き、潜入を頼む』
デッドビートはウィスカーの続けた言葉がパラドックスとウィスカーが重なってしまった。
結局、治安維持の名目かそうでないかというだけで変わらないのだ。
ドクター・パラドックスだって、そういう
ファルコンらがなんと言おうと、だ。
「赤い雫構成員を発見。これより、排除に入る」
夜の闇を背後にし、闇にくっきりと浮かび上がるように輝く白銀の髪。
手にした剣の刃も同様の輝きを放っており、少し低みを帯びた声には冷たさを覚える。
その襲撃者はアーサーへと瞬時に飛び掛かり、剣を振り下ろそうとした瞬間にデッドビートは叫ぶ。
「カイジン
「待て、デッドビート!……リリィちゃん、なんで」
デッドビートの提案にアーサーは待ったをかける。
続けてアーサーが名前を呼んだことにより、襲撃者は
「それは、私の台詞だ。なんで、お前が
襲撃者の正体は白銀の長髪をポニーテールにまとめた、リリアーヌ・ナーロウ。
成長したことで生まれ持っていた、美貌に磨きはかかっていたものの、冷徹な印象も与える。
よく見ると、噂に聞いた道着を着用しており、赤い雫のメンバーから聞いた襲撃者の特徴と一致する。
そんな彼女だったが、赤い雫の制服を纏う幼馴染のアーサーに向ける手は震えていた。
「答えろ、アーサー!」
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