ぼくはロボット

コインが胸から差し込まれたので

意気揚々と躍り出た

ぼくにコインを入れた貴婦人は

まだ関心があるようで、ぼくを見ている

見限られる前に、いいところを見せないといけない


ぎーこぎーこときしむ体に鞭打って

等身大以上の己を演出する

皆が求めるものが虚像なら、

それにそぐうように振る舞えばいいのだ


貴婦人が目を伏せる

それだけで、その小さなしぐさひとつで、

ぼくの心臓はきりきりと締め付けられる

踊る手足が徐々におお振りになっていく


珍妙で頓痴気で滑稽だ

ただ、踊っているぼくはそのことには気づけない

ヒートした思考回路は、体を動かすのに精いっぱいだ


ぼくがそのことに気づくのは、

貴婦人が去ってしばらく経った後だ

誰もいない静かな路地裏で、

迷い込んだ乾いた風にほほを撫でられて初めて

己の醜態を知るのだ、あぁ嘆かわしい


また失敗した

ぼくの評判は市中を駆け巡って

また退屈な日々が始まってしまった

退屈なのがいちばんきらいだ

ずっと動いていたい、忙しくしていたい

身体がどれだけ悲鳴をあげていようとも

脳が休息を求めていようとも、

シュークリームひとつで十分だ

動け、働け、ただ動くものにだけ

必要とされる意味があるのだ


動けることは幸福だ

やるべきことがあるのは

役割を与えられていることと同義だ

必要とされていると言い換えてもいい


ただ自分の思索に向き合うだけの時間は

自分に必要とされている証拠であるようにみえて

あくまで優雅で高貴な人であるべきものの嗜みに思われて

結局は自分自身の無能を証明する工程にすぎない


貴婦人は二度とこないだろう

ぼくに期待を込めて、コインを差し込むことは二度とないはずだ

わかりきった評価を受けて、

侮蔑の目を受けて、また期待できるほど愚かではない


偶然の出会いに期待するほかない

運命のいたずらが良き方向に作用しますように

通りの明かりはどうにもまぶしい


居場所に思えるこの場所も、

高い家賃を払って居座っているだけなのだ

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