第5話

今まで、何回も子犬を抱かせて貰っている。


一寸この子は大人し過ぎるかなと、思う。


小犬は慣れない人間を嫌がって、暴れることもある。


 


腕の中から落としそうになることもあるくらいだ。


しかし、この小犬は彩を信頼しきって


身を委ねている ような、そんな気持ちにさせられる。


 手の中の温もりがとても心地よく伝わる。


 


「この子買っても良いかな?」


彩が夫の通雄に尋ねた。


通雄は突然の彩の言葉に、驚いた。


今まで、この店だけでも、 何十回も犬を見に来ている。


 


しかし、実際に彩が欲しいと言っ たことはなかった。


何時かはこんな時が来ると予想はしていたものの、


あまりの唐突さ に一寸面食らってしまった。


 


咄嗟に言葉が出てこない。


通雄も犬は好きだ。


何時かは飼い たいとは思っていた。


しかしマルチーズとは想定外だった。


 


彩も今まで、マルチーズが好きとか言った事がなかった。


ミニチュアダックスか、ヨークシャテリアが良いと、


言っていた筈だ。


通雄としては秋田犬のような日本犬が好みだ。


秋田犬のような、大型犬を飼うのは一寸無理だから


実際に飼うとすれば柴犬だなと決めていた。


 


通雄は洋犬は、それほど好きではない。


確かに見てくれは、 縫いぐるみの様に可愛い。


しかし、品種改良をし過ぎていて いかにも作り物めいて、


好感が持てない。


日本犬の素朴さと、飼い主に対する


忠実さが道雄は好きだった。


 


 しかし、通雄もこのマルチーズを見ていると、


何と言うのか心が洗われる様な


不思議な気持ちになって来た。


ずっと前から一緒にいた様な、


親しみを感じてしまう。


 


不思議に思いながら、通雄も小犬を抱かせて貰った。


小犬の温もりが、両手から少しずつ、伝わってく る。


こんなに犬の体を、暖かく感じた事はない。


熱い位で、それでいて安心感がある。

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