第六章 家族の問題
清霞との絆を深め、自分の力を少しずつ受け入れ始めた美世。しかし、彼女が帰宅すると、斎森家では新たな問題が浮上していた。父・斎森真一が家族全員を集め、厳しい表情で口を開いた。
「斎森家の名に泥を塗るようなことがあってはならん。美世、お前が久堂家の血筋だという噂が広まっている。どういうことだ?」
美世は一瞬、息を飲んだが、すぐに真っ直ぐ真一を見つめた。「お父様、あの手紙に書かれていたことが事実です。私は久堂家の血を引いています。でも、それが斎森家にとってどうして問題なのですか?」
真一は少し言葉に詰まりながら答えた。「お前がその力を持つことが、他の家、特に辰石家にどう影響するか、考えたことはあるのか?」
美世はそこで、香耶が不満げに口を挟んだ。「そうよ! 美世が突然“力”なんて見せつけるから、周りの人たちもおかしくなってるわ!」
香耶の言葉に、美世は心が痛んだ。しかし、もう逃げるつもりはなかった。彼女は深呼吸をし、静かな声で話し始めた。
「私はただ、自分の力を受け入れただけ。誰かを傷つけるつもりなんて一度もなかった。でも、これからは違う。自分の力で、皆を守ることができるなら、それを恐れずに使いたいと思っています。」
真一は美世の強い意志にしばらく黙り込んだ。そして、ため息をつきながら言った。「美世、お前は、変わったな。だが、その覚悟が本物なら、私が試練を与えよう。それに耐えられたら、斎森家の一員として正式に認める。」
「試練?」美世は驚きながらも、その提案を真剣に受け止めた。「わかりました。私は逃げません。」
香耶は不満そうに真一を見つめていたが、何も言わずにその場を立ち去った。美世は父との関係に小さな一歩を感じつつも、この「試練」が何を意味するのか、心の中で不安が広がっていた。
その夜、美世は久堂清霞にこの話を伝えた。清霞はじっと話を聞いた後、静かに言った。「美世、どんな試練だろうと僕は君の味方だ。一人で背負わず、僕を頼ってくれ。」
美世は清霞の言葉に勇気をもらい、「ありがとう、清霞くん。必ず乗り越えてみせる」と強く誓った。家族の問題と向き合いながらも、彼女の決意はこれまで以上に固くなっていたのだった。
斎森真一が「試練」を言い渡した日から、美世は香耶との距離を意識せざるを得なかった。香耶は相変わらず美世に対して冷たい態度を取り続け、二人の間に漂う張り詰めた空気は、他の家族すら口を挟めないほどだった。
ある日の夕暮れ、美世は庭で一人静かに佇んでいた。ふと振り返ると、そこには香耶が立っていた。彼女は険しい表情をしていたが、どこか迷いも感じられた。
「何? また私を責めるの?」美世が優しく問いかけると、香耶は一瞬言葉を詰まらせた後、声を荒げた。
「責める? あんたが全部手に入れて、私が何も持っていないって感じてること。わかってるくせに!」
美世は香耶の言葉に胸が痛んだが、彼女の本心を知るために、一歩前へ踏み出した。「香耶ちゃん、私は、あなたから何かを奪おうとしたことなんて一度もない。でも、私が変わることであなたが苦しんでいるなら、私のせいだよね、ごめんね。」
香耶は美世の謝罪に驚いた表情を見せた。「なんで謝るのよ。全部あんたが悪いって思ってたのに、そんな風に言われたら、私、どうすればいいのよ!」
「私たちは姉妹でしょう? ずっと敵対する必要なんてないよ。」美世は静かに続けた。「私だって、香耶ちゃんと仲良くしたい。本当に、ずっと、そう思ってた。」
香耶は目を伏せ、拳をぎゅっと握りしめた。「私だって、本当はお姉ちゃんが憎いわけじゃない。ただ、私だけが置いていかれる気がして怖かったの。」
その一言に美世は目を見開いた。そして、そっと香耶の手を握った。「私も怖かったよ。でも、私たちが手を取り合えば、きっと乗り越えられる。二人で一緒に、強くなっていこう?」
香耶の目には涙が浮かび、彼女は小さく頷いた。「バカね。そんな簡単に許すわけないんだから。」
それでも、二人の間のわだかまりが少しずつ解け始めた瞬間だった。
その夜、香耶がふと美世に言った。「ねえ、もし私にも力があったら、あんたと一緒に戦えたかな。」
美世は微笑み、「力なんて関係ないよ、香耶ちゃん。大事なのは心だから。」と答えた。香耶は照れたように顔をそらしながらも、小さく笑った。
二人は長い時間をかけて埋まらなかった溝を、少しずつ埋めていく。その夜の星空は、これまでになく穏やかに二人を照らしていた。
香耶との和解を果たし、わだかまりが少しずつ解け始めた美世は、心の中に新たな希望を抱いていた。しかし、彼女が乗り越えなければならない「試練」はまだ残っていた。斎森家と久堂家、両方の運命を背負う立場になった美世は、どう行動すべきか悩んでいた。
