一章『大テーブル』――1

「私たちには時間がないわ」

 会議の口火を切ったのは、深紅のドレスに身を包んだ女性であった。

 ヴァンパイア、吸血鬼などと呼ばれる彼女は、生前の魔王から王の補佐役たる執政官の役職を与えられた重臣中の重臣である。

「今は緘口令を敷いて混乱を城内に留めているけれど、それも長くはもたないわ。いずれ事実は明るみに出る。そうなる前にこれからの計画を整えておかなくてはならない――ただし」

 射貫くような視線で、ヴァンパイアは周囲の七人の顔を順番に見渡した。

「すべては、陛下を害した者を見つけ出してからのことよ。罪人を処断し、陛下の眠りを安らかなものとしない限り、私たちは前に進むことを許されない――それが、ここにいる全員の共通認識と思っていいのよね」

「……無論だ、ヴァンパイア」

 問いかけに応えたしゃがれ声の主は、黒いローブの小男だった。顔は見えないが、袖から伸びる手指はやせ衰えた老人のそれで、かなりの高齢であることが伺える。

 ネクロマンサー。彼もまたヴァンパイアと同じく執政官の立場である。

 二人は陽の差さぬ国において実質的なナンバーツーといえる存在であり、この会議が彼らの主導で行われるのは自然な成り行きであった。

「……主君殺しを野放しにできる理由など、この世のどこにもありはしない」

「そうね、ネクロマンサー。罪には罰を、それが陛下の定められたこの国の大原則の一つだもの。――さて、目的が確認できたところで議論を始めようかしら。誰か、何か意見のある者はいる?」

 各々が顔を見合わせるが、声は上がらない。

「まあ、そうよね。なら私から、言いづらそうなことを最初に言っておきましょう。――あなた達の中で、自分が犯人だと言う者はいる?」

「……根も葉もないことで場を荒立てるな、ヴァンパイア。第一、仮にいたとして名乗り出るわけがなかろう」

「後半はその通りね。けれどネクロマンサー、根も葉もないこととは言い切れないわ」

「……ほう」

「そもそも陛下の体に傷をつけること自体、有象無象には不可能よ。まして殺害ともなれば、それが可能なほどの強大な力を持つ者はほんの一握り。魔族だけでなく人間も勘定にいれたところで二十人もいないでしょう。――ところが、ここに八人、条件に適う者が集まっている」

「……儂らにならば、陛下を害せると?」

「無理とは言わせないわよ。戦って打倒しろ、というのならば話は変わるけれど」

「……ふむ。無抵抗の陛下の御身に致命傷を負わせるだけならば、確かにここにいる全員に可能であろうな」

「そういうことよ、ネクロマンサー。もっと言えば、この城の中でそれができるのは私たちだけなのよ。疑いをかけられるには、十分だと思わない?」

「……一理はある、か」

 ネクロマンサーは引き下がった。

 一瞬、疑心暗鬼の気まずい空気が大テーブルを覆ったが、

「僕はやってませんよ」

 軽薄そうな口調で静寂を破ったのは、人間の形をした燃え盛る炎であった。

 サラマンダー。

 陽の差さぬ国の西端の地域を統治する、いわば、自治領主である。

彼の腰かけている椅子は木で作られているのだが、不思議と燻っている気配はない。

「僕が犯人なら、陛下の遺体は今ごろ黒焦げになってますからね」

「あのね、サラマンダー。今はあなたの軽口に付き合う気分じゃないのよ」

「それは失敬。しかしですよ、マダム・ヴァンパイア、これはこれで結構真面目な自己弁護のつもりなんですがね」

「……聞くだけは聞いてあげる」

「陛下は剣で貫かれていたって話でしたよね。こう、胸のところをグサっと」

「ええ。それが?」

「ちょっとまずい言い方にはなってしまいますが――僕が陛下を殺害するなら、剣なんか使わないで焼き殺しますよ。そっちの方がずっと確実だ。剣に関しちゃ素人でも、火力なら多少は自信がありますからね」

「まあ、そっちの方が自然ではあるわね」

「でしょう?」

「けど、だからといってあなたが犯人の候補から外れるわけじゃないわよ、サラマンダー。自分から目をそらさせるためにあえて剣を手に取った、という可能性もあるのだから」

「厳しいなあ、そんなことしませんよ……と言いたいところですが、ま、事態が事態ですしね。この程度で完全に疑いが晴れるとは思ってません」

「随分聞き分けがいいわね」

「必死になりすぎても心象が悪くなりかねませんからね。ただ、僕は剣術を知らないどころか包丁すらロクに握ったことがないんですよ。そんな輩の振り回した刃が陛下の御体に届くわけがないってことは今一度主張しておきます」

