第七章 幸次の本心

 斎森家から正式に認められ、力も少しずつ制御できるようになった美世は、穏やかな日常を取り戻しつつあった。しかし、彼女を取り巻く人間関係には、まだ整理されていない感情が残っていた。


 その日の放課後、美世が帰り支度をしていると、辰石幸次が教室の入口に立っていた。彼の表情はどこか真剣で、普段の柔らかな雰囲気とは違っていた。


「美世、ちょっと話があるんだ。時間をくれないか?」

「幸次くん?」美世は少し戸惑いながらも頷き、二人は学校の裏庭へ向かった。


 夕日が差し込む中、幸次はゆっくりと口を開いた。「美世、君が力を覚醒させて、みんなに認められたこと、僕は嬉しい。でも、その一方で、正直、ずっと心の中で抱えてきた気持ちがあるんだ。」


 美世は驚いた顔で幸次を見つめた。「幸次くん?」


 幸次は真剣な眼差しで続けた。「僕は昔から、君のことが好きだった。香耶との婚約が決まった時も、心のどこかで納得していなかった。本当は、ずっと君の味方でいたかったんだ。」


 その言葉は、静かな夕暮れにしんと響いた。美世は一瞬言葉を失い、胸の奥が締めつけられるような気持ちになった。


「幸次くん、そんなこと。」


「今だから言うんだ。もう、自分に嘘をつきたくない。君が斎森家から冷遇されていた時も、君の力が覚醒した時も、ずっと君の幸せを願っていた。でも、僕は君の隣に立てる存在じゃないのかもしれない。」幸次の声は少し震えていた。


 美世はその言葉を真摯に受け止め、静かに答えた。「幸次くん、あなたがずっと私を気にかけてくれたこと、心から感謝してる。あなたがいなかったら、きっと私は一人で立ち上がれなかったと思う。」


 幸次は少し俯き、苦笑した。「でも、君の心はもう、あの人のものなんだよね。」


 美世は頷いた。「うん。久堂清霞は私にとって、とても大切な人。彼がいたから、私は自分の力を受け入れることができた。でも、幸次くんは、私の大切な幼なじみで、いつも支えてくれた恩人だよ。それは絶対に変わらない。」


 幸次はゆっくりと顔を上げ、少しだけ笑みを浮かべた。「ありがとう、美世。それだけ聞ければ十分だよ。」


 夕日が落ちる頃、幸次は最後に一言、美世へ言った。「君が幸せになれるなら、それでいい。僕は遠くからでも、君を見守るから。」


 美世は彼の背中を見送りながら、小さく呟いた。「幸次くん、本当にありがとう。」


 幸次の気持ちを受け止め、美世は改めて自分の心の中にある清霞への想いを確かめた。こうして、美世と幸次の関係は新たな形で落ち着き、互いに進むべき道を見つけることができたのだった。


 数日後、美世は学校で驚くべき知らせを耳にした。学園の中央広場で、辰石幸次が「ある発表」をするというのだ。生徒たちの間では噂が飛び交い、ざわめきが広がっていた。


「ねえ、幸次くん、何かすごいことを言うんだって!」

「まさか誰かに告白するんじゃない?」


 そんな声が聞こえる中、美世は不安と緊張を感じながら、清霞と共に広場へ向かった。


 広場の中央には幸次が立っており、その姿は普段よりもずっと凛々しく見えた。生徒たちが集まり、彼に注目する中、幸次は静かに口を開いた。


「皆さん、今日は少し時間をいただきたい。」彼の声はしっかりと響き渡り、全員が息を呑んだ。

「僕には、ずっと心に秘めていた想いがあります。今日、この場でその気持ちを伝えようと思います。」


 美世の心臓は高鳴った。まさか、私のこと? そんな予感が頭をよぎり、彼女は清霞の顔をちらりと見た。清霞は何かを悟ったように、ただ黙って美世の隣に立っていた。


「斎森美世さん!」

幸次が名前を呼んだ瞬間、周囲はどよめき、美世は驚いて彼を見つめた。


 幸次は美世に向かって一歩進み、真剣な表情で続けた。「僕は、ずっと君を守りたいと思ってきた。幼い頃から、君が傷つく姿を見たくなかった。君が力を得て、強くなった今でも、その気持ちは変わらない。僕は、君を誰よりも幸せにしたい。」


 広場は静まり返り、誰もが息を呑んで二人を見つめていた。美世は胸が詰まる思いで幸次を見つめたが、次第にその表情は穏やかなものに変わった。


「幸次くん、ありがとう。」美世の声は静かだが、はっきりとしていた。「あなたが私のことを大切に想ってくれて、本当に嬉しい。でも、私は。」


 その時、清霞が一歩前に進んだ。広場の緊張が一気に増す中、彼は堂々と幸次と向き合い、美世の手を優しく取った。


「美世は、僕の大切な人だ。」清霞の声は低く、しかし全ての人に届くほど力強かった。「誰にも渡すつもりはないし、誰よりも美世を幸せにする覚悟がある。」


 幸次はその言葉に驚きつつも、すぐに静かに微笑んだ。「やっぱり、君はそう言うんだな、久堂清霞。」


 美世は二人を見つめながら、自分の気持ちに迷いはなかった。「幸次くん、あなたは私の大切な友人です。ずっと私を支えてくれたこと、感謝しています。でも、私の心は清霞くんの隣にあるの。」


