第24話

「よっしゃー!完成~!!!」


ひたすら塗り続けること1時間以上、やっと看板が完成した。


頬に絵の具を付けたそらぴょんが両手を上げて喜んでる。


「これどこ持ってけばいいんだっけ?」


「多目的ホールに直接でいいんじゃない?」


「おっけ、じゃあ運ぶか!」


そらぴょんが看板の端っこを持ったから同じように反対側の端っこを持った。


「よく取れたよね、多目的ホール」


「ん?あぁ、倍率高いんだってな!」


模擬店を出せるエリアは決まっていて、その中でも最も集客できる多目的ホールは1番人気の場所。


毎年取り合いが行われてるとかなんとか、とにかくそこで模擬店を出せるってすごいラッキーなことらしい。


それも全部森中部長がやってくれたんだって。


“部長がそうゆう面で動いてくれてるんです”



そう小鳩も言ってた。



LL教室から運び出す、ぶつけないようにゆっくりと。


ここから多目的ホールへはちょっと遠くて、そらぴょんを先頭に後ろから看板を持って歩いた。


「笹原くん、柳澤ちゃーん!看板終わった~??」


前から手を振りながら森中部長が駆けて来た。


それにわかりやすくピタッとそらぴょんの足が止まる。

だから、終わりました~!って私が答えてあげた。


「看板ありがとうね!もう運ぶだけ?私も手伝うよ!」


サッと看板に手をかけ一緒に運んでくれようとした時、森中部長が“あっ”と呟いた。


「小鳩くんの方って行った?まだチョコレート作ってるよね?」


「たぶんそうです、私たちずっと看板作ってたんでどうなってるかわからないですけど」


「そっか、じゃあちょっと小鳩くんの方も確認しなきゃ…なんだけど」


うーんと唸りながら腕を組んだ森中部長が首を傾げる。


チョコレートを作ってる小鳩に、看板を作ってた私たち、だけど1番バタバタしてるのは森中部長で。

出店場所の打合せだったり、食べ物を出す際の最終確認だったり、とにかくいろんなところを回ってさすが部長ずっと忙しいみたいだった。


「看板の大きさチェックもあるし、私も多目的ホール行った方がいいよね…」


自由であり規則があるのが高校だから、その辺も厳しかったりするんだよね。


「笹原くんか柳澤ちゃん、小鳩くん見て来てくれない?」


「おっ」


「私行きます!!!」


左手で看板を落とさないようにバランスを取りながら、ビシッと右手を上げた。

それですぐにそらぴょんにアイコンタクトをした。


“文化祭…、森中先輩と回りたいんだけど”


誘うなら今だ!絶対今がチャンスだから、がんばって!って思いを込めて。


そらぴょんはちょっとだけ戸惑ってたけど。


そんなこと言っちゃったから、それはそれでいいんだけど。


そらぴょんにもがんばってほしいし…


それは別のこととして置いといて。


家庭科室へ行くことになった、小鳩のいる家庭科室へ。


なんだろ、なんか変に緊張するんだけど。

ただ小鳩の作業どんな感じかなって様子見に行くだけなのに、ソワソワする。


心臓がソワソワ…


パンッと両手で両頬を軽く叩いた。


キリッと目に力を入れて、何もないから…


そう心の中で呟いて。


すぅっと息を吸って勢いよく家庭科室のドアを開けた。


「こーばとっ」


その瞬間、ふわっとチョコレートの香りに包まれた。もうおいしそうな予感しかしない。


「チョコレート作りどう?終わりそう?」


ちょこんっと隣に並ぶと調理実習台には煌びやかなチョコレートたちが一面に並んでいた。


すごっ 

文化祭とは思えないクオリティー…!


「チョコレートは出来ました。あとはラッピングをすれば完成です」


「最初はアルミカップで作ってたのに、全然違うのになってるじゃん…」


りんごやパイナップル、いちごにぶどう、果物の形をしたチョコレートたちが一列に並び、ツヤツヤと光りを放ってる。

アルミカップにチョコレートを流してた頃とは全然異なる仕上がりになっていた。


「時間が出来ましたからね、みなさんが他の作業してくださったおかげです」


…小鳩はそんな言い方もするんだ。


してくださった、なんて大人みたい。


そこには敬意が払われてるように感じて、ただ邪魔だと思われてたあの頃とは言い方もまるで違う。


それは私にじゃなくて、そらぴょんにも、そして…



森中部長にも。



「ラッピング、手伝ってもらえませんか?」


「うん、任せて!それぐらいならできるよ!」


小鳩の正面に回り向き合うように調理実習台を囲んで、森中部長が用意してくれた可愛らしい小さな箱に手を伸ばした。


これにチョコレートを詰めていくんだよね。


4つに別れた小部屋に、りんご、パイナップル、いちご、ぶどうの形をしたチョコレートを1つずつ入れ蓋をしてパステルカラーのリボンをかけたら出来上がり!