「ええ、言い分は十分に理解しているわ。あなたが思ったよりも真面目だったということもね」

「さすが、マダムは話が分かる」

「――少しよろしくて?」

 ヴァンパイアとサラマンダーの会話に若干和やかな空気が混じり始めたところで、木琴の音色のように軽やかな声が割って入った。

 長い金色の髪を持つ、美しい女性――顔を見ただけでは人間と区別がつかないが、彼女の両腕と両足は虹色に輝く鱗に覆われ、また、背や肩には堅く鋭いヒレが生えている。よく見れば、指の間に水かきがついていることに気がつくだろう。

 彼女の名はセイレーン。

 サラマンダーと同じ自治領主であり、陽の差さぬ国の南方に広がる海を任されている。

「陛下を襲った凶器が剣であるならば、怪しい方がお二人ほどいらっしゃるのではなくて?」

「……考えがあるならはっきり言うがいい、セイレーン」

「ええ、ネクロマンサー様。サラマンダー様のお話をお聞きして、わたくし、考えましたの。確かにサラマンダー様なら、剣を握るよりも炎をお使いになったほうが賢明ですし、わたくしでしたら水の魔術を頼る方が自然ですわ。誰にでも得手不得手はありますもの。ですけれど――剣の扱いに長けた方が、この場にはお二人いらっしゃいますわね?」

「……ふむ。その二人とは――」

 セイレーンに集まっていた目線は、彼女の言葉に導かれるようにして、テーブルの末席に向かい合って座る二人に向けられた。

「なるほど、オレたちか」

「そのようだな」

 一方は、牛の頭と、この場の誰よりも大きく屈強な肉体を備えており、席の傍らに大斧を携えている。その向かいに座るのは、己の頭をテーブルの上に置き、首の無い体だけが椅子に座っている状態であった。

 共通しているのは、その二名が、室内でありながら甲冑を身に着けていることだろう。

 ミノタウロスとデュラハン。

 魔王の力の象徴、魔王軍において、王に次ぐナンバーツーにあたる千人将の位を持つ、闘いの場においては互いを除いて比肩する者の無い二人である。

「どう思うよ、デュラハン」

 ミノタウロスが尋ねると、デュラハンが――正確には、テーブルに置かれた彼の頭が応えた。

「吾輩の剣の腕を信頼してくれるのは結構だが、それをもって陛下殺害の犯人だと誹られたのでは気分が悪いな」

「まったくだ。軍人ってだけでいきなり犯人扱いかよ」

「あら。わたくし、まだあなた方のことだとは申し上げてませんわよ?」

「すっとぼけやがって――」

「逸るな、ミノタウロス」

 立ち上がらんばかりの勢いだったミノタウロスを、デュラハンが諫めた。

「セイレーン殿。確認いたしますが、よもや、我々のいずれかこそ犯人に違いないと、そう断言なさるおつもりではありますまい」

「ええ、もちろんですわ。証拠も何もなく他人を罪人呼ばわりするほど、わたくし軽率ではございませんの。少しでも話し合いが深まればと、思いついた意見を申し上げてみただけですわ」

「聞いての通りだ、ミノタウロス。貴様が感じている不愉快は吾輩も共有するものだが、だからといって血気に逸ってはいらぬ誤解を生む」

「ケッ、口では何とでも言えるってもんだ。その魚女、腹の中でどう思ってるか知れたもんじゃねえ」

「だとしてもだ。例え心の底で我らを疑っていたとしても、表立って糾弾するわけではないと言うのであれば、こちらも体裁を整えるのが道理だ。違うか」

「……違わねえよ」

 ミノタウロスは憮然としてその言葉を受け入れた。

「感謝しますわ、デュラハン様」

「不要です。貴女に肩入れしようと思い彼を諫めたのではありません。無用の諍いで友人の立場が不利になるのを見過ごせなかっただけですので」

「まあ、お優しい」

 クスッ、とセイレーンが笑う。

 それを見たミノタウロスがまたしても激発しかかったが、デュラハンに目線のみで制されて結局言葉を口にはしなかった。

「……其方は、どう思う」

 諍いが一段落したところで、ネクロマンサーが古い友人に話を振った。

 不吉という概念そのものが形になったような、忌まわしい影の集合体――死霊の長であるリッチーは、陽の差さぬ国の北方に寝そべる氷の大地を司る自治領主である。

「そうじゃのう……皆、一度落ち着くべきではないかな」

「落ち着いてるわよ。ミノタウロス以外は」

「あ?」

「やめてくださいよ、マダムも将軍も。リッチー翁が話しづらいでしょう」

「そうね、サラマンダー。悪かったわ、ミノタウロス」

「おう。機嫌は直ったってことにしといてやるよ」

「やれやれ。……それで? リッチー翁。落ち着くべきという言葉の真意を、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」

