如雨露
少年は、如雨露をもって練り歩く
向かいから帰路につく小学生の群れがきて
途端に少年は息をひそめる
誰にも見つからないように
誰にも見られることがないように
電柱に姿を隠して、可能な限り縮こまる
群れが過ぎ去るのを待って
彼らが引き返すことができないくらい遠のいて
ようやく少年は陰から歩み出る
如雨露に入れておいたはずの水は枯れて
また公園に汲みに行かねばならなくなった
蛇口をひねるためには、お小遣いの100円玉を
脇に避けてある金属の箱に入れる必要がある
蛇口をひねると、ひたひたと水があふれ出る
入り口の小さな如雨露へ水を入れるのは大変だ
100円玉を入れるまでは、
決して、決して蛇口は動くことはない
少年もそれをよく理解していて、
なけなしのお小遣いを放り込む
水を得るためには必要な手続き
無償の愛なんて存在しないが
有償の愛ならば存在するようだ
如雨露の底に水がたまったので
また少年は練り歩く
時折り折れた草葉を見つけ
なけなしの水を注いで回る
時には軽口を交わしながら
期待した答えを待ち続ける
彼は誰かに必要とされたかったから
軽口ばかりがたたけるようになってしまった
利用されるだけなのはそれでも嫌で
答えが返ってこなければ、草葉を踏みつけてしまう
ある時、小学生の群れにその場を見られてしまった
はちの子を散らすように、子供たちは逃げ去った
少年にはそれを眺めることしかできなかった
とどめるための手も、足も、目も口も鼻も
何一つ持ち合わせてはいないのだ
誰しもいなくなって
自分で踏みつけたはずの草葉の声も聞こえなくなって
また少年は枯れた如雨露を手に公園に向かう
ポケットをまさぐる
出てくるのは、拾った釘と拾ったどんぐりと
拾った小石と、拾った釘がもう一本
すべて心当たりのあるものだった
心当たりのないものなど、何一つポケットにはなかった
100円玉はもう尽きた
しばらくは、己の中に残った濁った水で飢えをしのぐしかない
実体をもたないなけなしの水は
決して如雨露を満たさない
水たまりに希望を抱きながら
少年は今日も練り歩く
如雨露をもって、誰もいない道をゆく
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