罪に苛まれながら、私は生きている。

鈴ノ木 鈴ノ子

つみにさいなまれながら、わたしはいきている。

「私は罪を犯しました。」


虚構の世界にしても、現実の世界にしても、神や人間へ自らの罪を告解をする言葉だ。

とてもとても、重い言葉だ。

どんな罪であっても、それが例え些細な罪であっても、人は悔いることができる。

そうだ、罪を認めて贖うことは大切なことなのだ。

そして必ず罰をその身に受ける。

これは必要なことであり、食い改める為には必要なことなのだ。

この世で唯一無比の原則なのである。


だから、私も告解し懺悔する。


私は罪を犯しました。

丑三つ時にその罪を犯しました。

丸いそれはとても輝いて見えて不埒な誘いをかけてきたのです。

休日の最終日、数時間後には仕事に復帰しなければいけない。

精神的にとても追い詰められる時間でした。

明日なんか来なければいいのに、とさえ考えてしまっていました。

それを手にしたとき、あまりの冷たさに驚きを隠せませんでした。

隣にいる飼い猫が視線を私に向けて、手を出すことを諌めていてくれました。

その罪を犯すことを止めていてくれたのかもしれません。

二つの曇りなき眼は訴えていました。

落ち着きなさいと、今はその時ではないと、諦めて寝てしまえばいいのだと。

ですが、その時の私は絶望に打ちひしがれていました。

もう、数時間後の現実をとても受けいることができなかったのです。

それを手にしたまま私は安らぎを得るために、愛用のカップへとインスタントコーヒーをスプーンで掬い入れてポットからお湯を注ぎました。

そのスプーンがカチンとカップとぶつかって音をあげた途端、私はもう平常心ではいられなかったのです。

カップの持ち手にしっかりと指をかけて持ち、それをしっかりと握りしめて、私は自らの部屋へと進みました。

夜の眠るためのゲージに入っていた猫の視線が、電気を消した暗闇の中でこちらを見つめています。

お前はルビコンを越えるのだ、もう、躊躇ってはならぬ。と責めるではなく、応援してくれている気がします。

ですが、これは私の気持ちが生み出したまやかしでしょう。

きっと猫は、ああ、再び罪を犯すのか、と絶望に駆られていたのかもしれません。

いや、愚か者だと罵っていたのかもしれません。


今となっては愚かな行為であったと私は深く、深く反省しているのですから。


自室へともどり、私は寒さを避けるために羽織っていた上着を脱ぎました。

程よい暖かさの部屋、そして、目の前には私の一人の時間を癒してくれるこたつと積読が置かれています。

隣にはタブレットがありカクヨムに投稿された小説を読みながら、ゆったりとした時間を過ごしていたのです。

そしてトイレへと立ち上がり、自室を出た途端に、私はその罪を考えたのです。

いえ、罪の兆しは読んでいた小説の中にあったのかもしれません。

もう、それは酷く甘い物語でした。とても甘美で甘露な響きを持つ素敵な物語でした。

だから、それに憧れてしまったのかもしれません。

こたつの上に珈琲を置き、それも併せて置きました。

そしてこたつへと入り込み、それをじっと見つめます。

心が発していた危険性を塗りつぶすほどに、宝石の如き輝きを放つそれのフタを私は取りました。

その中には真っ白な雪のような世界が広がっています。

目にしてしまえば争いようなどありません。


私はカップのスプーンを取ると一心不乱にそれを口へと運びました。


それは薬物のように身を痺れさせて、我が身に幸福なひとときを私に与えてくれます。

背徳感などは優越感が駆逐してくれます、もう、罪の意識などは皆無に等しい。

珈琲を挟み、至極の味を堪能し、体が幸福感に染まれば、読んでいた小説へと没頭してゆきます。

もはや、この自由な時間を止めるものなどありませんでした。

もちろん、この幸福な時間はいつまでも続くことはありません。

姫が馬車で舞踏会に行き帰ってくれば魔法が解けるように、現実世界へと引き戻されるのです。


気がつけば午前6時を回っていました。もう、朝の支度を始めなければなりません。


鏡には罪の深さが色濃く写りました。

腫れぼったい目やむくみ、目下のクマ、張りを失い血色の悪い肌。

やるべきことをやり終えてから、仕事にゆく支度をして猫の水を変えたときのことでした。

猫は私の顔を見て眼を見開いて驚愕しておりました。

罪の犯した結果がこのような惨状であることに猫は驚いているようであり、やがて、呆れた表情をしてプイッとねこちぐらへとお隠れになります。

その姿をみて改めて罪の深さ悟り1人後悔しながら私は仕事へと向かうのです。

ですがきっと、この罪を再び犯してしまう自信があります。

もう何年もこの罪と向き合っているのです、なんとか、思いとどまろうと努力はしました。

ですが、ときより、カチン、カチン、と針の刻みが増してゆく体重計に諦めを抱いてからは歯止めが効きません。


もう、すべては終わってしまったことなのだから。


私は足取り重く、気分も重く、そして身を引きずるようにして、仕事へと向かうのです。


2度としてはならないと反省し、そして、あの時の幸福感に浸りながら……。

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罪に苛まれながら、私は生きている。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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