第五章 超常的脅威

 それは、いつものように穏やかな日常が続いていたある日のことだった。美世が学校から帰ろうとしていると、町全体に不気味な静寂が漂い始めた。空は灰色に曇り、冷たい風が吹き抜け、人々が何か異変に気づき始めていた。


 その時、美世の耳に聞き慣れない「鈴の音」が微かに響いた。チリン、チリン、それはどこか遠くから聞こえてくる音で、彼女の中に不安を掻き立てた。


「美世!」

突然、清霞の声が響き、彼が駆け寄ってきた。その顔には緊張が浮かんでいた。


「どうしたの、清霞くん?」

「超常的脅威が現れた。大規模なものだ。」清霞は美世を守るように立ちふさがり、周囲を鋭い目つきで見回す。


「超常的脅威?」美世は呟いた。言葉の意味はわかっていたが、今までそんな存在に直面したことはなかった。


「軍が緊急出動している。でも、普通の人には見えない。これが何かはまだ分からないが、君も感じているだろう? あの鈴の音。」清霞が言葉を切ると、美世は確かに感じた。町全体が、何か見えない闇に覆われようとしている。


その時。


ゴォォォォ!


 地響きとともに、町の遠くに異様な影が立ち上がった。人の形をしているが、黒い煙のように揺らぎ、目は赤く光っている。それは“霊災”とも呼ばれる存在、普通の人には見えない超常的な脅威だった。


 美世は目を見開き、心臓が早鐘を打つ。「これが、脅威なの?」


 清霞は振り向き、「美世、危険だ。ここにいては巻き込まれる。僕が対処するから、すぐに逃げるんだ。」

「待って!」美世が清霞の腕を掴んだ。「私にも、何かできるかもしれない。」


 清霞は驚いたように美世を見つめる。「美世?」

「私の力、まだ全部わかっていないけど、感じるの。何かが、私にできるって。」美世の声は震えていたが、その瞳には強い決意が宿っていた。


 清霞は美世の目をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。「わかった。でも無理はするな、僕が君を守るから。」


 二人は町を覆う“脅威”に向かって走り出した。美世の中で、何かが動き始めている。未知の力が、再び目覚めようとしていることを、彼女自身が感じていた。


 霊災と呼ばれる超常的な脅威との戦いは熾烈を極めた。美世は清霞の後ろに立ちながら、目の前で繰り広げられる圧倒的な力の衝突に息を呑んだ。清霞が力強く指を振るうたびに、光の剣のような力が飛び、霊災を押し返していた。しかし、敵は手強く、清霞も徐々に疲労の色を見せ始めていた。


「清霞くん、危ない!」

美世が叫んだその瞬間、霊災が黒い波動を放ち、清霞がそれを防ごうとした。しかし。


ズシンッ!


 爆発音とともに清霞は後ろに吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。


「清霞くん!」

美世は駆け寄った。彼の制服は破れ、肩には深い傷が刻まれていた。清霞は痛みに顔を歪めながらも、美世に弱々しく言った。「大丈夫だ、これくらい、すぐに。」


「そんなの大丈夫じゃない!」美世の目には涙が浮かび、全身が震えていた。「すぐに病院へ行かなきゃ!」


 しばらくして、美世は軍の支援を受けて清霞を病院に運び込んだ。治療室の外で美世は手を握りしめ、何もできなかった自分を責めていた。

「私、もっと強かったら。」


 その時、五道佳斗が駆けつけ、彼女の肩を優しく叩いた。「美世さん、大丈夫ですよ。清霞様はあれくらいじゃ倒れません。あの人は、どんな状況でもあなたを守る人ですから。」


 美世は涙を拭い、顔を上げた。「私も、何かしたいの。清霞くんのために、今度こそ。」


 数時間後、清霞は治療を終えて安静にしていた。美世は彼のベッドのそばに座り、眠っている彼の手をそっと握った。


「清霞くん、ありがとう。いつも私を守ってくれて。でも、今度は私があなたを守る番だから。」

その瞬間、彼女の手から微かな光が漏れ出した。温かく、柔らかな光。それは美世の中に眠っていた癒しの力が目覚め始めた証だった。


 清霞の表情が少し安らかになり、美世は涙をこぼしながらも笑った。「待っててね。私も強くなるから。」


 彼女の決意と新たな力が、二人の絆をさらに強く結びつけていくのだった。


 美世は清霞の手を握ったまま、その光をじっと見つめていた。それは彼女自身から自然と溢れ出た、不思議な力。まるで彼の痛みや傷を包み込むように、柔らかな光が清霞の身体を優しく照らしていた。


