第2話 雪とソリ、そして見習い少女

 数日前からの雪が深く積もる街道を俺は歩いていた。踏みしめる雪は新しく柔らかいが、ひざまで達するそれは俺の歩みを遅らせる。


 ん? これはソリの跡か。


 王都へと続く街道に細い枝道からその跡は合流していた。しばらく進むと遠くに小さなソリと人影が確認できた。


 こんな真冬に移動とは、俺同様、変わった奴もいるものだな。


 俺は革袋を背負い直すと、そのソリを目標にして再び歩き始める。先行していた旅人は小柄で、馬や地竜などではなく自分で小型のソリを引いていた。歩幅の差からかすぐに追いつくことになってしまう。


「うわっ、ああっ!」


 前を行く旅人が盛大に転んだ。


「大丈夫か?」


 駆け寄り、地面にうつ伏せに倒れている旅人に手を差し出し起こしてやる。


「あっ、あ、すいません。助かります……です」


 体についた雪を払う際に、旅人の被っていたフードがめくれた。俺の目には美しい銀色の髪が映った。


 少女じゃないか。こんな雪の中、ひとりソリを引いて……。それに……。


「俺が引いてやろう」


 俺はそう言って、小さいながらもぎっしりと物の積まれた荷台の隙間に自分の革袋を押し込み、前にある持ち手に手を掛ける。


「いえ、それは……。困るのです。これは私の『』なんです」


「試験?」


 少女は自分の身体を俺と持ち手の間に滑り込ませる。少女とは言え密着するのも良くないと思い、彼女にソリを返す。


「なら、俺が後ろから押すというのはどうだ? これはその試験とやらに問題があるのか?」


「ああ、それでしたら大丈夫です。ありがとうございます! とても助かるのです!」


 少女は満面の笑顔でそう答えた。


「私の名前はアリエルと申します、です。親切なあなたのお名前は?」


「俺か? 俺は……、シヴァだ。シヴァと呼んでくれ」


「分かりました、シヴァさんですね。では、よろしくなのです!」


 少女は前を向くと、ソリを引き始めた。


「お前は王都に向かうのか?」


「はい! そうです」


 行先は同じだ。これなら日が沈む前にはたどり着きそうだ。


 年の離れた異性にたいして気の利いた笑い話のひとつも持たない俺は、ただ黙ってソリを押して進む。アリエルの引く速さを補助する程度の加減で、注意深く意識を払いながら慎重に押し続ける。


「差し支えなければでいいんだが、さっき言っていた試験のことが気になるのだが」


 無言の時間が長く続くのも、それは俺にとっては歓迎なのだが、さすがに彼女に悪い気がしてそう声を掛けた。


「ああ、いいですよ。こう見えて私、見習い魔法使いなのです! お師匠様から一人前の魔法使いになるための試験として、こうしてソリを引いているのです。ああ、こんなに雪が降る前は荷車を引いてましたけどね」


 ん? どういうことだ? 魔法使いになるためにどうしてソリや荷車を引かねばならないんだ?


「この荷台に積んでいるのは何だ?」


 彼女の私物を入れていると思われる袋以外に、荷台を大きく占有している木箱のことが気になった。


「はい。その中には売らなければいけないさまざまな魔導具が入っているのです。それを全部売り切ることが私の試験のひとつなのです」


「なるほど。たしかに優秀な魔法使いは魔導具づくりにも精通していると聞いたことがある。少し見せてもらってもいいか?」


「はい。もちろんです」


 アリエルは引くのを止めて俺の方に回り込む。そして二つある木箱のうちのひとつのふたを開けてみせる。


 これは……。


「これが照明の魔導具、ベッドの傍に置いておくとほどよい明るさで照らしてくれるらしい、です。そしてこっちが……」


 彼女はひとつひとつ手にとって丁寧に俺に説明してくれる。おそらくこんな感じで露店ろてんでも開いて売っていたのだろう。だがこれは……。


「動作確認をしてもいいだろうか? ああ、必要な魔石は持っているから心配ない」


 それらの魔導具はすべて魔物から穫れる魔石を燃料にして動くものであった。貴族や金持ちの家ではお抱えの魔法使いに魔力を供給させてめ込むようなものもあるが、魔法使い自体が希少なこの国では滅多めったに見かけることはない。


「魔石をお持ちなのですか! それは良かったです。実は私、魔導具が使われるところを見たことが無かったのです」


 そんなことでよく販売ができたものだ……。これはある意味感心してしまうな。


 俺は革袋に手を突っ込んで、麻の小袋を引っ張り出す。


「一通りの属性はそろっているはずだ、確認してくれ」


 そして彼女に袋ごと手渡す。


「すごいです。こんなにたくさん。お師匠さまのところで見た以来です」


 アリエルは慎重に魔石をひとつつまみ上げると、まじまじとそれを見つめる。


 もしかして、実際に魔石に触れる機会が少なかったのか? いや、それともまったく無かったとか……。


「ああ、設置は俺がやろう」


「助かります!」


 シヴァは彼女がこの売り物である魔導具の使い方さえ曖昧あいまいであろうことを一目見て気づいていた。


「あれ?」


 繰り返される彼女の不思議そうな声を聴いて、シヴァの胸がチクリと痛む。


「壊れているようだ……。おそらくここにあるすべてが……」


 俺の目には、魔導具に設置された魔石からの魔力供給が途中で途切れるもの。魔力は供給されるが、稼働させる魔力回路に問題が生じているもの。そのひとつひとつが何らかの問題を抱えていることを把握していた。その事実を彼女に伝えることに少し抵抗はあった。


「えっ、そうなのですか? ああ……。でも、良かったです!」


「良かった?」


 俺は彼女の言葉の意味がみ取れず思わず聞き返してしまう。

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