Magic8.幼かった恋心

第44話

「琴ちゃん先生キレイだったね~!」


「……。」


「いつも白い服来てるじゃん?でも今日の白い服は一段と似合ってた!」


「……。」


「あたりまえか!あれ白衣だもんね、今日のはウエディングドレスだし!」


「…。」


やっば、もう会話が思い付かない。


必死に話し続けたけどもう限界だ。


何話したらいい?

でもここで全然違う話するのもあれだし…


琴ちゃん先生の結婚式が終わった帰り道、いつもはスタスタ行っちゃう小鳩なのに今日はゆっくり私の隣を歩いていた。

まだ気分は高揚してるのに、黙ったままの小鳩を横目に必死に心を落ち着かせて。


変にテンション上げてるのもおかしいよね?

でも結婚式だからいいのかな?


でも小鳩のこと考えたら…


え、どっち!?どうなの!?


「…柳澤さん、どこか寄っていきませんか?」


小鳩の静かな誘いにうんと頷いた。


どこがいいですか?って聞かれて、どこでもいいよって答えたら、じゃあそこのカフェにしましょうって。すぐ目についた道沿いにあったこじんまりしたカフェに入った。


中は数人お客さんがいて、カウンター席やテーブルが数個、一番奥のテーブル席に向き合って座った。

そんな騒がしいわけじゃないけど、口々に話す声が聞こえて、さらに軽快なリズムの音楽が流れてる。おかげでさっきよりはしんっとした空気にならなくて済んだけど。


慣れない格好で小鳩と2人、初めてくるカフェでこう向き合ってるのもなんかこう…


「柳澤さん何か食べますか?」


「えっ、私っ…は飲み物だけにする!」


「いいんですか?甘いものいっぱいありますよ」


見せてくれたメニューには写真付きでおいしそうなスイーツがたくさん載っていた。どれも手作りっぽくてめっちゃそそる。


「…じゃあガトーショコラで。あとミルクティー」


私の前にホイップ付きのガトーショコラが置かれる、甘い香りのミルクティーも隣に。


何か食べないのかって聞いてきた小鳩は飲み物だけで、同じようにミルクティーを頼んでいた。


静かにカップに口を付ける、外が寒かった分体に染みて甘さもより際立った。

ふぅっと温かい息を吐いて、今度はフォークを持ってガトーショコラを食べやすいサイズに切った。でもちょっと大きめに切っちゃった。お腹空いてたんだよね、実は。だからパクッと頬張った。


「おいしい!わ、何これめっちゃおいしいんだけど!めちゃくちゃしっとり!」


口に入れた瞬間ほろほろと溶けて、その興奮ぶりについすぐ喋っちゃった。


「…ごめん」


「なんで謝るんですか?」


「空気読めな過ぎだよね」


「柳澤さんに空気読む気あったんですね」


「それはっ」


小鳩の方…!


って言おうと思ってやめた。

それこそ空気読めな過ぎて、なんとなくそんな気がした。


「小鳩も食べたらいいのに、甘いもの嫌いじゃないんでしょ」


「でも好きでもないですから」


「こんなにおいしいのに」


作る方が好きだもんねって、それも空気読めな過ぎか。


どうしよう、何を話しても小鳩のことを思うと言葉にできない。


「今日はありがとうございました」


ひとくちミルクティーを飲んだ小鳩がカップを置いた。置き方も丁寧で音もしなかった。


「ううん、琴ちゃん先生の晴れ姿が見られて私もよかったよ」


「……。」


「…。」


ゆっくりふたくち目のミルクティーを飲んだ。だから私もマネするみたいにカップを持った。


「…琴乃の旦那さん」


「うん…」


「琴乃がチョコレート渡して告白した相手なんですよね」


「えっ!?そうなの!?」


小鳩はめちゃくちゃ平然としてたけど、私の方はそんな冷静に聞いてられなくてパチパチって2回瞬きしちゃった。声だって周りに聞こえるぐらい大きくなっちゃってあわてて口を押えた。


「え、え、すごくない!?この前言ってた人でしょ!?」



“すごく喜んでくれて、何度も褒めてくれて、勇気出した告白もうまくいっちゃって…”


小鳩が勇気づけたくて作ったチョコレート、魔法のチョコレートの生まれた瞬間のあの…!?



