第2話 不完全な美

 程なくして、黄金の林檎は社会問題になった。イデア近似値が200を越えた人間から、次々に身体が硬直していく現象は、世界中で散見された。


「美とは全てを兼ね備えた完全な概念とされる」


 かつての画家仲間、リュディアナはそう告げた。久々に会い、一頻り愚痴を言い合った後だった。


「しかし、そこには不完全さが欠けてしまう。よって、真に完全な美など、存在しないのだよ」


「プラトンが『饗宴』で論じた話だな」


「さすがエリオス。ギリシアオタクなだけある」


 リュディアナは茶化すが、発言内容は的を射ている。


 美の到達点に達した人間には、不完全さが欠ける。屁理屈のようだが真実だ。


 そもそも、『完璧に美しい』人間になど、俺は感動しない。


 絶妙な調和の中に、スパイスのように隠された綻び。古今東西の絵画、彫刻、音楽などは、それこそが魅力だ。


「数値化可能な美の基準を達成するなど、誰にでもできる」


「誰にでもできるから、私たち芸術家は要らなくなったんだろうね」


 リュディアナは、整った顔を綻ばせ笑った。こいつも、社会的地位を失わないよう、イデア近似値を190~195までの間にキープしている。なんだかんだ、社会に迎合するしかないのだ。


「黄金の林檎は警鐘かもしれない。完全な美に価値などないことを、人類に知らせるためのね」


「神話のアイテムが現実に顕現するなんて、不気味だけどな」


 そんな取り留めのない話をし、俺はリュディアナのかつてのアトリエを出た。


 警鐘を鳴らしてくれる存在がいるだけ、今の人類はまだマシなのかもしれない。

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ヘスペリスの果て 川崎俊介 @viceminister

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