痙攣(けいれん)

 それは突然来た。漠然とした不安。そして俺の利き腕がビキビキビキと痙攣(けいれん)し始めたのだ。楽器から手を引き剥がす。

「シェフ、大丈夫ー?」 とピット。

 ああ、と俺は返事をする。落ち着け俺、と深呼吸を繰り返した。痙攣は鈍い痛みを残して、とりあえず収まる。

「シェフ、その痙攣、いつから?」

 ピットが俺に回復魔法を施す。

「気にするな、いつものことだ」

「でもっ」

「ピット。心配ありがとう」

 もそもそと魔法核甲冑虫族(ルーンシェルフビートル)が動き出す。

「ああ、ルンちゃん。そっちはダメだよー」

 ルンちゃんを追いかけて廊下へ出ていくピットを見送りながら、俺は痙攣した腕をなんとなく見る。肩から手首の方へ三本の裂傷が走っている。魔竜に噛まれたときの傷やPKにやられたときの傷がまだ残っていた。神経がまだ覚えているのだろうか?

「シェフ。まだ痛むのか?」

 戦士顔のパタだ。真剣な顔で腕組みをして、入り口に立っている。

「見ていたのか」

「まぁな」

 パタは部屋の中へと入ってくる。俺の近くへ座ると、

「……あの時の傷か」

「神経がまだ覚えているらしくってな。それで時々、こうなるんだ」

 呪歌(じゅか)をひいたあとが特にひどい、と思ったが黙っておく。

「……動くだけマシか」

 そうだな、と俺は返す。

「何か用事があったんだろう?」

「ピットのあれだ。ルンちゃんだっけか、あれを呼びだして何を狩る気なんだか」

 このドラゴンさえもいない世界でよ、と笑い飛ばす。

 どうやらパタは、落ちこみかけた俺の気分を変えに、来てくれたようだった。


 ――あいつまた平気な顔をして。

 日課のランニングやストレッチ、筋肉トレーニングに勤(いそ)しんでいた俺は、シェフの部屋に入っていくピットを追いかけ、シェフが腕の痙攣(けいれん)を抑(おさ)えようとしている場面に出くわした。

「動くだけマシ」

 たしかに、と思った。俺がシェフと出会ったのは、彼が殺人集団(PK)に捕らえられ痛めつけられていたところに、俺たちが偶然、奇襲(きしゅう)をかけたことにあった。賞金首(しょうきんくび)を数名狩ったところに、血まみれで倒れていたのがシェフだったのだ。それからなんとなく付き合っている。殺人集団壊滅団(PKK)である俺を怖がらず、普通に接してくるから居心地が良くて。


 魔竜(まりゅう)の鱗を取りに行くときにも、利き腕をおとりにしてまでもとどめを刺していた。その時、シェフの強さを知った。ふだんのシェフは楽しくなく意味のない狩りは嫌いだと言い、誘っても断っていた姿を知っている。その代わり歌を聞いていかないか、と戦士の俺たちの気を引こうとする。俺たちの中ではシェフは「ひ弱な奴」で通っていた。その彼がひ弱なふりをしているが、いざって時にはしっかりと戦況を素早く分析し、回復や戦闘補助の効力がある魔法の歌を演奏し仲間を助けてくれたりする。その上で行動をとる。


 ただ一度だけ、彼が弱さを見せてきたことがあった。恋人のように仲良くしていた女性がPKに惨殺されたとき、彼はひどく落ち込んでいた。代わりになってあげればよかった、と思いつめていたのだ。

 俺らに依頼すれば仇は打てる、と申し出たが、彼はそれを断ってきた。

「パタ、仮に仇を打っても、それは自己満足でしかない。死んだ人は生き返らない」

 私はそうやって逃げたくない、とささやく彼の声をまだ覚えている。


 それからだ。俺に「剣を教えてほしい」と依頼してきたのは。さて、今夜も対人の実践練習だ。

「パター? パタ! パタ?」

 ピットの声がする。やつは俺の目の前まで来て、

「ぼくのルンちゃん知らない?」

「あの魔法核甲冑虫族(ルーンシェルフビートル)か? 見てないな」

 なんでも急に小さくなり羽を広げて飛んで行った、とのことで探しているらしい。

「アルにも聞いてみろよ」

 うんー、とピットがアルの部屋へと向かっていく。

「ピット。ルンちゃんなら、ここにいますよ」

 開けっ放しの扉の向こうから、アルの声がする。見つかってよかったな、と俺は思った。

「パタ」

 ああ、と返事をする。

「昔のことを少し思い出していたんだ」

 そうか、とシェフが返す。

「今夜も頼む」

「……殺す気で行くぞ?」

「望むところだ」

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オイタン食堂は今日も大盛況 (旧題:ジビエ料理は異世界食堂で) あかつき らいる @yunaki19-rairu

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