第4話

 土曜日の朝。約束通り、家の近くの公園の前で、宮本くんの車を待っていた。空はカラッと晴れていて、いい日より。

 お母さんに今日のことを言うと、宮本くんちへのお土産と、少しのお小遣いをもらった。お小遣いはポシェットに入れて、片手に白い箱を持っている。

 今日のカードは青いサル。キーワードは楽しむ、だ!

 今日にぴったりだと思った。宮本くんはなんだったんだろう。

 やがて、白い車がわたしの前に止まる。助手席には宮本くんがいて、運転席には宮本くんのお母さんがいた。

 ウィーン、と窓が開く。


「うしろ、乗れよ」

「う、うん! ありがとう!」

「こら、ドア開けてあげなさい、湊!」

「分かったって母さん」


 前のドアが開いて、宮本くんが降りてきた。うしろのドアをあけてくれる。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 車に乗り込むと、ドアを閉めてくれた。宮本くんのお母さんがふり返ってきて、目が合う。


「あなたが堀川さんね。はじめまして、湊の母です」

「は、はじめまして! 堀川結芽です! あの、カードありがとうございました! 今日はよろしくお願いします。これは母からです」


 お母さんからあずかった白い箱をわたす。


「まあ、わざわざありがとう。湊、これ持ってて」

「ん? うん」


 助手席に乗りこんだ宮本くんは、箱を受けとってすわりなおした。

 車が走り出す。


「マヤ暦に興味があるのね、堀川さん」

「は、はい!」

「カードはどう? 使ってくれてる?」

「はい! 毎日引いて、宮本くんに、今日はなんのカードだったか報告してます」

「まあ、そうなの! 湊、堀川さんがマヤ暦に興味があることしか聞いてないわよ」

「別に言うことじゃねえし」


 後ろの席からは見えないけど、宮本くんはツンとして答えていた。


「いっぱい使ってくれてありがとうね」

「い、いえ! カード引くの楽しいので」

「今日は、湊がやるところ、しっかり見ていってね」

「はいっ!」

「テキトーでいいよ」


 そんな話をしながら会場に向かった。

 とうちゃくしたイベント会場は、大きな体育館みたいなところだった。

 駐車場に車をとめると、うしろに乗せていたお店を開く用の道具を下ろす。そして、イベント会場の宮本くんちのスペースまで運ぶのを手伝う。宮本くんのお母さんと宮本くんが重たい荷物を持って、わたしは軽い荷物をまかされた。

 スペースは、入り口から少し離れたところに配置されていた。

 そこに持ってきた折りたたみテーブルと椅子を立てて、設置する。


「堀川さん、それもらえる?」

「あ、はいっ!」


 持っていた布をわたすと、それをテーブルの上に広げてしき布にしていた。

 周りを見わたすと、あちこちで準備が進んで、わいわいと声がしていて、まるでお祭りみたいだ。

 視線をもどすと、湊くんのお母さんの手によって、机の上にいろんなものが設置されていく。値札、広告のポップ、ちょっとした小物。

 お店ができあがっていくのを見て、わくわくする。


「こんなもんかな。外からの見栄えどう? 湊」

「いいんじゃない?」

「そっけないなあ。あんたはなんでも、いいんじゃない?、って言うんだから。堀川さん、どう?」

「かわいいと思います!」

「そうそう、この反応が欲しかったのよ〜! やっぱり女の子はいいわね」


 宮本くんのお母さんに言われて、ちょっと役に立てたかなとうれしくなった。

 宮本くんは椅子に座って、占いで使う小物やノートを並べている。値段はーー。


「三百円!?」


 安い! 安すぎる!

