マスターピース、開催

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「ふう……」

「信さん、今日も絶好調ですね!」

 練習を終えて、クラブハウスで休んでいる信長に美蘭が声をかける。

「ふむ、当然じゃ……」

 信長は頷く。ちょんまげ頭は相変わらずで、ゴルフウェア姿にマントを羽織っているといういささか珍妙な恰好ではあるが、ビールジョッキを片手にチェアに腰かけている様は、すっかり現代人である。ちなみにビールはノンアルコールビールだ。

「失礼します……」

 美蘭が向かいの席に腰をかける。信長がジョッキをテーブルに置いてしみじみと呟く。

「……甲州征伐に向かう信忠を激励してやろうと、岐阜城に向かう途中、どこからともなく飛んできた白い球にぶつかった時は、一瞬どうなることかと思ったが……」

「う……す、すみません……」

 美蘭が頭を下げる。信長が笑みを浮かべて応える。

「悪気は無かったのであろう。謝る必要はない。それに……」

「それに?」

「『ゴルフ』という誠に面白いものに出会えた……」

「信さんがゴルフの筋が良いのは驚きでした」

「お主の教え方が上手いからじゃ」

「いやあ、まだまだアマチュアの身ですから……」

 美蘭が照れくさそうに自らの後頭部をポリポリと搔く。

「ふっ……」

 信長がポケットからスマホを取り出して、手慣れた様子で操作を始める。シュールだが、もはや見慣れた光景だ。

「あ、あの……」

「なんじゃ?」

「信さんって普段スマホで何しているんですか?」

「もっぱら『インスタグラフ』の更新じゃな」

「よ、陽キャだな……!」

「それがどうかしたか?」

「えっと……ご自分のこととか気にならないんですか?」

「それは……エゴサーチというやつか?」

「え、ええ……」

 美蘭は躊躇いがちに頷く。

「実は一度だけやってみようとしたのじゃが……」

「ほ、ほう……」

「悪口が多そうなので途中で止めた」

「や、止めたんですか!?」

「ああ、『魔王』とかなんとか書かれているんじゃぞ? あんなものにいちいち目を通していたら心が参ってしまうわ」

「魔王はご自分で書いたんじゃないですか?」

「あれは信玄の坊主が、『天台座主沙門信玄』とかいう署名入りの書状を寄越したから、『第六天魔王』と返しただけじゃ……まったく、単なる戯言を真に受けおって……」

 信長がぶつぶつと言いながら、テーブルの上に置かれたパフェをスマホで角度を変えて何度か撮影する。インスタ映えを気にする第六天魔王。

「で、でも……」

「うん?」

「情報の収集は必要なんじゃないですか? 今の世の中、情報弱者はあっという間に淘汰されてしまいますよ?」

「ほう、言ってくれるのう……」

 信長がひげをさすりながら苦笑する。そこにテレビからの音声が聞こえてくる。信長たちの隣の席に座った初老の男性がテレビを点けたのだ。

「え~緊急特集です。今年に入ってから、突然、世界各地のゴルフ場でゴルフを楽しまれている方々にある不思議な力が目覚め始めたという報告が相次いでいます」

「!」

「その不思議な力というのは……まずは歴史上の傑物を召喚する力です」

「!!」

 美蘭が立ち上がって、テレビの方に近づく。

「きっかけなどは実に様々なのですが、主にゴルフ場で働いていらしゃる若い男女がこの力の他なる部分に目覚め始めているようです」

「他なる部分とは具体的には?」

 アナウンサーに対し、この番組のメインMCの男性が尋ねる。

「詳しいことはまだはっきりとはしていないのですが……」

「うんうん」

「その……歴史上の傑物を召喚してしまった人、あるいはそのきっかけを作った人……彼らが傑物を御することも出来るし、傑物のケタ外れの力を存分に引き出せるようになっているそうです」

「それは……!」

 美蘭が信長に視線を向ける。確かに自分のゴルフに関する教えは素直に聞いてくれていた。そして、自分が休みの日などは大体散々なプレーだということを他の方からも聞いている。テレビではMCが口を開く。

「世界各地に現れた傑物さんたちってさ~」

「はい」

「皆さん、ゴルフにハマってらっしゃるんでしょう?」

「そのようです」

「ってことはあれですよね? 傑物さんとそれを召喚した方……もうこれから一蓮托生って感じじゃない?」

「い、いや、さすがにそこまでは……」

 テレビに視線を戻した美蘭が苦笑する。

「そこでさきほど入った緊急ニュースです……!」

「え?」

 アナウンサーの言葉に美蘭が反応する。

「世界中に召喚された傑物たちは皆揃ってゴルフに興味を示し、各々初心者とは思えないほど力強く巧みなプレーを見せています……よって、世界ゴルフ連盟は、その傑物たちによるゴルフトーナメント、『マスターピース』の開催を決定しました!」

「!?」

「おおおー!」

 MCやテレビ番組の他の出演者が声を上げる。

「優勝賞金は5億ドル! 日本円で約800億円です!」

「うおおー!!」

「傑物の方と、それを召喚した方が必ずキャディーに付くのがほぼ唯一の参加条件だそうです……」

「へえ、どこのコースでやるのかな?」

「その辺ですがまだ発表されておりません……」

「誰が出るのかな?」

「各々の国内でのラウンドを予選のようなものと見立てて行うようですね。あくまでも目安の一つに過ぎないとのことですが……そこら辺でのプレー振りなどを判断し、招待選手を決めるとか……」

「いや~マスターピース、楽しみですね~」

 MCの楽しそうな声とは裏腹に、美蘭はガクッと膝に手をつく。

「……信さんだけじゃなかったのか……情報弱者は僕だったか……ははっ」

「……おい」

「え? ぶわっ!?」

 振り返った美蘭にクラブが入ったゴルフバッグが突きつけられる。

「お蘭、”きゃでぃ”をせい」

「い、いや、そう言われてもですね……」

「……賞金が欲しくはないのか?」

「! そ、それは……欲しいです、むちゃくちゃ!」

 美蘭の素直な言葉に信長が笑みを浮かべる。

「結構……それでどうすればよい?」

 美蘭がスマホで調べる。

「えっと……あった、『マスターピース』! 昨日から公式サイトが立ち上がっていたのか……なになに……『まずは他の傑物をマッチプレーで倒せ……さすれば、マスターピース出場へと近づくであろう……』……な、なんだよこの曖昧な大会要項は……」

「……大体分かった」

「ほ、本当ですか!? 信さん!?」

「まずはこの日ノ本の国で儂のような境遇の奴を見つけ次第負かしてしまえば良いのだろう?」

「ま、まあ、そんな感じではありますね……」

「では、早速行くとするか……」

「ちょ、ちょっと待ってください! 戦うべき相手がどこにいるかも分からないのに……」

「織田の若造! 勝負せい!」

「ええっ!?」

 クラブハウスの外から大きな声が聞こえてくる。驚く美蘭とは対照的に信長はニヤリと笑う。

「向こうからやって来てくれるとは……手間が省けるのう……」

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