第3話 3度目、そして──

ーーー1279 ーーー【3】


 王宮前の広場に、兵士達が整然と並んでいる。


「こうして見ると壮観だなぁツーク!」

「ええ、そうですねルーアン兄さん」


 彼らの指揮官として、王族専用の立派な鎧を纏うのは、僕の次兄である第二王子ルーアン。

 兄弟で最も武勇に優れ、尚且つ指揮官としての適性も高いルーアン兄さんは、の人生でもこうして指揮官として、最も辛い戦場に立ち続けた。


「大丈夫だ…勝てる…必ず…」

「ん? なんか言ったか?」

「何でもないよ。それより、ちゃんと部下の言うことを聞いてくれよ、ルーアン兄さん」

「分かってるって。傭兵もいるしな!」


 ルーアンはそう言って僕の背中を叩き(痛い)、颯爽と愛馬に跨り出立した。


 彼らはこれから、ボーロード王国に宣戦布告した西の隣国ラーバニック王国との決戦に赴くのだ。

 前の人生では、かの国に敗北し国境から王都周辺までを略奪され壊滅的な損害を受けた。


 敗北の原因は単純だ。

 この国が、ボーロード王国が長い間平和だったから。


 西の老大国ガルアーク聖王国と東の新興国ヴィーテ=ガスク連合王国の戦争は、小国が林立するこの地域とは関係なく、北の草原地帯に跳梁する騎馬民族達は、ヴィーテ=ガスク連合王国に駆逐されさらに北へと去った。

 騎士達の仕事は、偶に現れる野盗を討伐すること位でまともな戦争など50年以上起こらなかった。だから騎士の数は最小限、平民が徴兵される事も長らく無かった。


 だから、騎士達は実戦的な集団戦の訓練など忘れ、個人の武芸に頼る戦い方しか出来なくなった。

 それは隣国のラーバニック王国も、それを支援する他の隣国も同じではある。だが、数は力。同じ戦い方しか出来ないなら、単純に数が多い方が勝つ。


「でも俺には、奴らには無いアドバンテージがある」


 再び時を遡った僕は考えた。

 この繰り返しがあと何度出来るのか分からない。次があるのか、それとも今回が最後なのか。

 だから、どれだけ汚い手だろうと、かつて自分を殺そうとした相手だろうとその力を活用すると。


「殿下! こちらにいらっしゃったのですね」

「ああすまない、。兄上に捕まってしまってね」

「ああそれなら仕方ないですね…我が国が飢饉を乗り越えられたのも、こうして効率的に兵士の訓練を行えたのも、殿下のお陰ですから。ルーアン殿下も感謝しているのですよ。あえ、勿論私もです」


 イワギマ侯爵はそう言って微笑んだ。



 僕は前回の人生で再びイワギマ侯爵に処刑される前、彼に尋ねた。


『何故、反乱を起こしたのか』と。


 少なくとも、前回の人生では飢饉を乗り越えた頃まではイワギマ侯爵は心強い味方だったから。


 彼の答えは単純だった。


『ただ只管、民の為に』


 王家を見限った民達にはが必要だ。

 憎悪を受け止める生贄として王族を処刑し、憎悪の裏返しである期待を受け止める人身御供として、イワギマ侯爵は自らを差し出した。


 彼は考えていたのだ。今の王家や、隣国の平和主義はいつか自分達を滅ぼすと。

 民に苦労を強いてでも、いざという時に必要な軍備を整えるべきだと彼は主張していた。

 だからこそ、非常時に彼は王家と対立し、そして民衆に支持された。

 

 そしてイワギマ侯爵の主張と、僕の構想は一致した。

 非常時に備え強い軍備を、他国から奪われない強い国を、と。

 僕が飢饉に備えた作物や、軍事力強化へ向けたアイデアを出し、イワギマ侯爵がそれを実務者としてまとめ上げた。


 その成果が今果たされ、食糧を求めてこの国に侵攻してくる略奪者達を迎え撃つ。



 ルーアン兄さんから、ラーバニック王国軍に勝利したという報せが届いたのは一週間後の事だった。


 その後も東西から散発的に侵攻する隣国を撃退し続け、いつしかボーロード王国はこの地域の中心的な国家となり────────




──6年後───



民達よ、異端なる一族は今ここに捕らえられた! 彼らは飢饉のおり、諸君らを騙して悪魔の果実を喰らわせ、偽りの救いを与えたのだ!!」

「「「 涜神者共に制裁を!!」」」

「あまつさえ、この異端者達は真なる神を信じる十字教の国々を侵略しその富を奪った!!!」

「「「二枚舌の背信者共に制裁を!!」」」

「あまつさえ、諸君らを救うために立ち上がった我らを、卑劣なこの者達は討ち滅ぼそうとしたのだ!!」

「「「邪悪なる王家に正当な裁きを!!!」」」


 僕と家族は処刑台の上で、立派な法衣を纏うの演説を聞かされている。


 そして呆然とする僕の前で、と同じようにと家族が次々と首を刎ねられ、僕の番が回ってくる。


「畜生…何で…何でこうなった」


 視界が地面に落ちてゆく中で僕の目に映ったのは、僕を守ろうと勇敢に戦い抜いたイワギマ侯爵や傭兵達の、ボロ雑巾のように無残に殺された姿だった。



 征服歴1285年、ユーシア大陸中央から北西に外れた地に存在した小国ボーロード王国は滅んだ。

 飢饉に備え、レーショの地下茎(後世ヴィーテ=ガスク連合王国の農学者がバレーショと命名。ボーロード王国ではジャガイモと呼ばれていた)の作付を行い、餓死者を出さず征服歴1278年の大飢饉を乗り切ることに成功し、その食糧を狙う隣国に侵攻を優れた軍備で撃退しその国際的な地位を高めた。だが、その急速な発展を脅威と捉えたガルアーク聖王国によって王家及び王家に近い貴族家達が異端と認定され、壮絶な内乱の果にガルアーク聖王国の第三枢機卿ロワーイ率いる軍勢が王都を短期間に陥落させ、王とその子ども達を尽く処刑した。


 その後、旧ボーロード王国の領地を巡る戦争で近隣諸国は相争い、国力を急速に失い歴史の表舞台に立つことは無くなった。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ーーー1275 ーーー【4】


「巫山戯んなよ…何で聖王国がこんな田舎にしゃしゃり出てくるんだよぉぉぉ!!!」


 花畑の中心で、僕は理不尽な運命を呪い頭を掻きむしった。


 

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