三ヶ月と二日目


 あれから、私は恐ろしいことを知った。『死』だ。一切の活動が停止し、身体を動かすことも、考えることもできなくなるらしい。このところ読んでいる本は、主人公やその友達が死んでしまう話ばかりだった。私は本棚を端から順に読んでいるので、意図的に死の本が並んでいるのかもしれない。死についての解釈は、本によってさまざまだ。死ぬとあの世という地域に移動するという本もあれば、そのあの世の存在を否定するものもあった。


 しかしどうであれ、それらの本を読み切ると、私は締め付けられるような感覚に襲われる。そんな時は、試験管の中に閉じこもり、視界間隔を閉じて暗闇の中でじっとすることにしていた。近頃は、襲撃も日に五回起こるようになった。放たれる謎の物体――本によると銃弾と呼ぶらしい――の数も二発から、多いときは五発も撃ってくるようになり、その度に試験管が悲鳴のような音を立てて弾くのだった。


 銃弾は容易に身体を貫通し、死なせてくるものらしい。では、なぜ試験管は命中しても平気なのだろうか。頑丈な素材で作られているのかもしれないが、日に日に過激になっていく襲撃を考えると、いつまでも耐えてくれる保障はない。なにか手を打たなければならない、そう考えていた。死を避けるために。生き続けるために。




 ◆ ◆ ◆

 



 思えば、この試験管がなぜここにあるのかを私は知らなかった。試験管という名前すらも、なにかの図鑑で読んで覚えた名前だ。私は知らないことが多すぎる。なぜここにいるのか。私自身がそもそも何なのか。分からないことだらけだ。そんな時に、悠長に物語を読んでいる時間はないと、私は判断した。読む本を変える必要がある。


 今日、私は初めて本を探す行為を行った。今までは並び順通りに読んでいただけだったので、初めての試みだった。少し開き、ペラペラとめくり、探しているものでなければ閉じる。襲撃が来たら試験管に隠れる。終わったら出て、先ほどまでの工程を繰り返す。新鮮な気分だ。高い位置に置かれている本は、いくら伸びをしても届かなかったので、試験管によじ登り、なんとか届かせた。そうして、本棚にどのような本がどれだけあるのか、おおよそ把握することができたのだった。


 まず、本棚の1割を言語学習用の資料が占めていて、次に動物や植物などといった様々なものを描いた図鑑が2割ほど置いてある。最も多いのはやはり物語で、絵本・小説本を合わせて6割ほど。残る一割は現時点で読んでもよく分からないものばかりだったが……1冊だけ、興味深い本があった。観察記録とだけ表紙に書かれた、簡素な作りの本だ。


 それは他の本とは違って、絵と文章をなにか別の本から張り付けてきたような、そういう作りになっていた。内容を簡潔にまとめるとこうだ。海から現れたそれは、多くの海を引き連れたまま陸に上がったようで、それで地上の海で沈めてしまったのだ。たくさんの者が死んだ。痛ましい事件だったと、そう書かれていた。最終的に、軍隊というものがなんとかしてそれを捕獲して、遂にどこかに閉じ込めることに成功したという。最初は物凄く大きかったが、最後にはとても小さくなったのだとか。そこで本は終わっていた。最後のページには、一本の試験管の絵が描かれていた。


 この、海からやってきたものが私なのだろうか? それとも、この試験管に何らかの繋がりがあるのだろうか? 確証が持てるものではなかったが、それでも私は一つの考えに至った。思うに、この場所は世界の本当の大きさに比べたらうんと小さくて、やはり海は間違いなく存在するのではないか。そこまで行くことができれば、襲撃に遭う必要はなくなるかもしれない。


 そうなるといよいよ、この白い壁をなんとかしなければならない。その時である。世界に赤が訪れた。また、襲撃の時間だ。咄嗟に試験管の中に身を潜める。瞬時にできるようになったのは練習の賜物だろうか。赤い光の線が伸びて、弾が飛んでくるのを覚悟する。そういえば、弾は壁のどこからくるのだろう。線の先を視界で追ってみると、いつの間にかそこには小さな窪みができていて、中から黒くて細長いものが突き出ていた。そうか、あれが弾を放っているのか。呑気に、そう思っていた。次の瞬間。


 ズキリ。身体に痛みが走った。遅れて、パリンという音がした。私は咄嗟に試験管を見た。ちょうど丸の形に穴が開いて、同じように私の身体にも穴が開いていた。銃弾が、遂に試験管を貫通した。いよいよ、ここを出なければ死ぬ。そう感じさせられた。

 


 




 


 


 

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