「この光、私の力?」

美世は信じられない気持ちで呟く。だが、清霞の顔色が次第に良くなっていくのがわかった。呼吸も安定し、苦しそうだった表情が次第に和らいでいく。


 その時、治療室の扉が静かに開き、五道佳斗と医師が中へ入ってきた。医師は清霞の状態を見て目を丸くした。「これは、一体どういうことだ? あれほど深い傷が、ここまで回復しているなんて!」


 五道も驚いた様子で美世を見た。「美世さん、これは、あなたの力ですか?」

美世は驚きながらも、しっかりと答えた。「わかりません。でも、私の中で何かが動いたんです。清霞くんを救いたい、その気持ちが。」


 医師はため息混じりに、「この光が何なのか、医学では説明がつかないが、確かに彼は回復している」と呟いた。五道は笑顔を見せ、美世の肩に手を置いた。「美世さん、君は本当にすごいよ。まさか、癒しの力まで持っているとはな。」


 清霞がゆっくりと目を開け、美世の姿を見つけた。「美世?」

「清霞くん!」美世は涙を堪えながら、彼の手をぎゅっと握った。「良かった、本当に良かった!」


 清霞は彼女の手の温かさを感じながら、小さく微笑んだ。「美世、君の力に救われたんだね。ありがとう。そして、君が無事でいてくれて良かった。」


 その後、五道や軍の関係者たちは、美世が持つ“癒し”の力を正式に認めることになった。それは、これまでの久堂家にも見られなかった新しい能力だった。美世自身も、初めて「自分の力」を受け入れ、胸の中に芽生えた自信と誇りを感じていた。


「清霞くん、私も戦えるよ。あなたの隣で、私の力で支えることができる。」

清霞は静かに頷き、「これからも一緒に前に進もう」と誓った。


 美世は自分が持つ力の意味を理解し、清霞との絆を新たに深める。そして、この力をどう使えばいいのか。その答えを探す新しい旅が、彼女の心の中で静かに始まったのだった。


 清霞が回復した翌日、美世は久堂家の屋敷で彼を見舞っていた。部屋には柔らかな陽光が差し込み、清霞はベッドの上で穏やかに美世を見つめていた。


「美世、心配かけたな。もう大丈夫だ。」

美世は微笑んで、そっと椅子に座り清霞の手を握った。「清霞くんが無事で良かった。それだけで、私、本当に安心したの。」


 清霞は美世の手を優しく包み込み、真剣な表情で言った。「美世、君はもうただ守られるだけの存在じゃない。君の力で僕は救われたんだ。これからは、僕たち二人で支え合おう。」


 その言葉に、美世の目には涙が溢れた。ずっと自分の無力さに苦しんできた彼女にとって、清霞のその一言は何よりも心に響いた。「私も、今度こそ、あなたの力になりたい。」


 清霞は少し微笑んで続けた。「お前はもう十分力強い。だが、無理はするな。君が隣にいてくれるだけで、僕にはそれで十分なんだ。」


 その日の夕暮れ、二人は庭を一緒に散歩した。風が心地よく、花の香りが漂う中、清霞はふと立ち止まり、美世に向き合った。


「美世、僕は約束する。これからどんな困難があろうと、君を絶対に守る。そして、君の力も、君自身も、誰よりも信じるよ。」

美世は胸がいっぱいになり、涙を堪えながら頷いた。「ありがとう、清霞くん。私も、あなたの隣でいつまでも歩いていくから。」


 二人の間に深く静かな絆が結ばれたことを、互いに感じていた。夕焼けの光が二人のシルエットを照らし、美世の中に新たな覚悟と希望が満ちていく。


「一緒に前へ進もう。」

美世と清霞の言葉が重なり、久堂家の庭に優しい風が吹き抜けた。これまでの試練を超え、二人の絆はさらに強く、確かなものとなったのだった。

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