事件簿1 鉄面宮の慕情 慕情1-⑵


「傘羽さんによると、小梢さんは先月から厳島神社の社務所を出てお父さんの流山氏と暮らし始めたそうです」


 客のまばらな『五灯軒』の奥の席で、パンとポトフを前に巌は語り始めた。


「一緒に暮らし始めたことでお父さんに苦労がかかってはいけないと、小梢さんは働き口を探し始めたのですがその時、たまたま私の知人が店で働く若者を探し始めていたのです」


「大十間さんの知人というと、貿易関係ですか」


「まあ、遠くはないかもしれません。私の弟分にあたる男で船乗りだったのですが、半年ほど前から陸で商いを始めたのです」


「輸入品か何かを扱う店ですか?」


 元船乗りなら、外国人との付き合いも少なくないだろう。流介は天馬の顔を思い浮かべながら尋ねた。


「そうです。この街で暮らす外国人のために服を売る、洋品店を始めたのです」


「すると外国語ができないといけないわけですね」


「いえ、そんなことはないようです。……とはいえ主である荒海君は英語を話せますし、小梢さんも多少話せるとのことです」


「なるほど、うってつけですね」


「私もそう思って紹介しました。それで先月から『荒海洋品店あらうみようひんてん』で働くことになったのですが……」


「何か問題でも?」


「実は小梢さんの前に働いていた女性の身に最近、不穏なことがありまして」


「小梢さんの前に?」


「はい。開店当時からいる娘で本願寺別院近くの仕立て屋に移ったのですが、十日ほど前に突然、住み込みで働いていた店から姿を消したのです」


「姿を消した……」


「その消え方というのが異様で……怪しい風体の人物が吹く笛に誘われ、ふらふら出て行ったのだそうです」


「笛を吹く人物ですって?」


「その人物は娘にこう言ったそうです。「踊り子を探している。『十希待座ときまちざ』に来てほしい」と」


「十希待座? ……というと芝居小屋か何かですか。あまり聞いたことが無いのですが」


「実は私も聞いたことがありません。ほうぼうで聞いてみたのですが、誰も知らないようです」


「そして実はつい数日前、小梢さんが『荒海洋品店』の近くでその『笛を吹く人物』らしき人影を見たというのです」


「……ということは、次の踊り子として小梢さんが狙われていると?」


「その可能性もあるということです。小梢さんによると、人物の吹く笛の音は雅楽で用いられる「しょう」に似ていたとのことです」


「そう言えば、小梢さんは神楽の踊り手でしたね」


 流介は記憶を辿りながら、言葉を挟んだ。


「はい。ですから人物は小梢さんが神楽の名手であることを知っていて、目をつけたのではないかと思うのです」


「なるほど、それではおちおち店先にも出られませんね」


「そうなのです。私も気になるところですが、できれば飛田さんや天馬君にも知恵を借りられたらと思っている所なのです」


「ううむ、天馬君はともかく、僕には妙案を期待しない方がいいかもしれませんよ」


 流介は巌の話から漂う不穏な気配に身を固くしつつ、天馬の顔を思い浮かべた。

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