あれから十日が過ぎた。
あれから十日が過ぎた。例の噂のみで進展はなかった。そんな夜。あたりは暗闇に包まれる時間。突如として交差点に出現した時空門から何かがあふれ出る。それらは闇に溶け込み、チャンスをうかがうように息をひそめている。
翌朝、何も知らないオイタンの人々は、ごく当たり前のように動く鉄の箱で、その交差点を行き来している。動く鉄の箱は自動車というらしい。今日は店休日だ。シェフとパタの二人は様子を見に来ていた。ピットとアルには留守番を頼んである。
「異常はないな、と」
ざっと見渡したパタは笑いながら言った。太陽が出ている限りは魔獣もおとなしいだろう、とそう聞いたことがあるらしい。
「異常があったほうが良かったような口調だな、パタ」
「まぁな、腕が鈍らないうちに故郷(あっち)へ帰りたいもんだぜ」
そうだな、とつられて俺も笑う。
「店へ帰るか」
歩き始めたその時、シェフが急に立ち止まる。片耳に手のひらをあて、何かを聞く仕草をしている。彼は唇の前に人差し指を一本立てている。その動作は「静かに」と語っていた。
――クーン
――きゅーん きゅーん くぃーんくぃーん
「シェフ? 何か聞こえたのか」
小声でそう聞くパタに、同じく小声で俺は
「今、子犬が鼻を鳴らすような声が聞こえた気がしていたが、空耳かな」
その直後にとてつもないことが起きた。街路樹の影と同じ色の時空門(ゲート)。楕円形(だえんけい)でうっすらとした輪郭(りんかく)の時空門が膨らんだかと思うと、内側からサラサラと崩れていき、最後は破裂していった。破裂音はなかった。ただ黒い霧のようなものが風に吹かれて、やがて消えた。
目の前で起きたことが信じられず、
「パタ……」
ああ、と俺は返事をする。あのシェフが絶句しているのを初めて見た。
「消えた……?」
……そうみたいだな、とつぶやく。
「ゲートが破裂……?」
俺たちは信じられない現象を目(ま)の当たりにして、かなり驚いた。そして急に店に残してきた二人のことが気になり、なにもない所でつまずいて、こけそうになりながらも急ぎ足で歩いて店へと帰った。
アルたちが血相を変えて、店から出てくる。
「魔力素(マーナ)が故郷(あっち)と同じくらいの濃さになった」
俺たちは見てきた現象を話す。
「……内側から破裂した?」
信じられない、とピットが言う。
「そもそもゲートって破裂するものなの?」
もっともだ。
「破裂しますよ。ゲート自体を握りつぶすことが出来るなら」
そうとうな魔力が必要ですが、とアル。
「人間業じゃねぇな」とパタが言う。
この現象に気づいた者が俺たち以外にもいたことをこの時はまだ知らずにいた。
俺は楽器の手入れをしつつ、ぼんやりとしていた。
「シェフー、見てみて、みてっ」
俺を呼ぶ声がする。テイマーメイジのピットだ。ピットは何かを抱えて、部屋に入ってくる。
「何を抱えている?」
「ルンちゃんだよー」
成犬サイズの魔法核甲冑虫族(ルーンシェルフビートル)という魔獣である。
「……どうしたんだ、それ?」
「試しに召喚してみたら、来てくれたのー」
とても嬉しそうだ。魔法核甲冑虫族はたしかドラゴン並みにデカかったはず、俺が不思議な顔でもしていたのだろう、
「魔力素が故郷と同じくらいになったみたいだから、試しに召喚してみたら来てくれたんだよー。でも大きさはこのサイズが精一杯らしくってー」
ここにはドラゴンが存在しない。そんな魔獣がいたら、警察が出てきて大騒ぎしているはずである。
「そ、そうか」
まぁ理屈は抜きにしても、本人が管理できるならそれでいいか……。
「ピット、連れて歩かないようにな」
うん、と返事がある。
「ルンちゃんは見せ物じゃあないから」
大丈夫だよー、と返事はどこまでも軽かった。
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