Magic2.オージ先輩
第20話
文化祭の準備が始まる。
チョコレート研究会は小鳩が作るチョコレートとみんなで作るクッキーを売り出すことになった。とは言ってもクッキーも小鳩が下準備をしてくれて、用意してくれた生地を繰り抜いたり飾ったりして焼くことが私たちの仕事。
そんなわけで今日は試しに焼いてみる!
「そらぴょん、それ何の形?」
「カエル」
「それクマだよ!目ぇ付けるとこ違う!」
私たちの賑やかな活動の隣で小鳩は真剣な顔で刻んだチョコレートを生クリームと混ぜている。しなやかな手つきでゆっくりかき混ぜながら湯煎をし、入念にチョコレートを確かめてる。
わかりにくいけどいつになく気合いを感じた。
「定番なのは市松模様かな、シンプルだし可愛いよね。でも映えるかって言ったら…普通だよねぇ」
森中部長はクッキーの模様をあーでもないこーでもないって考えてるみたいで、私たちに意見を求めながらラッピング方法やら、リボンの色やら、小鳩がパティシエなら森中部長は経営者って感じの…本当に小鳩が言っていた通りだ。
「チョコレートはやっぱり箱がいいよね!ちょっとお値段しちゃうけどその方が絶対欲しくなるよね、小鳩くんのチョコレートだし!」
信頼、してるんだなって思った。
あと今日もそらぴょんは大人しかった。私としか目を合わさない不自然さをそろそろ教えてあげた方がいいかな、森中部長めっちゃそらぴょんはのことも見てるのに。チョコレートに合うリボンの色聞いてるのに。
****
「こーばとっ、お疲れ様!」
「…元気ですね、何かありました?」
「それはこっちのセリフだよ!」
一通り作業が終わってちょっとだけ休憩を。
焼き上がるのを待つクッキー部隊と固まるのを待つチョコレート部隊、どっちもいい匂いが立ち込めて気分が上がる。
「小鳩ってさ、本当に作るのは好きだよね!」
イキイキとした表情はチョコレートを見つめている時にだけ見られる表情で、今日はいつになく楽しそうに見えた。
顔に楽しい!って書いてあった、あれは。
「…別に、そんなこともないですけど」
「あるよー!超ある!」
使い終わったボウルやヘラを流し台で洗う小鳩の隣で何か手伝おうかと手を出してみたけど、逆に邪魔しちゃいそうで何もできなかった。出した手を何もなかったようにすーっと下すぐらいしか。
「ねぇ、作ってる時って何考えてるの?」
「何も考えてないです」
「食べてくれる人のこと考えたりするの?」
「考えませんよ」
キュッと蛇口のひねったから、ジャージャーと出続けていた水が止まった。
「誰かのために作るのは嫌いなんで」
シンクに響く淡々とした声、どこか冷たく物寂しげに跳ね返って来る。その真意はわからないけど。
「可愛げないな!」
「いりませんよ、可愛げなんて」
フンッと鼻を鳴らして、ちっとも可愛くないんだから。
もう少し人に優しくっていうか、媚びる姿勢覚えたらチョコレートだって嬉しいと思うよ??
「それで喜ぶ人もいるのに」
「勝手に押し付けないでください、それは柳澤さんの意見ですよね」
そうだけど、そうなんだけど。
食べてくれる人がいるから、作ることに意味があるんじゃないのかな。
誰も必要としなかったらそれこそチョコレートが可哀想だし、小鳩だって悲しくない?
じゃあなんで小鳩はチョコレートを作ってるの?
どうしてチョコレートを作るのが好きなの?
私だったらやっぱり誰かのためって思っちゃうけどな。
お菓子何一つ作れないけど。
でもその方がおいしく作れる気がするんだよね…
そんなこと思わなくても小鳩の作るお菓子はおいしいけどさ。
****
今日はいい天気、窓の外の景色は晴れ晴れとしてたまに入って来る風はすっかり秋の気候だね。
これから数学の授業かぁーなんて思いながら、頬杖えを付きながら自分の席に座ってぼぉーっと一点を見つめていた。
やばい、気持ちよくて寝そう。
「詩乃ちゃんいる~??」
だけど突然聞こえて来た声にハッとする、眠気なんか一気に吹き飛んで落ちかけて来たまぶたがギュンッと上がった。
その勢いのまま声のした方向に振り返る。
「あ、詩乃ちゃん!」
私を見付けてヒラヒラと手を振るその人は…
「オージ先輩っ!?」
ひ、ひっくり返るかと思った~!
声だってもうどっから出たかわからない高い声だったし、勢いよく立ち上がったからガタガタって二度鳴った音にイスだってびっくりしてた。
そう思ったのは私だけじゃない、誰からも好かれるオージ先輩が1年の教室にやって来たんだザワつかないわけがない。
ちゅ、注目の的だぁぁぁっ!
