第5話
少しおなかがすいたなあと思い始めたころ、湊くんのお母さんが時計を見た。
「そろそろお昼ご飯どきね。何か食べておいで。湊、結芽ちゃんも一緒に買ってあげなさい。わたしの分はあるから気にしないで」
「うん」
「あ、ありがとうございます」
立ちあがった湊くんに続いて、スペースをはなれる。外へと向かいながら、あちこちのブースをながめて歩いた。
かわいいストラップや小物を見かけたりしたけど、湊くんはスタスタ歩いていくので、おいていかれないように歩くと、あまりゆっくりは見られなかった。
外に出て、キッチンカーを見る。クレープだったり、ハンバーガーだったり、ジュースだったり、いろいろあった。
「結芽はなににする?」
「み、湊くんは?」
太陽のしたで見る湊くんは、またちょっと違って見えて、キッチンカーを見るふりをして視線をそらした。
湊くんが、かっこいい……!
前髪で目がかくれている湊くんしか見たことがなかったので、違和感しかない。わたしはいったいだれと一緒にいるんだろう。……湊くんなんだけど。
「おれはハンバーガーかな」
「わ、わたしもそれにしようかな」
「じゃあ買いに行こ」
湊くんがお金を払ってくれて、みずみずしいトマトがサンドしてあるハンバーガーを買ってもらった。
テーブルはどこもいっぱいだったので、花壇のふちにすわることにする。
となりにすわった湊くんが、先にかぶりついたのを確認して、わたしもガブっと食べると、レタスがシャキシャキしていて肉汁も出てきて、おいしかった。
もぐもぐ噛みながら、話すことを考える。
「……湊くん、すごいね。大人のひとともふつうに話せてて」
「おれも最初はどもってばかりだったけど、何回もやってたら慣れたよ」
「わたしも慣れたいなあ……」
「なんで?」
「話すのへたくそだから」
「そうかなあ」
湊くんは不思議そうに言って、ハンバーガーにかじりつく。わたしは一度食べるのを止めた。
「あ、あのね、たぶん、わたし吃音症ってやつなんだ。話すスピードが速いとどもっちゃったり、言葉がすぐ出てこなくて……」
晴れた空は、なやみごとなんかなんにもないみたいに、辺りを明るく照らしている。
「み、湊くんと話すのも緊張するし、友達とか、クラスメイトとか、話すときも緊張するの」
「ふーん。おれはそんなに気にならないし、気にしなくてもいいと思うけどな。……じゃあさ、おれ、これから話しかけるようにする」
「え?」
となりの湊くんを見る。
「慣れたらいいんだよ。そしたら緊張しなくなる。だから、今日引いたカードの話以外でも話そ」
「いいの? 湊くん、目立つのいやじゃなかった?」
「結芽と話すくらいじゃ目立たないよ。大丈夫、大丈夫」
そう言って、最後の一口をぱくっと食べた。
た、食べるの早い……!
あわてて、ハンバーガーにかぶりついた。
「前に言いわすれてたけど、結芽は言葉の力があるから、かなえたいことがあったら声に出して言うといいよ。かなうから」
「んー」
口の中にハンバーガーが入っているから、変な返事になってしまった。ごっくんと飲みこんで、正面を向いたまま話す。
「じゃあ、さ、わたしが湊くんのこと、すごいすごいって言ってたら、もっとすごくなるの?」
湊くんは吹き出すように笑う。
「おま、それはないだろ、ふつう!」
湊くん、めちゃくちゃ笑ってる……!
