風の谷の約束
@yuuyuu1010
第一章 異国の風、カッパドキア
日の出前の静寂に包まれた大地
――それが、トルコのカッパドキアだった。世界でも類を見ない奇岩群、柔らかい火山岩が長い年月をかけて風や水に削られた景色は、まるで異世界のような神秘を帯びていた。
主人公、千秋(ちあき)は27歳。
大学時代の友人であり、旅行ライターの成瀬に誘われ、仕事の手伝いも兼ねてトルコの地を訪れていた。彼女は長年、平凡な毎日を繰り返すことにどこか虚しさを感じていた。
「千秋、見てごらん。まるで別の惑星に来たみたいだろう?」
成瀬がそう言いながら指差したのは、無数のバルーンが夜明けの空へと舞い上がる光景だった。空には朱色の光が滲み、バルーンの影が奇岩の谷に伸びている。
「ああ……本当に、ここはどこなんだろうって思う」
風に揺られながら千秋は、初めて自分が“遠くへ来た”と実感していた。
第二章 奇岩の影と古代の囁き
カッパドキアは観光地として有名だが、そこには人々の知らない歴史が刻まれている。
成瀬のガイドで、千秋は「地下都市」を訪れた。何層にも広がる地下空間は、かつて宗教的迫害を逃れるために人々が暮らした場所だという。暗闇の中をランタンで照らしながら、千秋は湿った石壁に触れる。
「ここで何百人、何千人もの人が暮らしていたのね……」
「息苦しくなりそうだろう。でも、ここは彼らにとって“希望の場所”だったんだ」
地下都市を歩くほどに、千秋の胸に奇妙な感覚が広がっていく。人々が何を守り、何を信じてこの地で生き抜いてきたのか。外の広大な谷と、この閉じた空間の対比が彼女の心に影を落とす。
「……どうして、私は自分の場所を見つけられないんだろう」
第三章 岩窟教会と古い手紙
翌日、千秋と成瀬はギョレメの岩窟教会群へと足を運んだ。そこには、キリスト教初期のフレスコ画が今も残っている。
教会の奥の壁画を見つめていると、千秋は岩の隙間に何かを見つける。埃を被った、古い紙片だった。
「……手紙?」
成瀬が驚きながらそれを開くと、そこには古い時代のトルコ語と、崩れた文字が記されていた。地元の学者に依頼し、翻訳を試みたところ、手紙の主はある女性――迫害を逃れ、この地で祈り続けた一人の信者のものだった。
『風が運んでくる明日を信じ、私はこの地に希望を残す』
千秋は胸の奥が熱くなるのを感じた。彼女は何かを残すことも、信じることも忘れていたのではないか。風の谷、カッパドキアで彼女は過去の声に触れ、自分自身の欠けた部分を見つめ直す。
最終章 空への旅立ち
旅の最終日、千秋はバルーンに乗り込んだ。カッパドキアの空を漂うバルーンは、地上の悩みや疑問を小さくしていくようだった。千秋の隣で成瀬が微笑む。
「見つかったか? 君の答え」
「まだ分からない。でも、遠くへ行けば、少しずつ見える気がするの」
風に吹かれながら、千秋は空から広がるカッパドキアの景色を見下ろした。無数の奇岩、地下都市、古代の壁画――すべてが時代を超えてここにある。きっと彼女もまた、この風に乗って新しい場所へと向かっていくのだろう。
エピローグ
帰国後、千秋は小さな文集を作った。タイトルは――「風の谷で聞いた声」。それは、カッパドキアの風が運んだ、過去と未来をつなぐ物語だった。
終わり
風の谷の約束 @yuuyuu1010
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