「なぁに、そこまで深い意味はないぞ、火達磨。どうも疑心暗鬼の空気が濃くなってきたように思えたから、一度頭を冷やした方がよかろうと思っただけの話じゃ」

「疑心暗鬼になるのは仕方なくありませんか? 今は、この場の誰かが犯人である可能性を考えているところなんですから」

「そこじゃ、火達磨。そもそも元を検めれば、ワシらの中に下手人が紛れているのでは、という発想は、吸血鬼の思い付きでしかなかろう?」

「思いつきとは失礼ね。ちゃんと考えて発言したつもりなのだけれど?」

「気を悪くしたなら謝らねばならんの。お主を浅慮と詰るつもりはないのじゃ、吸血鬼。ワシが言いたいのは、一つの可能性に固執しすぎて近視眼に陥ってはかえって遠回りをするだけだ、ということじゃよ」

「……しかし、リッチーよ。方向も定めず悪戯に矛先を変え続けたところで意味はあるまい。ヴァンパイアの意見には一理あると皆が認めている以上、新たに有力な仮説が生まれるまではそれを追及するのが得策だろう」

「それも正しい。が、死霊使い、このまま話を進めたところで得るものは少なかろう、と老いぼれには思えるのじゃ」

「……ふむ」

「話し合いはまだ始まったばかりじゃ。まだ何も見えてなどおらん。そんな矢先から身内に疑いの目を向けて、お互いにお前が犯人だろうと指をさし合うのは、好ましいことではないということじゃよ」

「うーん、やっぱり最初に振る話題じゃなかったかしらね」

「いやいや、ヴァンパイア。誰かがいつかは言わねばならなかったことじゃ。早いか遅いかの違いじゃよ」

「ありがとう。……で? このまま水掛け論を続けてもしょうがないというのはその通りかもしれないけれど、じゃあ何をすればいいとリッチーは言うのかしら?」

「足場固め、じゃろうな」

「……足場、とは?」

「現状整理、と言い換えても良いかもしれんの。つまりじゃ、死霊使い、ああだこうだと言い合う前に、まず、今――正確には昨日の朝――何が起きたのかを確認しておいたほうが良いとワシは思う。各々の意見は、その擦り合わせを終えてからでも遅くは無かろう」

「そうねえ。まずはそれから始めるべきだったかもしれないわね。……あなた達はどう思うかしら?」

「リッチー殿のご意見に賛同しますな。また吾輩や友人にいわれのない嫌疑が欠けられたのでは面白くない」

「俺も同感。ウロコ女がどう思うかは知らねえけどな」

「酷いですわ、わたくしもまったく同意見ですのに。焦ってもしかたないですもの、慎重に話し合いを進めましょう?」

「サラマンダーは?」

「異存ありませんよ、マダム。というか、リッチー翁が提案しないならどこかで僕が言おうと思ってたくらいです」

「あら、そうだったの。……一応確認するけれど、ネクロマンサーも反対する気はないわよね?」

「……無論。リッチーの言には聞くべき部分が多い」

「そう。――じゃ、満場一致ってことで、仕切り直しにしましょうか」

 大テーブルの八人は、皆、一様に頷いた。



※   ※   ※



 といっても、確認するべきことはほぼ無かった。

 整理すべき状況があまりに明瞭で、かつ、衝撃的なものであったからである。

 魔王は、城の最上階にある自らの寝室で息を引き取った。

 壁に飾られていた、かつて対峙し打倒した人間の勇者の所持品であるという一振りの剣に胸を貫かれていた。

 特筆すべきことは何もない。

 強いて挙げるならば、魔王はベッドの上で殺されたのではなく、寝床の傍らに置かれた木製の揺り椅子に腰かけた状態で発見された、ということだろうか。剣は魔王の体だけではなく椅子の背もたれをも刺し貫いており、遺体を城内地下の霊安室へ移動するにあたって一苦労があった、という話は八人とも既に聞き及んでいた。