「これ全部で何箱あるの?」


「50箱ですね、それぞれ50個ずつ作ったので」


「ご、50箱…!?」


そんなに1人でチョコレートを作った小鳩はすごい。


でもそんなことより50箱ってことは50人しか買えないってことじゃん!

絶対争奪戦だよ、朝イチ来ないと買えないじゃん!!


よりによって基本仕事がないクラスの模擬店当番が朝ちょっと入ってる…!


「すぐ売れちゃうんだろうね、魔法のチョコレート…」


ぐすんっとしょんぼりしちゃう、やっと手に入ると思ったのに。


「……。」


「あ、わかってるよ!何の効果もないチョコレートをどんだけ欲しがるんだって!」


「…まだ何も言ってません」


オージ先輩に告白したいから。

勇気が欲しいから。

背中を少しでも押してもらえたら。



そんな思いで欲しかった、魔法のチョコレートが。



「でもこんなに可愛かったらそんなの関係なく欲しいよね」


小鳩が一生懸命作ったチョコレート、欲しくないわけない。


チョコレートを作るのが大好きな小鳩が作ったんだ。


どれだけ気持ちが込められてるかもう十分知っている。


「柳澤さん」


「ん?」


「先日、お菓子の作り方を教えたら何でも聞いてくれるって言いましたよね?」


「うん、言った!何か私に聞いてほしいことあった?」


50個も箱に詰めるのは思ったより大変で、きっと秒で売れちゃうのに裏の苦労は伝わらないんだろうなとか考えていた。

でも小鳩はそんな作業もきっと好きなんだろうなって思いながら。


「お願いがあります」


「いいよ!何でも聞くよ!」


手を止めて箱を置いた小鳩が調理実習台の引き出しから別の箱を取り出した。


シックなデザインに赤色のリボンがかけられた今用意してるものとは比べものにならないほど、想いに明らかな重さがあった。そんな風に感じるパッケージをしていた。


「これ、もらってもらえませんか?」


もらってほしい…?


それはどうゆう… 


差し出されたその箱に手を伸ばした。

それがどんなものか気になって、だけどどこか心に引っかかるような小鳩の表情に触れたところで手が止まる。


「これ、私に?」


「…そうです」


パッと手が離され、そのままチョコレートは私の元へ来てしまった。ふいっと視線まで逸らされて。


「嘘!小鳩が私にために作ってくれるわけないもん!」


逸らされた視線に後ろめたさを感じて、すぐにチョコレート詰めの作業に戻った小鳩は何事もなかったかのように黙々と手を動かし始めたのがもっと疑わしく思えて。


「…私に聞いてほしいお願いなんだよね?これどうしたらいいの?」


「もらってくれたらいいです」


「でもこれ…っ」


中身は見ていない。

でもわかる、これは小鳩が想いを込めて作ったチョコレートだ。


私がそれだけ小鳩がチョコレートを作ってるところを見て来たと思ってるの、こんなに丁寧にラッピングされてるのに意味がないわけないよ。


「…本当は誰にあげるつもりだったの?」


「…あげる人なんていませんよ」


じゃあなんでそんな心細そうな声で言うの?小鳩らしくないじゃん。


きゅっと箱を持つ手に力が入る。



“小鳩は好きな人いないの?”


“そんなめんどくさい人いません”



なんで、めんどくさいって思ったの?



好きって不思議なの、楽しくなったり不安になったりちょっとしたことで一喜一憂して…



めんどくさいんだよ。


めんどくさいの、好きだから…



でもそれってそんな人がいないと思わないよね。


そうんな風に思ってるってことだよね。



本当は…



小鳩、好きな人がいるんだよね?



想いのいっぱい詰まったチョコレート、誰にあげようと思ったの?


誰に食べてほしいって思ったの?



“誰かのために作るのは嫌いなんで”


そう言ってたのに。誰のことを想って…



「ねぇ、小鳩って森なっ」


「チョコレート止めようと思うんです」


「………え?」


私の声を遮るように、いつもより大きな声で小鳩が言った。


驚く私と目を合わせて、瞬きもせずに私の瞳を捉えるように。


「もう作りません、今後一切。これが最後のチョコレートです」

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