この世界で唯一の左利きの女
この世界で唯一の左利きの女は
今日も今日とてメロンパンを食む
お気に入りの喫茶店はもう使えなくなってしまったので
自室の隅にキャンプ用のベンチを置いた
生き恥は顔にでも塗っとけばいいさ
多少の紫外線は防いでくれるだろう
コーヒーはぬるくなってから飲むに限る
人肌を思わせるような微妙な温度が恋しいのさ
歌いやすい歌から順番に歌おう
自分の好きは、誰にも見せないようにしよう
午前三時は違和感のある時間だ
今日という日のどこにも属していないような
誰にも侵されぬ特別な時間にできるような
余白を残しているようでいて
問いかけには何一つ応えはしないのが玉に瑕
微睡みたくなるようなほのかな体温の上昇を感じながら
誰に見せるためでもない寝たふりをする
この世界で唯一の左利きの女は
カーテンの隙間からこぼれる小さな光に愛される
ベンチのきしむ音
コーヒーの温度が下がる音
時計が刻々と進む音
光がこぼれて流れる音
また、ベンチのきしむ音
いつまでも彼女のハッピーエンドだ
空に向かって落ちていくとして
どこに向かえばよいだろう
夢の中も探してみたけれど見つからなかった
彼女の空はどこにもない
ないのであれば作るほかない
小麦粉が五グラム
砂糖が二グラム
ここではないどこかへの扉は
重く冷たく傅くことはない
ひっかくほどの爪も持たない彼女は
部屋の隅に安息の場所を作るのだ
正解に似た味をかみしめている
窓の外を覗くことは決してしなくてよい
この世界で唯一の左利きの女は
今日も今日とてメロンパンを食む
自分のためだけにつくった
クッキー厚めのメロンパンを食む
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