第4話 もしかして…

ーーー1283 西 ーーー【97


 ボーロード王国から西の隣国ラーバニック王国を越えた先に、どの国も領有を主張していない無人地帯がある。

 水源が殆どなく荒涼としたその地は、複数の国と境を接しているためそれぞれの国が牽制しあい、手を出せず放置されていた。


 そしてそんな地だからこそ、大軍同士の決戦にはふさわしい。

 

 僕は天幕の中で、指揮官補佐として消化しなければいけない雑多な書類を処理していると、いつの間にか黒装束の男が現れ僕の前に跪く。


「ツーク殿下、ガルアーク聖王国軍4万が錆色荒地へ侵入しました。彼我の行軍速度から2日後には接敵すると思われます」


 黒装束にマスクで顔を隠した男の名はローツ。僕がこの生と死の無限ループを乗り越える為に作った隠密スパイ組織フーマ団の団長だ。


「ご苦労さま、ローツ。様子は?」

「ヴィーテ=ガスク連合王国は南西部トランバレム公爵領に一万の軍勢を集結させ聖王国が進路を変えた場合に備えています」

、単なる牽制だね。こちらの軍勢は?」

「ハッ、各国よりこの地に軍勢が派遣されています。明日までには総計3万2000が揃うかと」


 七カ国同盟、ボーロード王国と境を接する国々や文化的に親しい国々を纏め上げ作られた相互互助の防衛協定であり、大国であるガルアーク聖王国に対抗する為に僕が数多の周回の果に辿り着いた結論だ。


 報告を終えたローツは頭を下げると、煙のように天幕から消えた。


「相変わらず気配がありませんね…」

「アハハ…でも凄く頼りになるよね」


 僕の護衛として、長かった黒髪を切ってついてきた専属侍女リノがそう呟いた。

 まあ、元々は60程前の人生で僕を暗殺した相手だしさもありなん。


「ツーク殿下!! ラーバニック王国軍、到着されました!」

「有難う、ヨック」


 次に天幕へ入ってきたのは、鍛え上げられた肉体に漆黒の鎧を纏う偉丈夫ヨック・ヴァルテンブルガーだった。

 彼は僕が70くらい前から雇い続けている傭兵だ。元は没落した騎士の家系で、剣の腕や指揮官としての適性だけでなく礼儀作法に書類仕事まで何でもこなせる完璧超人で、彼を味方に引き入れて大分楽になったものだ。

 兵士の指揮や訓練を完璧にこなし、その上で戦場では無双を誇り僕の命を何度も助けてくれた。まあ、代わりに僕に忠誠を尽くしすぎて、最後は僕を護って矢でハリネズミにされたり矢衾で串刺しにされたり、酷い時は僕を人質に自害させられたりしたのだが……。


「ワーッハッハッハ! 来てやったぞ婿殿よ!!」

「あー、ええ。まさかグシャーク陛下ご自身が来るとは…」

「なあに、聖王国との決戦など後の歴史書に載る大戦であろう!! 他の者に任せてなどおけんわ!!」


 赤味を帯びた黒髪を短く刈り揃えたテンションの高いおっさんが天幕へと我が家のように上がり込んでくる。


「それにの為にも、そのを護ってやらんとな!!」

「アハハ…僕は前線に出るわけじゃ無いので大丈夫ですよ?」

「クク、戦場では安全だと思っていた場所が鉄火場になるなど日常茶飯事。本来なら王都で待っていれば良いのにここに来たのだ。そなたの顔は覚悟を決めた男のそれだぞ?」


 孫というのは、同盟の証として僕に嫁いだこのおっさん、ラーバニック国王グシャークの末娘ルルの子供レーン…まあつまり僕とルルの息子の事だ。


 既に死なせてしまっている妻と息子だが、今回こそは皆で生き延びてみせる!


「グシャーク陛下にそう言って貰えて嬉しいですよ…準備は?」

「フッフッフ、完璧だ。正直、徴兵した農民兵など数合わせが精一杯と思っていたが、なかなか壮観だぞ!」

「それは良かった、開発した甲斐がありましたよ」


 そう言って僕は皆と共に天幕を出る。

 外に揃う兵たちが携える武器は、この時代の一般的な兵装である長槍だ。集めた兵士達の大半は徴兵された農民兵で、僕が色々と手を回したお陰で訓練はしっかりとされているが、数で有意な相手に完勝出来る程ではない。そして被害が多ければ多いほど、勝ったとしても僕や家族が民の不満で起こった暴動に殺される確率は上がる。

 それに被害が駄目だ。七カ国同盟の一カ国だけに損害が集中したりするとその国が離反し、嬉しい楽しい泥沼の内ゲバで酷いことになる(何度もなった)。


 ならばどう対策すれば良いのか?