 この会議の場に置いて新たに付け加えられた情報といえば、ベッドテーブルに残された晩酌の痕跡、くらいだっただろう。

 揺り椅子から手の届く位置、ベッドの枕元に据えられたテーブルの上には栓の抜かれたワインが置いてあり、グラスも二つ添えられていた。このことから、魔王は寝込みを襲われたのではなく、就寝前に寝酒を楽しんでいたタイミングで殺害されたものではないか、と八人は予測した。

 状況証拠としては少々頼りなく、予測はあくまで予測に過ぎない――どころか憶測の域を出ないと言っても過言ではないけれど、とにもかくにも、手探りの議論がひとまず一歩前進した、という実感をその場の全員が微かに覚えた。

 しかし。

 漕ぎだした先が更なる暗礁であることに、直後、彼らは気づくことになる。

「いやいやいや、無理でしょう」

 サラマンダーは渋面した。

「眠っていて完全に動かない陛下を殺害した――文字通り寝首を掻いたというのであればまだ分かりますよ? けど、そうじゃなくて陛下が起きていた、となると大分話が変わってきちゃいませんか」

「疑う余地なく、不可能ですわね」

「ですよねえ、ミス・セイレーン」

 サラマンダーはため息をつく。

 他の面々も似たような表情を浮かべており、皆、不可能という言葉を苦々しく噛みしめているようだった。

「剣で刺されていた、というところが問題よねえ」

 ヴァンパイアが独り言のように零す。

「陛下の御体が椅子にあったからといって眠っていなかったとは限らない。揺り椅子に体重を預けてついウトウトしていた可能性もなくはないわ。けど、だからといって――陛下がお眠りだからといって、魔術も使わず剣で一突きにするなんて芸当は、少なくともデュラハンやミノタウロスと同等以上の力が無くては無理でしょうね」

「んだよ、また俺らを疑おうってのか?」

「そんなつもりはないわ、ミノタウロス。そうでない可能性もゼロではないというだけで、起きていたと考える方が自然だもの」

「つまり?」

「誰にもできないってことよ」

 だが、実際にそれは起きた。

 あり得ないはずの魔王殺しは、昨日の夜明け前に実現してしまった。

 何か方法はあるはずで、どこかに犯人がいるはずなのだ。分からないでは済まされない。

 現在自分達が直面している状況の厄介さを改めて痛感し、もどかしさと不快感を募らせる八人であった。

「回り道が必要なのかもしれませんわね」

 セイレーンが言った。

「犯人は何者か、について私たちは話し合おうとしてましたけれど、もう少し地道に、段階を踏まなくてはいけないのでは、とわたくし考えますの」

「……段階を踏む、か」

「ええ、ネクロマンサー様。わたくし達は出口のない迷路に閉じ込められたような気分でいますけれど、そうまで悩まされている理由は、不可能としか思えないことが現実に起きてしまったからに他なりませんわ。逆に言えば、それさえ解決してしまえば、目の前の霧はいっぺんに晴れるはず――そうは思いませんこと?」

