椎ちゃんの花婿試験

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

しいちゃん、ハンカチ忘れたでしょ」

 椎がこくんと頷く。椎と並んで座る。

「先生に叱られたんじゃない」

 ううん。予想外に、椎は首を横に振った。

「セダカ君がね、隣の席なんだけど。ハンカチ忘れた人って手をあげようとしたら、椎の手おさえてあげなくていいよって言ったの」

 おお……。椎が乙女の顔をしている。

「本当は、ずるっこだけどね。嬉しかったよ」

「それはそれは……。お赤飯たかなきゃね!!」

 椎は、父の教え子の娘で、うちで預かっている。そう、いずれ我が家から嫁に出さなくてはならない。

「お赤飯、甘いのがいいな。おいしいもんね」

 残念ながら、赤飯は父から却下された。代わりに、鍋っこ団子を作ってくれると言う。

生島いくしま春太郎しゅんたろうにお礼をしなくてはね」

 そう父は言った。これは、きっと椎ちゃんの花婿試験なのだ。

 次の日、セダカ君こと生島春太郎は我が家にやって来た。

 あだ名のとおり、背高のっぽの少年である。

「セダカ君。じっちゃが鍋っこ団子作ってくれるって。おいしいよ」

「じゃあ、みんな。手を洗ってきて」

 父はお医者さんなので、手洗いには厳しい。

「じっちゃって、椎ちゃんのおじいさんなの」

「じっちゃは、聡流さとるちゃんのお父さんなの。椎は、預かりっ子なんだよ。でも、じっちゃはお年寄りだからじっちゃなの」

 子供たちで、お団子を作る。

「大きな固まりから、小さくちぎって、手のひらでコロコロってするんだよ」

 父は、あんこを煮ている。

「ねえ、セダカ君」

「うん?」

 ぷち。コロコロ。ぷち。コロコロ。私は、お団子を指で潰して、赤血球の形にしていく。

「椎は、セダカ君のお嫁さんになってもいいよ」

「うん、僕もいいよ」

 やはり、これは結婚のあいさつだったのだ。こちらの顔が赤くなってしまう。

「椎は、菅沼すがぬま椎がいいの。だって、お笑いの人に、生島っているでしょう」

 椎の考えでは、生島春太郎はすらっとして格好良いのに、お笑いの生島がそうではないのが許せないらしい。

 生島少年は、沈思黙考した。

「じゃあ、僕、菅沼春太郎になるよ」

「うん、それがいいよ」

 結婚に関する最大の懸念事項が解決された。椎は、満足そうに笑っていた。




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椎ちゃんの花婿試験 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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