だんだん恥ずかしくなってきて、顔があつくなってくる。
「あははっ、じゃあ、じゃあさ、ほめてよおれのこと」
「……なんかやだ」
「笑ってごめんって。でも思いついたの結芽じゃん。ためしにさ」
顔がイケメンなので、うっと押されてしまう。
し、しかたない。……うーん、ほめること、ほめること……。
「……知らないひとといっぱいしゃべれるところ、すごいと思うし、マヤ暦のこともたくさん勉強しててすごいと思う。はきはきしゃべれるのもすごいし、わたしの吃音のことも気にしないでいいよって言ってくれるところも優しいと思うよ」
このくらいでいいかな。ゆっくりしゃべったから、つっかえなくて良かった。湊くんの方を見ると、下を向いていた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「照れてる?」
「別に」
短髪からのぞく耳が赤くなってるのに気づいたけど、わたしは優しいので、だまってのこりのハンバーガーを食べた。
ご飯を食べてスペースに帰ると、またちらほらお客さんが来てくれた。
同じ年くらいの女の子二人が来て、おそるおそる湊くんにたずねる。
「あの、相性占いって見れますか?」
「相手の誕生日が分かるんだったら見れます」
女の子のうち片方の子が見てもらうことに決めたようで、三百円をわたしてくれた。
相性占いもできるんだ……!
ーーわたしと湊くんの相性ってどうなんだろう。ちょっと気になった。
女の子は自分の誕生日と、相性を知りたい相手の誕生日をつげる。
湊くんは、二つの誕生日を聞いて、それぞれ計算を始めた。数字を二つ導き出して、表をチェックしたあと、うんとうなずいた。
「大丈夫。相性はいいよ」
「本当!?」
「似てるところがあるんじゃないかな。あとは、お互いに気になってしまうようになってるから、向こうも気にかけてると思うよ」
湊くんにそう言われて、女の子はうれしそうに友達を見て「やった!」と言った。
「相手は、自分を見てほしいって気持ちが強めにあるから、見てるよって気持ちを伝えることが大事かな」
「見てるよって気持ち?」
「例えば、本を読むのが好きな子なら、本をよく読んでるね、なに読んでるの? って声をかけてみるとか」
「なるほどー!」
きゃっきゃっと楽しそうに女の子たちがさわぐ。
うんうん、恋バナ楽しいよね! しかも好きな男子とお互いに気になってるなんて!
あとは個人の性格を聞いたりして、女の子たちは帰っていった。
そのあとはお客さんはあまり訪れることなく、ゆったりとした時間をすごした。
わたしは、周りのお店の様子をながめていたし、湊くんは本を読んでいた。なにを読んでいるのか気になって、ちらっと横目で見ると、占いの本だった。
学校で読んでる本も、占いの本なのかな。こんなに勉強してるなんて、さすがの実力って感じだ。
夕方になると、お客さんもだいぶ減って、お店をしまうひとも出てきた。
『以上をもちまして、イベントを終了いたします。おつかれさまでした』
放送がかかって、始まりのときと同じようにみんなで拍手をした。
よし、今度は片付けだ。
テーブルの上の小物や広告のポップなどをしまっていく。折りたたみテーブルは、宮本くんのお母さんがたたんでくれた。椅子もたたんで、全部元通り。
「よし、帰ろうか」
湊くんのお母さんが言った。
行きと同じように、重たい荷物は宮本くんのお母さんと湊くんが持ってくれて、わたしは軽い荷物を持った。それを車のところまで運んで、乗せていく。
そしてわたしたちは車に乗りこんだ。
「結芽ちゃん、今日どうだった?」
運転しながら宮本くんのお母さんが聞いてくる。
「す、すごく楽しかったです! イベントにたくさんのお店がきていて面白かったです! 湊くんの占いもすごくて、びっくりしました!」
「だって、湊〜、良かったわね」
「うるせ」
ここで自慢げにならないのが湊くんだ。湊くんの占いだけじゃなくて、湊くんのことももっと知ることができて嬉しかった。これは内緒だけど。
家の近くの公園まで送ってもらって、わたしは車からおりた。
「今日はありがとうございました! すごく楽しかったです!」
おりる前に準備していた言葉を言うと、宮本くんのお母さんはにっこり笑った。
「それは良かった。こちらこそ、今日はお手伝いしてくれてありがとう。また機会があれば一緒に行こうね」
「じゃ、また学校で」
「うん」
ほくほくした気持ちをかかえながら白い車を見送って、わたしは家に帰った。
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