「……議論すべきは、不可能を可能にする方法である、と」

「それもまた至難の道ですな」

 デュラハンは肩をすくめた。

「しかし、他に手はない。セイレーン殿の言う通り、結論を急ぎすぎたからこそ我々は袋小路に迷い込んだのやもしれませぬ」

「手段さえ解明できてしまえば、おのずと犯人も判明する……なんてこともあるかもしれませんしねぇ。ミス・セイレーンの案に乗るしかないか。リッチー翁はどう思います?」

「妥当な提案じゃろうな。火達磨が言うほど都合よく事が運ぶかは分からんがの」

「皆様のご賛同に感謝いたしますわ」

「それで? セイレーン。犯人そのものではなく陛下殺害の手段の究明を優先するのは良いとして、ならまず何から検討していけばいいのかしら。何か案はあるの?」

「それが……ヴァンパイア様、情けない話ですけれど、わたくし、そこまでは考えが及んでおりませんの。何から手をつけるのが最適なのか、正直、見当もつきませんわ」

「分からないことが多すぎるものねえ」

「暗雲低迷は変わらず、ってわけですか」

「前途は多難ですわね」

 ヴァンパイアとサラマンダー、セイレーンの三人はそろって苦笑いを浮かべた。

 他の面々も、表情は変わらないものの妙案が浮かばないことは彼らと変わらない。しばし会議室に沈黙が流れるかと思いきや、

「なあ」

 心なしか上の空な様子で疑問の種を放り込んだ者がいた。

 ミノタウロスである。

「特にコレってのが無いんなら、ちょっと気になったことを聞いてみてもいいか」

「まあ。貴方からそんな申し出があるとは思いませんでしたわ」

「んだよ、悪いか?」

「いいえ? 意外だっただけですの」

「うるせーな。これでも馬鹿なりに頑張って考えてんだ。茶化すんじゃねえよ」

「茶化してなんかいませんわ。むしろ興味がありますのよ、肉体派の貴方がどこに引っ掛かりを感じたのか」

「チッ。いちいち嫌味な女だなマジで」

「あーもう、いいから話しなさいよ、ミノタウロス」

 ヴァンパイアにせっつかれ、ミノタウロスはもう一度舌打ちをしてから、セイレーンを睨みつけていた視線を大テーブルの全員に向けた。

「大将が殺されたのっていつだった?」

「……おそらく、昨日の未明であろうな」

「みんな寝てる時間だよな」

「……大半の者はそうであったろう」

「ここにいる全員、その日は城に居たよな。一晩中起きてたやつ、居るか? ――居ねえみてえだな」

「要点を話してくれないか、ミノタウロス。吾輩には話が見えんのだが」

「急かすなよデュラハン。えっとな、つまりここにいる全員――つーか城にいる全員、寝て起きたら大将が殺されて驚いた、って感じなんだよな?」

「そうだ。吾輩も朝に起床した後に崩御の事実を知らされた」

「そこよ。なんで誰も気づかなかったんだろうな?」

「なに?」

「だからよ、大将がぶっ殺された瞬間に物音とかしたんなら、それで目を覚ました奴が一人くらい居てもおかしくないだろ? 誰もいねえってのはどういうことなんだ?」

「それは――」

「確かに、不思議ですわね」

「だろ?」

「だが、陛下の御寝所は城の最上階だ。他の者の寝室とは離れているし、気づかれずとも無理はないと思うが」

「いえ、だとしても変ですよ、デュラハン将軍」

「サラマンダー殿?」

「殺害された瞬間に陛下はまだ眠っていなかったと考えるのが自然だ、ってマダムが言ってたじゃないですか。目の前に剣を持って殺意を向けてくる輩がいて、陛下が抵抗しないはずがない。大きな物音が鳴ったはずだ」

「しかし、陛下が抵抗なさったのなら、賊の命はその瞬間に消し飛んでいるのでは?」

「まあ、それはそうなんですけど」

「つまり無抵抗だった……ということになりますわね?」

「そんなことあり得るのかしら……」

「……不意を打たれた、という可能性もあろう」

「気づかなかった、ってことですか? ネクロマンサー翁」

「それこそあり得ん話じゃ、死霊使い。魔王殿は背後からではなく、正面から討たれたのじゃぞ?」

「やっぱ寝てたんじゃねえか?」

「ベッドでなく椅子の上で、ですの?」

「座ったまま居眠りするなんて誰だってやるだろ」

「うーん……わたくしにはあまり経験がないのでピンときませんわね」

「僕は経験ありますよ、ミス・セイレーン。疲れてるとつい、ね」

「ほれ見ろ、サラマンダーもこう言ってるじゃねえか」

「ふーん、そういうものですのね……」

「でも仮に陛下がその時居眠りをなさってたとして、ですよ? 誰にも気付かれないままに陛下を殺害するなんてことができるんですかね?」

「無理よ、無理。というか、そもそも陛下の寝室へ音もなく忍び込むということ自体不可能に近いわ」

「……だが、実際に起きている」

「そんなことは分かってるわ、ネクロマンサー。犯人は誰にも気付かれることなく陛下の寝室へ侵入し、物音ひとつ立てず陛下を殺害し、跡形ものこさず姿を消した――そうとしか言いようがない」

「言葉に直すと凄まじいですな」

「まったくね。だけどデュラハン、だからこそ考えないといけないのよ。無理難題の羅列にしか見えないとしても、誰かがやったのであれば方法は必ずあるのだから――とはいえ」

 ヴァンパイアは咳払いを一つして、

「ちょっと手がかりが無さすぎるわね。このまま机上の議論を続けたところで堂々巡りが続きそうな予感があるわ」

「ならどうします? マダムには妙案がおありのように見えますが」

「別に、案というほどのことでもないわ。セイレーンの言葉を借りるなら、段階を踏む、というだけのことよ」

「というと?」

「何を解明すべきかが明らかになったからには、まずはそれに向けて情報を集めるべきでしょう。少しでも事情を知っていそうな者――具体的には、ケルベロスとサキュバスの二人から、話を聞いてみようと思うのだけれど」

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