そんな折、久堂家の庭に美世を訪ねてきたのは、鶴木新だった。鶴木は美世の母方の従兄であり、能力者として名高い強者でもある。彼は微笑みながら美世に向かって言った。
「やあ、美世。困った顔をしているね。」
美世は少し驚きつつも、「鶴木さん、どうしてここに?」と問いかけた。
鶴木は彼女の肩に軽く手を置き、真剣な眼差しで続けた。「君が試練に立ち向かうと聞いて、少し助けが必要だろうと思ったんだ。君の力はまだ目覚めたばかりだ。その力を制御し、強くする方法を一緒に探そう。」
美世は鶴木の言葉に驚きながらも、心が少し軽くなるのを感じた。「私の力を、強くする方法?」
「そうだ。君の力は“癒し”にとどまらない。君が本当に望むなら、もっと多くの人を守れる力に変えられる。だが、そのためには訓練が必要だ。」
その日から、美世は鶴木新の指導のもと、能力を磨く訓練を始めた。庭の一角に設けられた訓練場で、美世は初めて自分の力を意識的に制御する方法を学び始めた。
「いいか、美世。力を発揮するには心の安定が何より大事だ。自分の力を信じ、恐れを手放すんだ。」
鶴木の指示に従い、美世は両手を胸の前に合わせ、ゆっくりと集中を深めた。すると、手のひらから柔らかな光が生まれ、鶴木の用意した木の枝が次第に芽吹いていく。
「できた!」美世の顔に笑みが浮かんだ。
鶴木は満足げに頷いた。「ほら、できるじゃないか。その力は君の意思次第でどこまでも強くなる。そして、誰かを守りたいという気持ちが君をさらに成長させるんだ。」
その日、鶴木は最後にこう告げた。「忘れるな、美世。君は一人じゃない。僕も清霞も、そして君を信じるすべての人が、君の力になる。」
美世はその言葉に力をもらい、改めて心に誓った。「私も強くなって、みんなを守る力を手に入れる!」
その夜、ゆり江が美世の訓練を終えた姿を見て、優しく言った。「美世様、あなたが輝いて見えますよ。これからもその力を大切にして下さいね。」
美世は頷き、星空を見上げながら静かに呟いた。「鶴木さん、ゆり江さん、そして清霞くん、みんながいるから、私は前に進める。」
支援者たちの力が美世を支え、彼女の心には確かな強さが宿り始めていたのだった。
訓練を重ね、少しずつ自信を深めた美世は、父・斎森真一が課した「試練」の日を迎えることとなった。試練とは、斎森家に代々伝わる「霊力の儀式」で、家に認められる者だけがその場で力を示すことができる。美世にとって、今こそ真の自分を証明する時だった。
斎森家の広間には重々しい空気が漂い、美世は一歩ずつ中央へと進んだ。真一、継母の香乃子、そして香耶が見守る中、彼女はゆっくりと手を合わせ、心を静めた。
「美世、お前の覚悟を見せてもらおう。」真一の低い声が広間に響く。
美世は目を閉じ、自分の中に眠る力に意識を集中した。
私はもう逃げない。私は私の力で、すべてを守る。
その瞬間、美世の手のひらから柔らかな光が広がり始めた。最初は小さな灯火だった光が、次第に広間全体を包むほどの大きさに成長し、優しく温かな気配が漂った。その光はまるで空間そのものを浄化するかのように、穏やかに広がっていった。
真一が驚きの表情を浮かべながら、そっと口を開く。「これが、お前の力か。」
香耶も目を丸くし、美世の姿をじっと見つめていた。彼女の瞳には、もはや嫉妬ではなく、驚きと少しの尊敬が浮かんでいた。
美世は光を収め、真一に向かって深く頭を下げた。「お父様、これが今の私の力です。私は家族の一員として、皆を守るために、この力を使います。」
真一はしばらくの沈黙の後、静かに立ち上がった。「よくやった、美世。お前は立派だ。斎森家の名に恥じない力を見せた。」
香乃子も少し照れたように目をそらしながら、「まさか、ここまでの力を持っていたなんてね。認めざるを得ないわ。」と呟いた。
そして、香耶が美世に向かって、ぽつりと一言言った。「お姉ちゃん、すごいじゃない。」その言葉は小さくても、確かな歩み寄りの証だった。
その夜、美世は久堂家に戻り、清霞に結果を報告した。美世が笑顔で「試練を乗り越えたよ」と言うと、清霞は優しく微笑み、「君ならできると信じていた」と一言だけ言った。
「ありがとう、清霞くん。私、ようやく、家族として認めてもらえた気がする。」
「それだけじゃない。美世、お前はもう“ただの家族”ではない。自分の力で未来を切り開く存在だ。」
清霞の言葉に、美世の胸は温かく満たされた。斎森家の一員として、そして久堂家に支えられる者として、美世は新たな一歩を踏み出したのだった。家族との絆は再び結ばれ、美世の心には確かな安堵と希望が広がっていた。
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