 幸次は少し寂しそうに、それでも笑顔で頷いた。「わかってるよ、美世。それでも、伝えたかったんだ。」


 周囲からは拍手が湧き上がり、静かな感動が広がった。清霞は美世の手をしっかりと握りしめ、優しく微笑んだ。


「これで、はっきりしたな。」清霞が呟くと、美世も小さく笑った。「ありがとう、清霞くん。そして幸次くん、本当にありがとう。」


 幸次は背中を向け、夕焼けに向かって静かに歩き出した。その姿には、どこか晴れやかな気配が漂っていた。


 美世は清霞の隣に立ちながら、彼の温かな手のひらに安心感を覚えた。私の居場所はここ、久堂清霞の隣なのだと。


 学園広場での幸次の告白と美世の答えが、校内の話題となっていた。その翌日、美世は久堂清霞と一緒に登校していたが、彼の様子がどこかいつもと違って見えた。言葉少なげで、少しだけ不機嫌な空気を漂わせていた。


「清霞くん、どうかしたの?」

美世は心配そうに問いかけると、清霞は少し目をそらしながら言葉を絞り出した。


「何でもない。」


「えっ?」美世は驚いた。清霞がそんな言い方をするのは珍しかった。彼の態度がどこかぎこちなく、まるで何かを我慢しているようだった。


 その時、五道佳斗が彼らの前にひょいっと現れ、軽い調子で話し始めた。「おーい、久堂! なんだか不機嫌そうじゃないか? ああ、昨日のことがまだ尾を引いてるのか?」


 清霞が鋭い目つきで五道を睨んだ。「うるさい。」


 五道は吹き出しそうになりながら、美世に向かってウインクした。「ねえ美世さん、久堂様、案外ヤキモチ妬いてるんじゃないかな?」


「ヤ、ヤキモチ!?」

美世は驚きのあまり声を上げ、清霞の顔を見た。清霞の頬がわずかに赤く染まり、彼は目を伏せたまま咳払いをした。


「妬いてなどいない。あんなもの、ただ、あれほど堂々と告白されるとは思わなかっただけだ。」

「清霞くん。」


 美世は初めて清霞がそういうことを気にするのだと気づき、思わず微笑んだ。「でも、私はちゃんと清霞くんを選んだよ?」


 その言葉に、清霞は一瞬驚いた顔を見せ、すぐに表情を引き締めた。「当然だ。」


 五道が大笑いしながら、「いやー、久堂様、かわいいところありますねえ!」と冗談めかして言うと、清霞は「黙れ、五道」と小声で睨みつけた。


 その後、美世と清霞は一緒に屋上で過ごした。風が静かに吹く中、美世は隣に立つ清霞に改めて伝えた。


「清霞くん、私はずっとあなたの隣にいたい。それだけは、変わらないよ。」


 清霞は美世の言葉を聞いて、少し照れながらも静かに微笑んだ。「わかっている。美世、お前が僕を選んでくれて嬉しかった。だからこそ、今度は僕がもっと強くなる。誰にもお前を奪わせはしない。」


 その力強い言葉に、美世の心は温かく満たされた。「ありがとう、清霞くん。私も一緒に強くなるから。」


 二人の間には静かな安心感が広がり、心地よい風が彼らを包んでいた。夕陽に照らされた二人の姿は、揺るぎない絆を物語っていた。


 学園広場での幸次の告白から数日後、美世は清霞と共にいつものように帰り道を歩いていた。穏やかな風が吹き抜ける中、美世の心は、まだ幸次の真剣な言葉が引っかかっていた。しかし、その気持ちは、彼女の中で一つの答えに向かって整理されつつあった。


「美世、考え込んでいるな。」

 清霞がふと立ち止まり、美世を見つめた。その鋭くも優しい瞳は、美世の胸に静かな安心感をもたらす。


「清霞くん」美世は立ち止まり、彼に向き直った。「私、幸次くんのことをどう受け止めればいいのか、少し考えてたの。」


 清霞は黙って美世の言葉を待った。美世はゆっくりと深呼吸をして、自分の気持ちを正直に伝えた。


「幸次くんは、私にとって大切な友人で、今までずっと支えてくれた人。でも、私の心はもう決まっているの。」

美世は清霞を見つめ、その手をぎゅっと握った。「私が一緒にいたいのは、清霞くん、あなただけだよ。」


 その言葉に、清霞はしばらくの間何も言わなかった。しかし、彼の表情は確かに緩み、静かに微笑んだ。


「そうか。お前がそう言ってくれるなら、僕はもう何も迷わない。」

清霞は美世の手を握り返し、力強く続けた。「僕はこれからもお前を守る。何があっても、誰が現れても、お前の隣にいる。」


 美世の胸に、安心と温かさが広がった。「ありがとう、清霞くん。私も、あなたと一緒に生きるって決めたから。」


 その日、美世は幸次にも改めて気持ちを伝えた。夕暮れの中、幸次は彼女の言葉を静かに聞き、最後には笑顔を見せた。


「美世、それでいいんだ。君が幸せなら、それが一番だから。」

幸次は美世の背中を押すように、優しく言った。「もう君を支える役目は終わりだな。でも、もし困った時はいつでも言ってくれ。」


 美世は微笑み、深く頭を下げた。「幸次くん、本当にありがとう。あなたのおかげで、私はここまで来られたの。」


 その夜、久堂家の庭に立つ美世と清霞は、星空を見上げていた。美世は穏やかな笑みを浮かべながら呟いた。「これからも、ずっと一緒だね。」


 清霞は静かに頷き、「ああ、何があっても、お前と共にいる」と優しく言った。


 星空の下で交わされた言葉は、美世の心に深く刻まれ、彼女は再び自分の選んだ道に誇りと確信を持ったのだった。

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