廻るフードコート

八木沼アイ

なぁ、お前は何になりたかった?

 学校での試験勉強を終え、いつものご褒美であるハンバーガーを食べに行こうと、某ハンバーガー屋に来た。入店する際、覆面の男がハンバーガーと大きな袋を手にして、俺の横をスーッと通って出ていった。なんだったんだあれ。気を取り直して、新作商品が出ているということで、ウキウキとした足運びでカウンターまで行く。


「ご注文は何にしますか」


 メニューに目を通しても商品が見えず、お目当てのハンバーガーの名前も覚えていなかった。この頃、勉強のしすぎか、眼精疲労に悩まされている。仕方なく、幼気な口ぶりでいつも食べている物を注文した。


「かしこまりました。番号札をお持ちになってお待ちにください。」

  

 すぐに注文を受け取るため、カウンターを背に近くの席に座った。椅子にカバンをかけ、番号札を机の上に置いてぼーっと眺める。店内の様子は同じ中高生もいれば、老夫婦だったり、親子連れだったりが点在しており、いつも通りだなと思わせるものだった。別に変化を求めているわけではないが、いい意味でつまらない日常である。


 その時だった。店内に覆面を被った男が入ってきた。入り口で見た男に違いなく、何か注文し忘れたのだろうか。


 この地区の治安は、時折、変質者が出ることが常識とまではいかないが、出るには出るという治安である。その大半が他人に危害を加えるようなタイプではないため、この町の人は危機感を抱かず、あまり驚かない。この小規模な街を、一つの社会と定義し、名称づけるのだとすれば、無関心社会、と言わざるおえない。極論を言ってしまえば、道端で人が倒れていても、タヌキが車に轢かれていようとも、この町の人々はそれらと関わり合いを持とうとはしないだろう。俺のような若い世代はそれが顕著だ。わざわざ雑草の写真をSNSにアップしようとするだろうか、その程度の薄さなのである。


 その中でも、俺は他人に興味がある方だ。だから、よそよそしく、カウンターで注文する、覆面男の方に耳を傾ける。彼は小声で店員に伝える。


「おい、この袋に金をありったけ詰めろ。あと、Sサイズのポテトを1つ、いや、やっぱセットで。あとケチャップ付き。俺が座った席に持って来い」


 あー、強盗か、まさかこの地域で起こるとは思わなかった。いやまぁステレオタイプすぎる。


「かしこまりました。番号札をお持ちになってお待ちください。」


「お、おう」


 店員のあまりにも冷静な対応に面を食らったのか、覆面の男は少しばかりたじろぐ。すると彼は、俺の席の前に座った。急な出来事に頭を下げる。周りを見渡しても、空いている席なんていくらでもあった。なぜこの席なんだと疑問が浮かび上がる間もなく男は口を開く。


「なぁ」


「は、はい」


 目線をそらしながら答える。何が目的なんだ。さっきから威圧的な口調で横柄な態度。背もたれの役割を十分に発揮している椅子が可哀想になるぐらい婉曲している。その内悲鳴を上げそうだ。


「お前は何になりたい、夢はなんだ」

「え?俺っすか」

「他に誰がいるんだよ」


 俺は突然の問いで豆鉄砲を食らったような顔をした。頭を上げ、周りを見渡しても、こちらに興味を示す客などいない。あぁ、この地域の良さが十分に発揮されている。俺が悲鳴を上げたいぐらいだ。しかも、急に夢はなんだってなんだよ。すると、怪訝な表情をする俺に対し、彼は饒舌に語りだした。


「俺はな、幼少期は警察になりたかったんだ。父が警察官でその影響を受けた。正義で悪と戦うみたいなイメージを持っていたから、正直憧れてた。でも、激務だったんだろう。深夜二時とか、家族で川の字に寝ているときに親父のハンガーにかかってる上着から、通報が来るんだ。すると、親父は俺たち家族をなるべく起こさないようにその上着を着て家を出て行ってしまう。まぁ大抵は気づいてたんだけど。んでうちの父が交通課だったんだ。毎回事故の処理をしていて、特に酷いのが”人だったもの”の処理な。見るも無残なものばかりだって、形は保ってても四肢が奇形になってたり、それこそ二十メートルそこら吹っ飛んでるものだったり。あ、ハンバーガーを食べる前なのに、こんな話してごめんな」


「え、いや、大丈夫です」


 耳の奥でキーンっと耳鳴りがなっている。鉄を打ち付けた振動が空気に伝ってくる感覚に似ている。


「その仕事から帰ってくる度に、顔色悪くして、心ここにあらずって顔して帰ってくるんだ。配属されてから三年目あたりで鬱になっちまった。でも今親父は別の仕事やってる。あの時の後遺症かわからないけど、絶対スピードは出さないんだ。当たり前だけど、ここら辺のやつは結構スピード出てるだろ。昔に比べれば落ち着いたけどな」