 僕が三国志の名軍師のような天才ならば、あり合わせの寄せ集めでもその場で名案を思い付けたかもしれないが、僕の取り柄は何度死んでもやり直す事が出来る一点だけ。


 だから何度となくやり直した。

 時に指揮官を変え、時に戦場や動かす部隊の配置を動かした。

 それらの中で一番効果が出たのは武器に工夫をする事だった。とは言え、例えば知識チートで火縄銃を作るとかじゃない。いや作らせてはみたけど火薬も無いし一丁作るだけで膨大な金額になった。何のらその時の借金が原因で僕達は処刑された。

 だから可能な限りローコスト、それでいて訓練が足りていない兵士でも使える武器として白羽の矢が立ったのがだった。


 例えばアレクサンドロス大王の用いたマケドニア・ファランクス、織田信長の用いた三間(約6m)槍等、相手より長い槍を集団で用いるのは、それだけ味方の損害を減らし一方的に敵に損害を与えられる。

 そして弩弓は銃の代わりだ。装填速度は後ろの兵が代わりに装填した弩弓と交換させる擬似的な三段打ちでカバーする。


 特に、相手の指揮官自体はそこまで大した相手では無いのだ。数で押し潰す相手には、その数が優位にならない戦法で挑めばいい。


「しかし、わざわざ6メートルの槍を歩兵全員分用意するとは。それに弩弓もあれだけの数を…同盟軍に供与する分も合わせて」

「お金はありましたからね。それに東のヴィーテ=ガスク連合王国の商会が高値ではありますが要望通り融通してくれましたし」

「……ツークよ、を信用し過ぎるなよ。あの国にはがいる」

「大丈夫です。少なくともこの戦に関与してくる事も無いですし、借金とかした訳ではありませんし、援軍も断りました」


 グシャーク陛下が眉を潜めて僕に忠告する。

 彼が声を潜めて呼んだとはとある英雄の異名であり、グシャーク陛下にとっては人生最悪のトラウマであるらしい。

 何でも、僕が生まれた頃に行われた聖王国と連合王国との戦争に聖王国側で参戦したらしいのだが、と呼ばれる連合王国の名将に何も出来ず叩きのめされ敗走したらしい。まあその時に聖王国が陛下(当時は王子だったが)を捨て駒同然の殿しんがりにしたお陰で、こうして対聖王国同盟が組めた訳だが。


「そもそも連合王国にとって聖王国は不倶戴天の敵でしょう? わざわざこちらに攻めてくるなんてありえません」

「そうだな…お前が言うのならそうなのだろう」


 そう言ってグシャーク陛下は納得したのか僕の背中を叩き(痛い)、自分の兵達の下へと戻った。

 事実、今までの周回でも連合王国は西側の国境であるトランバレム公爵領に軍を集結させていたが、この地での決戦に介入してくる事は無かった。それこそ、何度か辛勝した際にも何もしてこなかったし、今回も大丈夫な筈だ…まだ完勝したことが無いからが分からないのは不安だが、距離があるから対処は可能だ。


 そして馬に乗った僕はグシャーク陛下や他国の将軍達、そして今回もボーロード王国軍の大将として参戦しているルーアン兄さんと肩を並べる。


「よしツーク! お前から兵達に何か言ってやれ!」

「そうだな! お前が言葉を掛ければ士気もうなぎ登りと言うやつだぞ婿殿!!」

「はいはい…2人は面倒なだけでしょうに」


 常にテンションが高い2人に促され、僕は勢揃いした七カ国同盟の兵士達の前に進み出る。他の面々も反対はしない辺り、死ぬ気でこの同盟を纏め上げた僕の実績は確かなものなのだろう。それが果てしなき繰り返しの果に培われた知識カンニングに基づくものだとしても。


「勇敢なる同盟各国の精鋭達よ!! 時は来た!!」


 兵士達の歓声に応えるように、僕は両腕を広げる。


「神の名を騙り我らが故郷を踏みにじり、我らの財を奪わんとする侵略者共に、我らは今こそ鉄槌を与える!!

