第21話

これは夢なのかな?


こっそり影を追っていた時からしたら全ッ然考えられない。


今だってこれが現実かも半信半疑だし、心臓がドキドキしてちゃんと話せてるかも不安でしょうがない。



でもせめて元気よく!


それぐらいしかできることがないから。



「チョコレートは細かく刻んでおいた方がいいです!湯煎しやすくなるので!」


「なるほど、湯煎しやすくなるんだ!湯煎ね、湯煎か…で、湯煎って何?」


「すみませんっ、そうですよね!?情報が足りなかったですよね!?湯煎はですね…っ」


オージ先輩と2人きり、そんな状況夢にも見たことないんだもん。



もう絶対夢じゃないこれは???



小鳩に教えてもらったレシピを完全暗記し、幾度と重ねたシミュレーションをもとに、オージ先輩にお菓子作りを教えてる。


いつものこの家庭科室で。


今日はチョコ研が休みだっていうから家庭科室貸してもらったけど、めっちゃ緊張する!慣れた場所ならまだ平気かと思ったけど全然関係ない、ずっとドキドキ言いっぱなしだもん!


「おっ、溶けてきた~!」


隣でオージ先輩が湯煎してるんだもん…!


あんなに小鳩の湯煎は見て来たけど全然違う光景だなぁ、湯煎ってこんな胸が高鳴るイベントだったっけ?


湯気が立ち込めればたちこめるほどドキドキするんだけど。



オージ先輩の手、キレイだな…


白くて女の子みたいだ。



小鳩はもっと指が長くて結構ガッチリしてるもんね。


だからなのかな、すること早いし。

でもしなやかで丁寧…



いやいやいや!途中から小鳩になってる!


何小鳩のこと思い出してるの!?


どう考えてもここは湯煎するオージ先輩をじっと目に焼き付けておくべきとこでしょ!



「詩乃ちゃん、次何したらいいの?」


「は、はい!次はですね!」


飽きるほど復唱した次の工程を練習通り述べる。


「薄力粉をふるいにかけます!それを混ぜ合わせればクッキーの生地の出来上がりです!」


教えてもらったのは焼きチョコクッキー。さくっりなめらかなチョコレートのクッキーで、作り方も簡単だったから。


「薄力粉ってふるいに入れたら直接チョコん中投入しちゃっていいの?」


「いいと思います!それでヘラを使って混ぜ合わせれば…」


オージ先輩が目の前にあったゴムベラを手にした。

右手にはゴムベラ、左手には薄力粉の入ったふるい…

お菓子作り超初心者には一気に両方を使いこなせるはずなくて。


チラッと私の方を見た。


ドキッと心臓が音を出す。目が合っただけなのに。


「詩乃ちゃんどっちがい?」


口角が上がる、オージ先輩の。


きゅーって締め付けられる。


だって“どっちがい?”って私に選択肢がないんだもん、私と一緒にやる選択肢しかないんだもん。


あぁ、心臓がうるさい。


「ふ、ふるいやりますっ!」


なんでふるいを選んだかと言えば、オージ先輩がふるいを担当した時そこからふわふわと落ちてくる粉が自分の手にかかるかもしれないって考えたら緊張で上手くチョコレートが混ぜられないと思ったから。


つまりは消去法でふるいを選んだ。だけどっ


「うわー、すげぇ!粉ふっわふわじゃん!」


オージ先輩の手の上に薄力粉をかけないようにって思う方も緊張する!


あぁ、近付かなきゃこぼしちゃうし緊張する!! 


ぐーっとできるだけ手を伸ばして、優しくふるいを振った。


「ねぇ詩乃ちゃん遠くない?そんな遠くてやりにくくないの?」


「全然大丈夫です!むしろこのぐらいのがっ」


その瞬間、グイッと腕を引っ張られた。



え…



なんて思う間もなく、トンっとオージ先輩に寄り添うように体が触れた。



静かに優しく…その瞬間ぶわっと頬が熱くなる。



「この方がやりやすいでしょ」


オージ先輩の声が近くて。


でもそれ以上に熱くて、こんなに近くでオージ先輩の体温感じるなんてないから。



顔が見れない。


自分の手しか見れない。


ドキドキの震えが薄力粉を落としてるみたい。



私の気持ちが落ちていく、オージ先輩の手の上に。



「これで生地は完成なので、冷蔵庫で30分休めてあとは焼けば完成です!」


まとまった生地をラップに乗せて、切った時だいたい直径3センチぐらいの円になるように棒状に伸ばして冷やせばいいんだよね。


「あ、それとこの間にオーブンを予熱しておきます!」


うん、大丈夫!ここまでは完璧!教えてもらった通り!



