第43話
「ねぇ小鳩、私変じゃない?大丈夫?これでいいのかな!?」
「変じゃないです、いつもと変わりません」
「それはそれで問題なんだけど!」
急遽言われたもんだから、何を着ていけばいいのかわからなくて昨日家中探ししちゃった。
去年いとこのお姉ちゃんが結婚しててよかった~!
その時に来たちょっといいワンピースがあって助かった!
慣れないヒールは歩きにくくて思うように前に進まないけど!
「これから式なんだよね?その前に琴ちゃん先生に会えるの?」
「はい、まだもう少し時間があるので」
スタスタと進む小鳩の後ろを転ばないように足元に気を付けながら歩いた。
結婚式場の中、自分のおめかしした姿も慣れないけどスーツ姿の小鳩にも慣れなくて無駄に緊張する。
教会での挙式が行われるちょっと前、少しだけ琴ちゃん先生と会える時間があるらしい。
普通はそんな時間ないと思うんだけど、親族のみなさんと話す時間があってその後…
小鳩と話す時間も作ってくれたみたい。
それを聞いて思ったんだ。
琴ちゃん先生にだって、小鳩は特別な存在だったんだよ。
小鳩だけじゃないよ。
新婦控室と書かれた扉の前、一気に緊張がぶわっと体中に流れた。
なんで私がこんなに緊張してるのかわかんないけど、てゆーか結婚式の雰囲気がまず緊張するし!こんなとこ来たことないもん!
…でも。
小鳩のが緊張してるかな。
いつも言葉数が少ない小鳩だけど、今日はそれ以上に少ない気がする。
「……。」
「…小鳩?」
扉の前、立ったまま少し俯いてじっとドアノブを見つめる小鳩。
左手に持った紙袋には昨日作ったチョコレートが入ってる。
きっとみんなおんなじだよね、一歩踏み出すには誰かに背中を押してもらいたいんだ。
「…!」
トンっと小鳩の背中に触れる。
小鳩が一歩前に進めるように。
私の方を振り向いて目を合わせた。
コクンと頷いて、声が出ないようにパクパクと口を動かした。
がんばって、って。
もう一度扉の方を向いた小鳩が小さく深呼吸をして、コンコンっとドアを叩いた。
琴ちゃん先生の声が聞こえる。
そのままドアノブに手をかけ、ゆっくり扉を開いた。
「あ、小鳩くん!柳澤さんも、来てくれてありがとう」
鏡の前で凛とした立ち姿で振り返った。
純白のドレスに身を纏った琴ちゃん先生。
キレイだった、すごく。
ふわふわと白が舞っているようで、柔らかく笑う琴ちゃん先生によく似合っていた。
「琴ちゃん先生っ、ご結婚おめでとうございます…!」
「ありがとう」
「それで、あのっ、おめでとうございますっ」
一応持ってきていたお祝いのプレゼントを渡した。
お祝いの品って何あげたらいいのかわからなくてペアのタオルを…
めちゃくちゃ地味な発想だったかもしれない、これで合ってるのかな?
もっと気の利いたのがよかったかな…。
「えー、わざわざいいのに。ありがとうね」
ぺこりと頭を下げ、じゃあ私はこれでとその場を離れようとした。
小鳩と琴ちゃん先生、2人の方がいいかなって。
だけど、小鳩が私のスカートの裾を掴んだから。
引き留められたから、立ち止まってしまった。
その場でただ立っていることしかできないまま、なるべく邪魔にならないようにきゅっとなって気を付けをした。
小鳩が琴ちゃん先生の前に立つ。
2人が目を合わせて、向き合って。
それだけでドッドッと私の心臓の音が鳴り始める。
やばい、私の方が緊張してきた。
がんばってって言ったのに、私の方が…
張り詰めたこの空気に飲まれそう…!
「…琴乃…先生」
「琴乃でいいのに」
たどたどしく呼ぶその呼び方が落ち着かない。
「これ…」
手に持っていた紙袋から取り出した。
一生懸命作ったチョコレートを。
「え、これって…」
両手で口を押えた琴ちゃん先生の少し大きくなった瞳が滲んだ。
琴ちゃん先生に渡すために、小鳩が拘って、何度も作り直して、丁寧に仕上げた…
これ以上ないくらい想いのいーーーっぱい詰まったチョコレート。
きっと渾身の作品。
「私に…?」
「他に誰がいるの?」
「あ、そうだよね、そう…だよね」
くすっと笑う小鳩に琴ちゃん先生が恥ずかしそうに微笑んだ。
「キレイね、すごく」
ひとつひとつ手作業で形作って、重ね合わせて、壊れないように包み込み、煌びやかに艶めくピンク色で作ったバラの花束を模したチョコレートは純白を纏った琴ちゃん先生によく似合っていた。
チョコレートで花束を作っちゃうなんて、小鳩はやっぱり魔法が使えるみたい。
「…琴乃せんせっ」
「琴乃でいいのに、昔はそう呼んでた」
「それは…っ」
少しだけ小鳩の声が大きくなった。
「琴乃だろ!先に“小鳩くん”なんて言い出して!」
「だってそれは生徒だもん、そう呼ぶでしょ!」
「じゃあこっちだってそうだろ!勝手なこと言うなよ!」
2人の歴史には2人しか知らないことがあって、私には知り得ないことがたくさんある。
こんな風に男の子みたいに話す小鳩知らなかった。
「ごめん、…そうだよね、私が言い出したんだもんね」
“昔は敬語で話す子でもなかったのに高校入ったら急に話し出して距離感じちゃうし”
そっか、あれは寂しかったんだ。
だから自分で距離置いちゃったんだよね。
「…でも、今日はそんなことを言いに来たんじゃないから」
スッと持っていたチョコレートで作ったバラの花束を琴ちゃん先生の前に差し出した。
「…これがもう最後」
「最後…?」
「琴乃にはもう作らないよ」
あのチョコレートに何を込めたのか、それはやっぱり小鳩にしかわからない。
だけど、そんなの言わなくっても琴ちゃん先生なら。
「もう琴乃には魔法のチョコレートは必要ないでしょ?」
“魔法みたいだね”
何気ない一言が、小鳩にとってどれだけ大きかったか。
その笑顔の意味を知った時、どれだけ悲しんだか。
でも今小鳩は笑ってる。
「結婚おめでとう、琴乃。幸せになってよ」
琴ちゃん先生の潤んだ瞳からぽろっと涙がこぼれた。
「ありがとう…」
一度溢れた涙は次々と瞳から流れ、私の瞳まで伝染したかのように熱くなった。
「
小鳩が笑ってる。
いっぱいいっぱい笑ってる。
嬉しそうで、楽しそうで、子供みたいに。
琴ちゃん先生と一緒にチョコレート作っていた時、そんな顔してたのかな。
私、小鳩の笑ってる時好きだよ。
笑てってよ、私の前でも。
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