事件簿1 鉄面宮の慕情 慕情1-⑶


 流介は地方新聞の記者であり、奇譚小話の記事を書くのが目下の仕事なのである。


 流介が暮らしている港町、匣館は古くから貿易の要所として栄えている街で、その歴史は鎌倉時代にまでさかのぼる。流介が働いている匣館新聞社が読物に力を入れているのも、新しい鳴事の気風を取り入れつつ読者を増やそうという考えからだった。


                ※


 倉庫を店舗の形に改装したと思われる洋品店は、間口は狭いものの近辺には見当たらない洒落た造りの建物だった。


「はじめまして『荒海洋品店』店長の、荒海修士あらうみしゅうじと申します」


 侍の凛々しさと船乗りの精悍さを兼ね備えた主は、いきなり訪ねて来た流介を訝しむでもなく朗らかに出迎えた。


「はじめまして『匣館新聞』の飛田と申します」


 流介が自己紹介すると、若き主は「新聞記者?」と不思議そうに小首を傾げた。


 荒海の表情に変化が現れたのは、流介の話に大十間と小梢の名前が出た時だった。


「なるほど、大十間さんからうちの話を聞いたのですね」


 ひと通りいきさつを聞き終えた荒海は、懐かしむように目を細めた。


「大十間さんは、かつて私が伝馬船を繰っていた時の大先輩です。実は今でも大十間さんが船乗りに戻ったら『三銃丸』の操縦士になろうと思っているのですよ」


「お店は、どうされるのですか?」


「商店の主は他の人でもできますが、船の操縦士はなかなかはいません。すっぱりと他の人に譲るでしょうね」


「なるほど。ところで傘羽さんの娘さん……小梢さんは今、どこに?」


「奥の工房で反物――と言っても外国から輸入した布地ですが――を、和服に仕立てています」


「そんなことをされているんですね。てっきり店先で売り子をしている物とばかり……」


「これは彼女の発案なのですが、私は素晴らしい感性だと思っています。まだ試作の段階ではありますが、完成すればきっと売れるに違いありません」


「忙しいようですが、お会いしても大丈夫でしょうか」


「もちろんです。……さ、どうぞこちらへ」


 荒海はそう言うと、流介を帳場の奥にある工房へと誘った。


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