第3話
次の日。朝、学校に来て席にすわる時に、宮本くんの方をちらっと見たけど、全然こっちを見てくれなかった。
あいさつできるかなって、気にしていたのはわたしだけみたい。ちょっとがっかりした。
その日の帰りの会が始まる前、机の中の教科書やノートをランドセルに入れていると、宮本くんがこっそり話しかけてきた。
「堀川さん。これ」
かくすようにしながらわたしてきたものを受けとると、それは昨日見たばかりの巾着の色違いだった。ピンク色の巾着袋は重みがあって、なんでと聞くかわりに宮本くんを見る。
「……昨日のこと、母さんに話したら、母さんが、マヤ暦に興味をもってくれたのがうれしいからって。だからそれ、やるよ」
「で、でも、使い方がわからないよ、わたし。それなのにいいの?」
秘密のやりとりみたいで、ドキドキしながら聞いた。
帰りの会が始まる前は、ちょっとにぎやかだ。だから、わたしたちの会話も、それにまぎれて、他のひとには聞こえていなかった。
「み、宮本くんがやってた計算とか、わからないし」
「うらがえしにしてシャッフルして、毎日、朝に一枚引くといいよ。キーワードが書いてあって、その日のすごし方を教えてもらえるから」
「わ、わかった、やってみるね。ありがとう」
カードを受けとった右手と、胸がほわほわした。
家に帰って、さっそく巾着からカードを出して、机の上に広げてみた。一枚手にとって見ると、全体的に黄色で、「黄色い種」と書いてある。絵は、手のひらに種が乗っているように描かれていた。キーワードは「気づく」。
そうやって一枚一枚見ていると、「白い魔法使い」というカードがあって、ふと、わたしもなんだか魔女になったみたい、なんて思う。カードを使って、ひとのことがわかっちゃうなんて、魔女みたいだなって。
もちろんカードをもらっただけで、占いの勉強をしてないわたしには無理だけど、宮本くんはできるんだろうなあ。
寝る前、明日起きたらカードで占いをするんだと思ったらドキドキして、なかなか寝れなかった。
——ピピピピ、ピピピピ。
「……朝!」
いつもは目覚ましが鳴っても、ふとんでごろごろしちゃうけど、今日はパッと起き上がった。
ベッドをおりて、机の上に置いていたカードの山を手にとる。宮本くんに言われた通りに、何回かシャッフルして、これだと思った一枚を引いた。
名前は「黄色い太陽」で、キーワードは「感謝」と書いてあるカードだった。
「感謝かあ。カードをくれた宮本くんのお母さんに感謝してるし、宮本くんにももっとちゃんとお礼を言ったほうがいいのかな」
ふむふむ。なんて考えて、引いたカードをもとに戻す。
学校に行くと、さっそく宮本くんに話しかけることにした。話す前に、よし、と心の中で気合を入れる。
「お、おはよう、宮本くん」
宮本くんはぺこ、とうなずくように小さく会釈した。
あいさつしてくれた! やった!
ちょっと緊張するけど、頑張って続けて話をする。
「きょ、今日ね、朝、カードをやってみたんだけど、黄色い太陽だったんだ」
「感謝、だな」
「え! よくわかったね! 全部覚えてるの?」
「まあ、だいたいは」
なんてことないように、宮本くんは言った。
「だから、カードをくれてありがとうって、もう一回言っておこうと思って」
「うん。そういう感じでカードの通りにすごすの、いいと思う」
そうやって話してくれる雰囲気は、やわらかい感じがした。
占いが本当に好きなんだろうなあ。
そんな感じで、毎日、今日のカードがなんだったかを報告するようになった。
宮本くんはいやな顔をせずに聞いてくれるので、わたしも毎日話しかけるのが楽しくなった。
あいかわらず前髪は長くて、目がよく見えないけど、口元は笑ってくれているので、宮本くんもきっとつまらないとは思っていないと思う。
そんなある日の朝、引いたカードは「黄色い戦士」で、キーワードは「チャレンジ」だった。
チャレンジかあ。ちょっと難しいカードだなあ。いつもはやってなかったり、できなかったりすることに挑戦してみよう、ってことなんだろうけど……。
引いたカードはポケットに入れて、一日意識するようにしている。そうすると、宮本くんみたいに、凛としていられる気がして。
「今日は、黄色い戦士だったよ」
学校に行って宮本くんに話すと、すぐに答えが返ってくる。
「チャレンジか」
「う、うん。でも、チャレンジってなんか、難しいね」
「たしかにな。でもそんな難しく考えなくてもいいと思う。あいさつできたとか、小さなことでもいいんだ。それに無理してやらなくてもいいし」
「そうなの?」
わたしは、出たカードのようにすごさなくちゃ、と思っていたからびっくりして聞いた。
「うん。このようにすごしなさい、って意味でもあるけど、こんなことがあるかもしれないね、って意味でもあるから。例えば今日のチャレンジは、なにかチャレンジするようなことが起きるかも、って意味でもある」
「なるほど……」
「なにも起きないこともあるしね。そこは自分が気づくかどうか、って母さんが言ってた」
自分が気づくかどうか、かあ。
宮本くんの言うことはたまに深い。まるで先生と話しているような気分になることがある。
「おれも今日チャレンジだったんだ」
「え!」
おそろいだ!
「宮本くんもなにかチャレンジするの?」
「うーん。おれは土曜日にチャレンジすることがあるんだ。イベントに参加しようと思ってさ」
「あ! 前に言ってたやつ!」
「そうそう」
いろんなお店が集まって、そこに宮本くんもお店を出すんだ。すごいなあ。
どんなお店を出して、どんなふうにやるんだろう。どんなイベントなんだろう。
尊敬すると同時に、気になってしかたなくなってきた。
同時に、いいアイディアが頭の中でひらめく。
ーーおてつだいって形で、一緒に行けないかな。
「ね、ねえ!」
わたしは勇気を出して、言ってみることにした。
ダメでもいいから、チャレンジだ、わたし!
「わ、わたしも、その、占いのおてつだいに、行ってもいいかな。すごく見てみたくって」
言ってしまった……!
でも、いいんだ、ダメでもともとのチャレンジだから。
宮本くんは、口をぽかんとさせたあとに、考えこみながら言う。
「うーん……母さんに聞いてみないといけないけど、堀川さんすごく興味があるって言ったら、オッケーもらえると思う」
「ほ、ほんと?」
チャレンジ成功だ!
「今日帰ったら、母さんに聞いてみるよ」
「うん! ありがとう!」
聞くのはすごく緊張したけど、聞いてみてよかった。ナイスチャレンジ、わたし!
次の日、宮本くんの方から話しかけてきてくれた。
「母さんがいいよって。むかえに行くから、家の近くの目立つところ教えてほしいって」
「本当に!? ありがとう!」
「これ、クラスのやつらには内緒な。言ってなかったけど、占いとカードのこともひみつでよろしく」
「う、うん。わかった」
ひみつってなんだかドキドキする。
カードのことも、みんなにバレないようにしなくちゃ。そっとポケットの上から、自分のカードをさわった。
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