30:勇者リリアーヌ

「お前は私の魔法使いになると言ったじゃないか。それが……、なんでここに!!」


「理由を説明させてくれ、リリィちゃん・・・・・・。僕も君の話を聞きたいんだ」


「おい、ルディ・・・!誰かいるのか?」


 リリアーヌはアーサーが変わり果てたと衝撃を受け、身体を震えさせる。

 アーサーは長剣を握っているリリアーヌの手を恐れずにとると、アジトから騒ぎを聞きつけたらしい誰かが顔を出した。

 エレンの声が聞こえてきたとき、デッドビートは代わりに答えた。


「なんでもない。大丈夫だ」


「少し、行ってくる!!」


「お、おい!?ルディ・・・!?」


 アーサーはリリアーヌの手を取って走り出す。

 エレンの声が聞こえなくなるまで、自分たちを追いかけることができないまでに距離を取ろうとしたのだ。

 デッドビートはアーサーの頭の上に器用に乗っており、落ちる素振りも見せない。


 リリアーヌは自分の手を握って駆ける、アーサーの手に頼もしさを覚えた。

 故郷にいた頃、魔女エーデルワイスの下で修行をしていた頃から見ていたが、アーサーは幼少期と比べるとずいぶんと背が高くなり、逞しくなったと感じる。

 手もすっかり、リリアーヌの父を思わせるほどの“男の手”になっており、自分の手と比べても大きくなっているのを感じる。


(アーサーの手。大きい……)


 大人しく、優しくて、自分が魔女エーデルワイスの下で修行するとなったときも、アーサーはリリアーヌに同行してくれた。

 同じ屋根の下で学び、同じ屋根の下で食事を摂る。

 気に食わない姉弟子エヴァ―レインの存在もあったが、その姉弟子からのプレッシャーもアーサーは見事跳ね返して見せた。

だからこそ、リリアーヌは自分が一人で先にエーデルワイス一門を卒業し、外に出てきたことに不安を覚えていた。

 アーサーは確かに昔と比べても成長を感じるが、自分が置き去りにされる・・・のではないかと危機感を覚えたのだ。


「この辺で構わない。止まってくれ、アーサー」


「分かったよ」


 アジトからかなり離れた位置まで走ってきた辺りになり、リリアーヌはアーサーに呼びかけた。

 アーサーはリリアーヌに手を握り返されたことを久しく思いながらも、リリアーヌに言葉を返した。

 エーデルワイスの下に居た頃は毎日が忙しく、こうして二人で何処かに行ったこともなく、修行に明け暮れていたのを思い出す。

 ただ、故郷で二人で遊んでいた頃と決定的に違うのは、二人はあの頃よりも成長をしていることだ。


 年頃の少年少女が手を繋いでいることに気づき、アーサーは思わず手を離そうとするが、リリアーヌはその手を離すまいと長剣を鞘へと納める。


「離さなくていい、アーサー。……正直、私もお前と手をつなぐのは久しぶりだからな。嬉しく思うんだ。息災、だったか?卒業試験はその様子だと無事に乗り越えてきたように思うが。あの女エーデルワイスはアーサーに何かくれたのか?」


 リリアーヌは自分でも言葉が止まらないのを感じる。

 今日はきちんと髪の手入れができているだろうか?お気に入りの香水じゃなく、とっておきの香水をどうして振りまいてこなかったのだろうなんて考えつつも、綺麗な白銀の髪の毛先をいじる、

 背が高くなり、美しい瞳をしているアーサーの顔を見ていると、自分の胸が高鳴ることに気づき、まともに顔を見ることができない自分を軟弱者と自ら罵った。


「ボスからも聞かれたけど、何ももらってないよ」


「……お前の親分ボスは私のはずよ?アーサー」


 アーサーの言葉にリリアーヌが右眉をひくつかせると、アーサーは眉尻を下げる。

 その後、リリアーヌの腰に目を向ける。

 エーデルワイス一門の道着を着ているが、一部、成長・・している個所をあまり長く見ることができなかったのだ。


「今やっている仕事の上司、って言うのかな。その人がエーデルワイス先生のところで昔習っていたらしいんだ。……リリィちゃん、剣を使うの?」


「へえ?あの魔女のね。いわゆる、先輩ってヤツ?あの女・・・のこともあるから、あまり期待しないようにしておくけど。……そうよ。私、ナーロウの次代を担う勇者になったの。この聖剣・・ゼノブランドに選ばれたからね」