そんなのお構いなしにこっちこっちと呼ぶオージ先輩の元へ、ササッと髪の毛を整えてオージ先輩の前に立った。
やばい、目の前にオージ先輩がいる。
心臓の音がどんどん大きくなって、聞こえちゃうかもしれない…!
みんな私のこと見てるしっ
「ちょっと詩乃ちゃんにお願いがあって来たんだけど」
「お願い、ですか…?」
私にお願い…?そんなことある??
両手を合わせてコテンと首をかしげる姿さえもカッコよくて、まだ何も聞いてないのにぜひ叶えて差し上げたいと思った。
「詩乃ちゃんってチョコ研なんだよね?」
「はい、そうですけど」
「じゃあお菓子作りに詳しいよね!」
その言葉には若干引っかかって顔が引きつりそうになる。
詳しくはない、食べることが好きなだけど詳しくは…
「文化祭でカフェやるとこになったから、俺にお菓子の作り方教えてくれない?」
………。
え、お菓子作り教えてくれない?
お…オージ先輩に??
えっ、えーーーーーーーーっ!?
****
まぁまさか、二度目のあれをする日が来るとは自分でも思ってなかったよ。
でも1回やっちゃってるからね、2回目はなんの躊躇もなくスムーズにキレイな仕上がりだったと思うの。
「小鳩様、わたくしにお菓子の作り方を教えて頂けないでしょうか…!!!」
部活が始まる前の家庭科室、どこから見ても美しいわたくし柳澤詩乃の華麗なる土下座ととくとご覧あれ。
「…プライドないんですか」
そんな軽蔑の目で見られてもなんとも思わない。
「ねぇお願い!オージ先輩に頼まれたの、そんなの断れるわけないじゃん!食い気味でOKしちゃうに決まってるじゃん!」
泣きついて小鳩にしがみつく、小鳩しかいなんだもん!頼れるのは小鳩だけだよ…!
「浅はかすぎます」
速攻でペッと捨てられるように剥がされたけど。
「小鳩ぉ~っ!」
眉間にしわを寄せて蔑んだ目で見られてるのはわかってた、でも私も引き下がるわけにはいかなくて。
これはチャンスなんだ、私の人生最大のチャンスここに来きたる!
オージ先輩とお近付きになれるチャンスが今ここに…!
「なんでも小鳩のお願い聞くからっ!」
パンッと手を合わせ、力を込めて訴える。もうプライドなんてとうの昔に捨てた、何だってやる勢いなんだら。
「…なんでも」
あの小鳩が食い付いた。
私のことなんか無視で部活の準備を始めていた手が止まった。だからすかさず飛び込んだ。
「なんでも!なんでもします、させてください!!」
もうあとは押すだけ、振り切って。
小鳩が首を縦に振るまで諦めない…!
****
「へぇ、柳澤さん好きな人がいたのね」
「内緒だよ、内緒!琴ちゃん先生だから教えるんだからね♡」
私の熱烈な土下座が小鳩の心を動かしたのかお菓子作りを教えてもらえることになった。
簡単なのにおいしくてお菓子作りが得意っぽく見えるようなレシピを、そんなのないですってあしらわれたけど一応お願いしといた。
「それでその人ためにお菓子作ってるのね」
「へへ~っ、全然上手くできないんだけどね」
まだオージ先輩には伝えてない、小鳩に教えてもらったら言おうと思って。今そのお勉強中、完璧にマスターできるまで。
「そうねぇ、火傷してるようじゃあまだまだね」
「痛っ」
琴ちゃん先生が保冷剤をくるんだタオルを左人差し指に当てた。
「水ぶくれになってるじゃない、気を付けなよ」
「だって~…っ、お菓子作るとかしたことないんだもんっ」
「柳澤さんチョコ研なんでしょ?作るでしょ、チョコレート」
それは、確かに。めちゃくちゃ作ってる。
ただ作ってるのはほぼ小鳩。
てゆーか不純な動機でチョコ研に入ったんだ、そりゃ火傷だってするのも当然かも。
さっそく家庭科室から保健室に来てる私なんだよ?
チョコ研としてのプライドもないよね。
琴ちゃん先生から保冷剤を受け取り、自分でも火傷の跡を確認した。これ残ったりするのかな…
「これぐらいならきっと大丈夫、すぐに手当てすれば問題ないよ」
白衣を腕まくりした琴ちゃん先生がにこっと笑った。
「いいねぇ、青春ぽくて!好きな人のためにがんばるっていいと思うよ!」
くるくると回る丸イスに座る私の前で、デスクの上にあるパソコンを叩き出した。きっと私のあれこれ書いて提出しなきゃいけないんだと思う、保健の先生も大変だよね。
「ねぇねぇ、琴ちゃん先生!」
大変だよねって言いながら、邪魔するのはよくないんだけどさっきの笑った顔を見たら聞きたくなった。
「先生って彼氏いるの?」
答えはなんとなくわかっていたけど。
「うん、いるよ」
「わー、やっぱり!」
しあわせな人の顔ってわかっちゃうよね。
「もうすぐ結婚するの」
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