『水蓮姫』と魔王城の奇禍
渦庭 八十一
序章『魔王城』
魔王が死んだ。
それは突然の出来事だった。
人ならざる者たちの住まう土地――陽の差さぬ国、と人間たちは呼ぶ――その奥深くには東西二つの塔を侍らせた巨大な城が聳えている。それこそはかの大王が居城としていた魔王城に他ならず、ある朝、その魔王城の天守付近にある君主の寝室へ、傍付きの侍女が朝の支度を手伝いに参上したところ、部屋の中で事切れている主の姿を発見した。
魔王崩御の知らせは瞬く間に城中を駆け巡り、何でもない一日の始まりだったはずのいつも通りの朝は、一転、悲嘆と困惑が支配する悪夢の続きへと様変わりしてしまった。
なにしろ、魔王である。
千年もの昔、己が身一つから世界の半分を支配する大国を築き上げ、五百年以上、いまだ決着を見ない人間との闘争を続けてきた唯一絶対の王。魔族、と呼ばれる人ならざる者たちは無論ながら、敵である人間たちでさえ、彼の成した覇業は偉大なものであったと認めざるを得ないだろう。
魔族にとっての魔王とは単なる為政者ではなく、厳しい父であり頼れる兄であり、寛容な教師であり、背を追うべき先導者だったのである。
それを失ったと知った時の彼らの動揺は激しく、深刻であった。
もし、魔王が以前より衰弱の床にあり、いつこの時が来てもおかしくないというような状況であったならば、つまり覚悟をする時間があったならば、彼らの対応は違うものだったかもしれない。悲しみや喪失感は誤魔化せずとも、毅然とした態度で崩御の事実と向き合うことくらいはできたかもしれない。
ところが今回はあまりにも唐突だった。昨日と同じ今日が当たり前に始まると信じていたところに叩きつけられた君主の死。臣下たちの中には泣く者もあり、叫ぶ者もあり、怒る者もあったそうだが、冷静な者は一人としていなかった。魔王が死んだその日は誰も何もしようとせず、ただ無為に浪費された――と、ある女官は日記にそう記している。
しかし。
魔王が死んだからと言って、悲嘆に暮れてばかりはいられない。
陽の差さぬ国は続いていく。今日は泣いてもいいが、明日も、その先も泣いてばかりいるわけにはいかない。既に一日を無駄にした。これ以上の足踏みは必要ない。
一夜明けて、彼らは動き出す。
日が昇り切らぬ午前、魔王城の中枢、高官用の会議室に八人の魔族が集まった。魔王の側近や軍を預かる将軍、地方を治める領主。いずれも、陽の差さぬ国の最高幹部として確かな責任と矜持を負った者たちである。
彼らは決めなければならない。
王亡き後の国の行く道を。
これから先、魔王という象徴を失った国は混乱が続くだろう。それを収束させるために、また、収束した後にこれまで以上の繁栄と進歩を実現させるために。何が必要で、何をしなければならないのか。この日、この会議室で、陽の差さぬ国の明日が話し合われる――はずであった。
だが。
未来の話をする前に、彼らには考えなければならないことがある。
解決しなければならないことがある。
魔王は死んだ。
自らの寝室で、真正面から剣で貫かれ、血を流して息絶えた――魔王は殺されたのだ。何者かの手によって。
故に彼らは考えなければならない。
魔王を殺したのが、誰なのかを。
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