 うわさで聞いたことのある占い屋さんは三千円とかだったから、破格の値段だ。


「こ、こんなに安くていいの?」

「いいんだよ。やるのおれだし。小学生に千円も払うひとなんていないだろ? それに練習でもあるから」

「練習?」

「そ。やっぱり誕生日っていろんなひとに教えてもらわなきゃできないだろ? だから、こういうとこでいろんなひとに教えてもらって、鑑定をする。それが練習になるんだ」

「なるほど……」


 宮本くん、いろいろ考えててすごいなあ。


「湊、全部自分が考えたように言ってカッコつけないの! 隣で私がフォローするんだから」


 宮本くんのお母さんが言った。


「別にカッコつけてないし……」


 そう言いながら、宮本くんがシンプルなヘアピンを取り出して、目をかくすくらい長い前髪を横に流したーー。

 わたしはびっくりした。

 アーモンド型のシュッとした目が、今まで見えていた鼻や口、他のパーツと組み合わさって、急にとびきりのイケメンが現れたんだ。


「み、宮本くんって……」

「なに?」


 超かっこいいんですけどー⁉︎


「ま、前髪、ふだんから上げないの? 切ったりとかさ」

「んー、うっとうしいけど、あまり目立ちたくないから」

「堀川さん、もっと言ってやって! このままじゃ、目が悪くなっちゃう!」


 宮本くんのとなりに座ったお母さんは、わたしに続いて「切るんだ湊ー!」なんて言ったりしてる。


「えー、堀川さんは別に切らなくても話してくれるし」

「そ、それはそうだけど……」


 もちろん、髪の毛が長くても短くても、今まで通り、話しはするけど。


「堀川さん以外はいいの?」

「別にどっちでも」

「ふーん?」


 宮本くんのお母さんは、なんだか楽しそうににやにやしている。


「あ、堀川さん。結芽ちゃんって呼んでもいいかな?」

「は、はい!」

「湊の反対となりに座って、お会計を頼んでもいいかしら? お客さんが来たら、最初に三百円もらって、そこに置いてある缶の中に入れてほしいの」

「わ、分かりました……!」


 私のイベントデビュー。ちょっとしたおてつだいだけど、まかされたことに気合いが入っちゃう。

 だんだん人が増えてきて、ざわめきも大きくなってきた。

 繁盛するかな、どうかな。なんてドキドキわくわくしていると、宮本くんになにかを言われた。でも、周りがうるさくて、聞きとれなかった。


「なあにー?」


 少し大きな声で返事をすると、宮本くんが顔を近づけてきて、言う。


「今日のカードなんだった?」


 わたしは今日のカードどころじゃない。かっこいい宮本くんがすぐ近くにいて、心臓がバクバクだ。


「あ、えっと、えっと、青いサル! だったよ!」

「今日にぴったりじゃん」

「ね! 私もそう思った! 湊くんは?」


 と言ったところで、間違えて名前を呼んでしまったことに気づく。

 しまった! 宮本くんのお母さんにつられて、名前呼びしちゃった……!


「ごごめん、名前! 間違えた!」

「いいよ、湊でも。宮本くんって、長いだろ」

「じゃ、じゃあ、湊くんって呼ばせてもらうね……」


 名前呼びなんて、おそれ多いくらいだよ〜!

 今までの湊くんだったら、なんでもなかったのに。

 隠されていた宝石を見つけてしまった気分だ。目がチカチカしちゃう。

 湊くんの顔を見れなくて、正面を向いたまま話す。


「おれも結芽って呼んでもいい?」

「い、いいよ……!」


 名前呼びされたー! しかも呼び捨て!

 ほおが赤くなってないか気になってくる。

 顔を近づけて話をすることに、心臓はいそがしく動いているし。ううう、なんて拷問なんだ……!


「おれの今日のカードは、赤いヘビだったよ。成長って意味」

「そ、そうなんだ」


 湊くんは変わらない調子で話しかけてくる。

 恥ずかしがってることに気づいてほしいのと、気づかずにそのままずっとおしゃべりしていてほしいのとが、ぶつかり合っている。


『それではこれより、フェスタを開催いたします』


 放送がかかって、みんなが拍手した。宮本くんも元の位置に離れて拍手をする。

 はあ、やっと距離ができたよー……。

 はなれたことに、ほっとしつつ、少しだけ残念に思いつつ、わたしもみんなを真似して拍手した。

 入ってきたお客さんたちは、あちこちふらふら寄り道しながら、だんだん奥へと進んでくる。

 いろんなお店があるもんね。わかるわかる。

 ハンドメイドのお店とか、わたしもかわいいなーって思いながら通りすぎてきたし。外にはキッチンカーっていう、おしゃれな屋台がきているらしいし。これは全部見て回らなきゃだよ。