 リリアーヌはアーサーの視線に気が付くと、機嫌よく笑った。

 昔のようにアーサーが自分のことを思っていてくれていると感じ、上機嫌な様子で腰に差しているものが聖剣だと伝えた。

 聖剣ゼノブランドは女神が加護を与え、伝説の“ほしのえいゆう”に変わる力を秘めた伝説の武具の一つである。

 曰く、女神が勇者のために天使たちに刃を鍛えるように命じ、その柄と鞘はこの世に存在する中で最も硬質な金属物質によって構成されているのだという。

 リリアーヌの先祖である、オリーシュ・ナーロウは強大な力を持っていたが、ゼノブランドに選ばれることはなかったものの、いつかナーロウの血筋の中に選ばれし者が現れると信じ、その剣を子孫へと伝えた。

 急遽、リリアーヌが実家に戻ったときはアーサーも驚いたものの、リリアーヌが聖剣ゼノブランドに選ばれるための試練を受けていたのであれば納得だ。


 共に育ち、共に勇者の物語に慣れ親しみ、リリアーヌはいつしか、自分が聖剣ゼノブランドに選ばれることを疑わなかった。

 聖剣は相応しい担い手を見つけると、柄にはめ込まれた宝石が青く美しく輝くが、リリアーヌこそが正しい担い手とばかりに光り輝いている。

 必ずやり遂げてくれる、とアーサーは期待していたが、実際に叶えてしまい、“でんせつのあくま”と対照的なヒーロー・“ほしのえいゆう”にいつかなってしまうことを思うと、幼馴染が遠くに行ってしまったような寂しさも覚える。


「良かったら、手合わせをしないか?アーサー」


「でも、リリィちゃんは勇者なんだろう?いいの?僕と手合わせなんて」


「お前がエーデルワイス一門を卒業後に何ももらってないのが気に入らなくて。……私からあげたかったってだけ」


 リリアーヌの申し出にアーサーが困惑しつつも、デッドビートの方を見れば、デッドビートはアーサーにリリアーヌの申し出を受けるように促した。


「武器らしい武器がないから、魔法を使わせてもらうよ」


「上等。私も聖剣の力をセーブして、お前と打ち合うだけ」


「なら、これを使いなさい!」


 リリアーヌがゼノブランドの力を解放せず、鞘から引き抜き、二人が距離を取り始めるとその様子を見ていた東の着物に身を包んだ女性が木刀をアーサーへと投げた。

 慌てて、アーサーがその木刀を受け取ると、「魔法よりもやはり剣術!剣術ですよ!真剣相手に魔法よりも剣で応じずにどうするのです?」と満面の笑みを浮かべていた。


「どうもありがとう、お姉さん」


「随分と余裕みたいだな?アーサー!!」


 アーサーが女性に礼を言うと、言い切れない感情に胸中を支配されたリリアーヌが剣を振るうと、アーサーは木刀で何とか受け止める。


『剣術の指南の修行は魔女の下ではしていなかったな。体術だけだったか。オレはお前に力を貸さないからな、しっかり受けておけ』


『アンデッドアーサーのデッドカリバーでの戦闘に役に立つ、っていうんだろ?』


 鍔迫り合いながらも、デッドビートとアーサーは魂が繋がっていることで心で通じ合うことができる。

しかし、リリアーヌはアーサーの様子がどことなくおかしなことに気づき、自分との実戦に集中していないことが気に入らず、腹に蹴りを叩き込む。

 回避する隙もなく、アーサーは諸にその攻撃を受けてしまう。


「……結構、いいの入ったね」


「い、いいの入った!じゃないんだよ……!」


 リリアーヌが卒業試験をエーデルワイスが免除した理由が分かった。


『リリアーヌは卒業試験なしでいいよ』


 あの師匠魔女は弟子同士の不仲を知りながらも、あまり気にしないくらいにはひとでなし・・・・・だが、見る目だけは間違いなくあったらしい。


「……お前が私と手合わせしているのに、別のことを考えるからだ」


「リリィちゃんは僕の考えていることが分かる!?」


「否定しろバカ!!」


 リリアーヌが拗ねて言った言葉に対し、アーサーが見せた驚いた反応にリリアーヌは魔法の詠唱を行う。


「水の刃のエーリアス!!刃よ、奔れ!!」


 リリアーヌが青筋を浮かべつつも、中距離で魔法の詠唱を行えば、アーサーに向けたゼノブランドの刃から水の刃がゼロ距離でアーサーへと向けられる。


「風の刃のゼファー!!切り裂け、風の刃よ!!」


 リリアーヌが駆け寄って距離を詰め、アーサーへと超至近距離で放たれた、水の刃を風の刃で相殺する。

 アーサーが咄嗟にイメージしたのは、“リリアーヌの水の刃を打ち消せるほどの風の刃”だった。

 ただでさえ、イメージが上手くできずに魔法の修行に戸惑っていたアーサーがそんな臨機応変の対応ができることは、リリアーヌは感慨深かった。


「じゃあ、聖剣ゼノブランドの力。使って見せようか」

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