一気に私の中のボルテージが上がって、前のめりになってしまった。


「お付き合いすることになって、そのまま結婚になりました。お互い相性がよかったんでしょうね、もちろん他人同士ですから悩むこともあったみたいですけどそれでも琴乃はっ」


「すごいね!!!」


「はい?」


「えーーーー!めっちゃロマンチック~!だってもう何年前?結構長いよね!?うわ~、キュンキュンする!しかもキッカケはあれでしょ、魔法のチョコレートでしょ!」


高校生に頃の琴ちゃん先生の恋がずっと今も続いて、それが愛として結ばれて、誓うことになったんだもん!


そんなのキュンキュンするに決まってる~!



「やっぱり魔法みたいだよっ」



ふっ、とかすかに笑ったように見えた。

カップの中のミルクティーを見つめて。


「チョコレートは何の意味もないですよ、ただのオマケです」


「そうかな?でも琴ちゃん先生は嬉しかったと思うよ、小鳩がチョコレート作ってくれたこと」


きっと私なら、そう思う。


「勇気出すのって結構怖いんだよね、好きって言うのは簡単なのに全然告いえなくてさ。…でも小鳩が琴ちゃん先生の背中押してあげたんだよ、だから今琴ちゃん先生しあわせいっぱいで笑ってるんだよ」


「そう…ですかね」


「そうだよ、そうだよ!だって今日の琴ちゃん先生すっごいキレイだったもんねー!」


つい気持ちが高まっちゃって、わーっと話してしまった。


そこでハッとして気付いた。


「あ、でも…、あの、小鳩は…あれだったかもしれないけど」


ごにょごにょと濁すように声が小さくなった。


全然濁せてない、これは。



小鳩の琴ちゃん先生への想いは…っ



「前に、僕が倒れた日の事覚えてますか?」


「え、あの…私がしつこく付きまとった申し訳なかった日、だよね?」


魔法のチョコレート欲しさに近付いて小鳩に迷惑かけた日、さすがの私も自分の恥ずかしい行動忘れるわけない。


「あれは反省してる、自分勝手過ぎて本当に申し訳なかったと…!」


「あれは柳澤さんのせいではありませんよ、もちろん笹原さんのせいでもないです」


「…え、じゃあ何?」


すべてミルクティーを飲み干してしまったのか、置いたカップを少し傾けじぃっと見たあとソーサーの上に戻した。


「あの日…、結婚するって聞いたんです」


え…


あの日、そんなことが…


「自分があんなに動揺するとは思いませんでした」


ゆっくり小鳩が話し出す。


決して私と目を合わそうとはしなかったけど、だけどいつも淡々と話す小鳩の声とはどこか違って小鳩の気持ちがそこにはあった。


「もう忘れたと思ってました。あんな何年も前の事、諦めたと思ってました。…でもずっと、やめられなかったんです」


一点を見つめ、たまに瞬きをして。


小鳩の想いが私の中に流れ込んで来るから。


琴ちゃん先生の恋が続いていたように、小鳩の中でもずっと続いてた。



誰にも知られず、気付かれず、ひたすらに想ってきたんだ。



「めんどくさいなって思ってました、自分が。そんなことで動揺して、苛立って、そんなのっ」


まるで自分を否定してるみたいで、小鳩の恋は楽しくなかったのかな。


ずっと苦しかったのかな。


「だって小学生の恋ですよ?相手は10歳も年上の幼馴染ですよ!誰も本気にするわけないじゃないですか、僕だって本気だなんて思って…っ」


声が詰まる、泣きそうな声で。



子供の頃の小鳩はずっと琴ちゃん先生を見てきた。


それがいくつになっても、ただ変わらなかっただけ。



それは何にもおかしなことじゃない。


おかしなことじゃないよ。




大切にしていいんだよ。



小鳩の恋、それでいいんだよ。




涙を流しながら、最後に呟いた。




「好きでした、琴乃のことが」




初めてハッキリ小鳩が想いを口にしたの。

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