…さぁ問題はここから。



生地を休める時間、30分。


オージ先輩と2人。



…ずっと2人だったけど!



でもクッキー作ってたから、なんとなく会話あったし、手持無沙汰になるなんてこともなかったし、でもこれから30分…



何話したらいいの?????



「詩乃ちゃんはやっぱチョコレートが1番好きなの?」


イスに座ったオージ先輩が調理実習台に頬杖をつきながら上目遣いで私を見てる。隣のイスをトントンッとして私に座るように促した。


「…好き、です」


チョコレートが、って言っただけなのになんだか緊張して。


「おっし、じゃあ戦争する?」


「え!?」


「きのこたけのこ戦争!未だ全人類が沸々と燃える闘志を胸に抱いているあの戦い…!」


「そうなんですか!?」


にこっと笑って、オージ先輩が首を傾けた。

隣に座るのは緊張して、でも嬉しくて無駄に顔がニヤニヤしちゃって。


「詩乃ちゃんはどっち派?」


「私は、たけのこ派です」


「えっ、マジで!?うわーっ、そっち派―!?マジかぁーっ、俺もたけのこ派なんだけど!」


「今のリアクションはキノコでしたよね!?」


パーに広げた手を口に当て、大袈裟に驚いた仕草を見せる。


「じゃあ戦争にならないね、世界平和を願おう。折り鶴でも折るか。あ、俺折れないんだった!」


オージ先輩って明るくて、カッコよくて、背も高くて、ついでにおもしろい。


そんな風に思ってたけど、話してみると優しくて今だって私が緊張してるのに気付いて話してくれたのかなって思っちゃう。


身振り手振りにこにこしながら、だから私も一緒になって笑ってしまった。

くすくすと、でも恥ずかしくて両手で口を隠しちゃった。


「あれ、詩乃ちゃん指どうしたの?」


「あ…っ」


しまった、ずっとバレないようにしてたのに。

気付かれないように左手の人差し指を隠しながらクッキーを作っていたのに見られちゃった。


もう絆創膏はしてなかったけど、ちょっとだけ跡になっちゃってた小鳩と練習した時に出来た火傷の傷…


「えっと、これは…」


あぁーーー…

気付かれたくなかった!


お菓子作りが得意な女子を演じたかったのに、実は練習してた上にベタに火傷してるとか!ずっと見られないようにしてたのに!!


「…!」


そっとオージ先輩が指に触れた。


その瞬間、血液が一気に流れ出したみたいに指先から熱がぶわっと広がった。


「もしかしてすっげぇ準備してくれた?」


「…っ」


じーっと私の目を見てる。


やばい、持たない。心臓が持たない。


ダラダラと変な汗流れて来ちゃう。


「そ、そんなことっ」


「そう?詩乃ちゃん一生懸命教えてくれたけど、めちゃくちゃ先生みたいだったから」


めっちゃ見透かされてるじゃん。

工程覚えるのに必死ですごい作業的だったの伝わってるじゃん。


恥ずかしい!!!


「詩乃ちゃん、実はお菓子作るの苦手だったりしない?」


「え…っ」


「あ、やっぱり?」


全面的に表情に出てしまう私の顔を今すごく殴りたい。


小鳩と違って慣れない手つきでわかっちゃったんだろうけど、演じてた自分込みですっごい恥ずかしい。


うわぁー…逃げたい…っ


「詩乃ちゃんめっちゃ可愛いじゃん~!」


できることならバレたくないって思ってたんだけどなぁ、そんな顔されたら。


「マジ先生かと思ったし!」


…ケラケラと笑ってる。何も言わなくても全部バレてしまった。


もう最悪~!!!

もっと自然な振る舞いもシミュレーションしてくるんだった!


「笑いすぎですっ」


てゆーか可愛いのはオージ先輩の方ですよ、そんな楽しそうな顔で笑わないでくださいっ 


だって私は恥かいただけで何も可愛くなんか…っ


きゅっと私の人差し指を握った。


「ありがと、俺のためにがんばってくれたんだよね」


もう全然痛くないはずの薬指がジンジンと脈を打つ。


オージ先輩の指が私の指に触れてるだけなのに。



胸がいっぱいになる。


甘くて溶けてしまいそうだよ、チョコレートと一緒に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る