喜べ!! お前達の名は歴史に残る!!

かの征服王ズルカルナインの如く!!

そして聖王国の天敵、2の如く!!」


 この大陸で子供すらその名を知り憧れる大英雄達の名を出し、兵士達のテンションは最高潮に達する。


「ここに宣言しよう!! 我々は勝つ!! 完膚なきまでに!!」


 そうして僕達同盟軍は数に勝る聖王国軍に完勝した。射程に優れた武器と、それの使用に特化した軍勢の強さは、傭兵主体で弱体化した老大国の軍勢など物の数では無かった………とはグシャーク陛下の言葉である。


 僕は、僕達は勝利した。

 そしてようやく、は死の無限ループを克服した───────訳が無かった。



────1月後─────


 

民達よ、君達に圧政を敷いた外道なる一族は今ここに捕らえられた! 彼らは飢饉を偽って諸君らに従来の農業を捨てさせ、自分達に都合の良い作物だけを作らせた!! 」

「「「 嘘つき共に制裁を!!」」」

「あまつさえ、彼らは金儲けの為に君達から食糧を徴発し、その資金を使って新たな戦争を始めた!! 戦争で死ぬのは自分達ではなく、君達だと言うのに!!」

「「「戦争を煽る悪魔共に制裁を!!」」」

「そして彼らは、君達の命を賭け金に侵略という悪辣な遊戯ゲームを行ったのだ!! 聖王国を挑発し、彼らを痛めつけ身代金と領土を不当に要求したのだ!!」

「「「邪悪なる王家に正当な裁きを!!!」」」


 僕と家族は処刑台の上で、立派な鎧を纏うの演説を聞かされている。

 民衆は、その朗々たる美声より発せられる出鱈目な言い掛かりに喝采を送っている。つい先月まで僕達を、戦争に向かう僕達を笑顔で見送った彼らが!!


 そして呆然とする僕の前で、と同じようにと家族が次々と首を刎ねられ、僕の番が回ってくる。


「何故だ…何故…どうして貴様は僕から全てを奪うんだ…!! 答えろ…答えろ、ぅぅ!!!」


 血の涙を流しながら叫ぶ僕を、何の感情も浮かべない目で一瞥したリシャールは、興味を失ったように民衆に手を振りながらその場を後にした。


 その姿を、地面に落ちてゆく視界の中で見送った僕は誓った。無残に処刑された家族の仇を、僕を守ろうと勇敢に戦い抜いたイワギマ侯爵やヴァルテンブルガー達の仇を、そして何よりも、リノとルル、そしてレーン僕の愛した人々の仇を討つと。


「許さねぇ…絶対にテメェだけは許さねぇぞ…リシャール腹黒ゥゥ!!!」


 征服歴1283年、ユーシア大陸中央から北西に外れた地に存在した小国ボーロード王国は滅んだ。

 飢饉に備え、レーショの地下茎(後世ヴィーテ=ガスク連合王国の農学者がバレーショと命名。ボーロード王国ではジャガイモと呼ばれていた)の作付を自国だけでなく隣国に普及し、餓死者を出さず隣国と共に征服歴1278年の大飢饉を乗り切ることに成功したボーロード王国は、その名声の中心であったボーロード王国第五王子ツークの提言により対ガルアーク聖王国を見据えた相互互助協定『七カ国同盟』を結び近隣の大国へ対抗しようとした。その目論見は成功し聖王国の侵攻をはね退ける事に成功するが、軍主力が西に偏っている間に東方のヴィーテ=ガスク連合王国が電撃的にその領域に侵攻、指揮官である2代目“カナンの騎士”リシャール・グランツは己の名声を前面に出して各地の民衆を味方につけながら迅速にボーロード王国の首都を陥落させた。

そしてボーロード王国の王族や主要な貴族、官僚達は民衆によって捕縛、処刑され、ボーロード王国は滅亡した。その後、連合王国は七カ国同盟の領域から迅速に撤退。力の空白が生まれた旧ボーロード王国の領地を巡る戦争で近隣諸国は相争い、国力を急速に失い歴史の表舞台に立つことは無くなった。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ーーー1275 ーーー【98】


「あの腹黒だけは絶対にゆるさねえ」


 僕、ツーク・ボーロードは怨嗟を口から滲ませながら美しい花畑を後にした。





 


 

 

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