 そんなことを考えながら、お客さんたちや他のお店をながめていると、目の前に影ができた。


「占い、三百円でしてもらえるんですか?」


 話しかけてきたのは、若いおじさんだった。


「はい。主に息子がしまして、私がフォローでついておりますので、よろしければどうぞ」


 宮本くんのお母さんが答えた。


「なるほど……」


 おじさんは少し考えてから、占いをやることに決めたようだった。

 お財布を出しながら、テーブル前の席にすわる。


「はい、三百円」

「は、はい! ありがとうございます」


 わたしは立ってお金を受け取って、きちんと三百円あるか数えてから、缶の中にしまった。


「占いは、マヤ暦と言って、自分の生き方をこよみで知るものになります。誕生日を教えてもらってもいいですか?」


 湊くんの占いが始まった。

 湊くんが正式な占いをするのを見るのは、はじめてだ。わたしが最初にやってもらった時には、こんな始まり方じゃなかった。

 湊くんは、おじさんから誕生日を聞くと、ノートに書き込んでから、電卓で計算をする。そして計算結果で出た数字をメモして、あの表を取りだした。

 となりからよく見てみると、九九みたいに、たて軸に二十個の絵があって、横軸は十三まで数字があった。そして、中を一から二百六十までの数字がうめつくしている。

 絵は、カードと同じものが並んでた。

 ーーあれって、これと一緒だったんだ!

 湊くんは、次にカードを取りだして、その中から二枚を机の上に並べて、おじさんに見せた。


「あなたは、赤い月と青い手です。ちょっとガンコなところがありますね。周りからなにを言われても、自分の思うように進んじゃうところ。あと、手を使うお仕事が向いてます。例えば、看護師さんとか、介護士さんとか、ひとをいやすお仕事も向いてますね」

「僕、福祉施設で介護士やってるんですよ! へー、当たるもんなんですねえ」


 おじさんは、ひとつ当てられて感心した様子だった。


「あとガンコなとこ、たしかにあるかもなあ」


 わたしは心の中で拍手をする。すごい、すごいよ湊くん!


「でも、実は仕事でなやんでて、仕事そのものか、仕事先を変えようかなとか思ってるんだけど、それってどう?」

「そうですね……」


 湊くんはノートで計算をしては表を見て、メモをしながら、「星、人、戦士……」とかなんとかつぶやいている。そうして少し経ったあと、顔をあげた。


「どっちにしても、仕事を変えようと思うんだったら、二年後がいいですよ。なにかを変えるにはぴったりの年です」

「ふうん、なるほど」

「あとしっかり水分をとってください。お水を飲んだり、湯船に浸かったり、汗をかいたりすると、循環が良くなるのでおすすめです。もやもやした時とか、物ごとがうまく進まないときとか、特に」


 おじさんはうなずきながら聞いていた。


「ありがとうな、参考にさせてもらうよ」


 おじさんは満足したみたいで、にっかり笑ってそう言った。

 次のお客さんは、大学生くらいのお兄さんだった。

 湊くんはまた誕生日を聞いて、計算をする。


「お兄さんは、青い嵐と白い鏡ですね。料理はお好きですか?」

「えっ、おれ、製菓のせんもん学校通ってるんだけど! すご!」


 せいかってなんだろう?


「お菓子作りの学校ですよね。パティシエを目指していらっしゃるんですか?」


 宮本くんのお母さんがそう言ったので納得した。

 パティシエなら聞いたことがある。


「はい、そうです」

「お兄さんは料理ができるので、もやもやした時とかには料理をするといいです。家族とすごすことが大事なので、料理をふるまったり、リビングとか、一緒の部屋ですごすのもおすすめです」

「ふんふん」

「あとは、ケータイの画面とか、鏡とか、自分のすがたがうつるものをみがくと、運気アップです」

「おれ、今スマホの画面、バキバキなんだよね。これって変えた方がいい感じかな?」

「できたら。悪い運をはね返すパワーがあるので、姿がうつるものはきちんとしておいた方がいいです」

「保護シートだし、買いかえるかなあ。ありがとう!」


 お兄さんも納得して帰っていった。

 そのあとも、ちょこちょこお客さんが来て、その度に湊くんは占いをしていく。

 仕事だったり、性格だったりがピタリと当たるので、わたしは心の中で拍手ばかりしていた。

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