「え、それ」


 男は俺の言葉を遮ると、口先を余らせぬよう言葉を乗せて目的地まで走らせるようしてに話す。周りは依然としていつも通りの店内を維持していた。


「んでな、俺が厨房の...中学生の時の夢は科学者になることだった。俺は理科が得意でな、中学三年生の時、一度だけ理科のテストで学年一位になったことがある。まぁ総合一位の奴と同じ点数で同率一位だったんだけど、一位は一位だ。嬉しかったなぁ。今まで勉強という勉強をしてこなくて、そのテストは本気出して机に向かったんだ。その達成感と言ったら堪らなかった。そこから余計理科にのめり込むようになっちまって、他の教科をちょっとおろそかにしたな。まぁ、英語と社会がてんでダメだったから、もう少し、やってればな、まぁもう遅い。だからだろうな、高校受験は第一志望は落ちたよ。科学者が夢だったけど、高校では変わったな」


「...」


 少なくとも、いや、確信に近い答えを俺は導き出していた。それでも男はコンビニエンスストアで品揃えをするかの如く平然と言葉を並べる。


「俺が高校生の時はな銀行員になることが夢でな、そのために必死に勉強してた。いろいろあって、円形脱毛症と鬱になっちまった。主に受験と女がらみだな。二対九ぐらいの割合かな。笑えるだろ。それでも毎日学校には行ってた。時々保健室に行ったりして、友人とカウンセラーの支えもあってなんとか耐え凌いだ。結果的に第一志望の大学に合格したしな。だがその途中、あれが原因で自殺未遂したよな」


「...」


 すると、俺が注文していたハンバーガーが届いた。店員が二人に流れる沈黙というシートを破ってくれた。


「お待たせいたしました。ご注文のハンバーガーセットでございます」


「...ありがとうございます」

 ケチャップを注文し忘れてしまった。そんなことよりも、今は食欲がなくなっていた。

「お、俺にもポテト分けてくれよ」

「ど、どうぞ」

「どうも」

 彼はベルトコンベアーのような一定の速度を保ちながらポテトを口へ放り込んだ。

 俺はずるずるとコーラだけを喉に通す。彼は先ほどの続きを彼は述べ始めた。


「当時ほぼ付き合ってるような女がいたんだ。”ほぼ”な。一緒に出かけて遊んで、しまいには体の関係にまでなった」


「...やっぱり」


「あぁ、お前さ、その女と別れた方がいい。その女には他校に彼氏がいる。そしてお前は、それに勘づきながらも、だらだらと寄生するように生きていく」


「...」


「お前は他にも度重なるストレスで、自殺未遂を犯す。このハンバーガー屋に寄ったあとすぐにだ」


「なぁ、あんたもしかして...」


 俺は、独り言のようにその言葉を空に浮かばせると同時に小刻みに肩を震わせていた。彼は俺の質問に無視はするものの、俺の目を真っ直ぐに見て続ける。


「だから、生きろ、今はほんとに辛い時期だ。多感だからこそ、未来が見えず、絶望に身を任せてしまいたい衝動に駆られるのもわかる。誰にも傘を差してもらえない孤独や寂しさ、期待して信用してた人からの裏切り、お前は弱冠十八歳という若さでその辛苦を受け止める。だが、あと数か月、耐え凌げば、雨が止んで、霧も晴れて、前を向けるようになる。首をくくるには、まだ早い。」


「...ほんとに俺は、救われるのかなぁ...」

 本音だった。心から出た言葉だ。偽り無く、このポテトとそぐわない無添加な言葉だった。


「あぁ、いつか、今じゃないかもしれないが、救われたと、報われたと思う瞬間が必ず来る」


 それと同時に、俺の、いや、彼の注文してたハンバーガーセットが届いた。


「お待たせしました。用意したお金の入った袋と新作のハンバーガーセットでございます」

「どうも」


 彼は俺が食べたかった新作の商品を頼んでいた。


「これ、食べろよ。」

「え?」

「いいから、食え」

「あ、ありがとう、ございます」

「代わりに、お前のハンバーガーをもらおうかな」

「え、あ、どうぞ」

「どうも、じゃあな」

「ちょっと待ってください」

「ん?なんだ」

「そのお金、何に使うんですか?」

「大学生の俺を救う。大人になって、お前に役割が回ってきたとき、それが、いつかわかる」

 彼は立ち上がると、ハンバーガーと袋を手に出て行ってしまった。途端に、俺は猛烈な眠気に襲われる。そのまま机に突っ伏してしまった。


「あぁ...」



 数時間が経っただろうか。俺は時計を見る。机にはポツンと、ケチャップと冷めたポテト、頼んだはずのない新作のハンバーガー、飲み物が空の容器と入っている容器が置いてある。静寂を醸すためなのか、周りの客はいなくなっていた。飲み物と新作のハンバーガーは一体誰が置いていったのだろう。検討にもつかなかった。俺はケチャップをつけながら、九月の萎れたひまわりのようなポテトを何個も口に放り込む。そして、新作のハンバーガーも頬張る。


「あれ、なんで...」


 俺は涙が止まらなかった。店内には俺の押し殺す嗚咽が響き、店員の無情な目線だけが残されていた。食べ終わり、重い腰を上げる。まだ、頬は乾いていない。

 ごみを捨て、止めてた足を、再び前へと動かした。


「...家に帰らなきゃ」


 カバンにあったロープを深々と奥へしまう。

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