理由(わけ)

 ――生命回復(ヒール)

 ピットが泣きながら、何度もアルに回復魔法を施していた。アルはベッドに寝かされている。

「ピット……、もう大丈夫です。ありがとう」

 俺は息を吐きだした。アルが呪歌(じゅか)の標的にされたのだ。

「どこから、お話ししたらいいのか……」

「アル、話したくないなら無理にとは言わない。けど、もう一人で抱え込まないでほしい」

 シェフは優しいな、とパタが言ってくる。

「誰しも事情を抱えていることぐらいは分かっているんだ。あんたが今もPKだったなら、俺は狩っていたさ。でももう昔のことだろ。だから話せ。なにがあったんだ」

「ぼくはアルに元気になってほしい。それだけだよ。それに過去は過去でしょ、それは今じゃない。PKだったけれど、現在のアルは違う。アルはアルだよね、今だけでいいじゃない。違うかな?」

 合っているぞ、とパタがピットに言う。二人のやり取りを聞きながら、俺は思い出していた。最初にアルと出会った状況を。

「アルー、ぼくには過去の記憶がない」

「それは封印されているからだ」

 ぼそぼそとシェフがつぶやいた。ぼくは聞き返したかったけれど、今はアルを説得させるのが先だと思った。

「だから、なにがあってもおかしくない。でもシェフたちと会って、過去なんてどうでもよくなったんだ。だからね」

 なにがあったのかを話してよ、とはピットである。

 深いため息をついたあとに彼女は話し出した。

「――さっきのあれはもう人ではない。魔族と契約した人間のなれの果てです。私は彼を、殺したはずでした。でも、まだ生きている。彼を止めたかった。償ってほしかった。罪を認めて償ってほしかったんです。ただ、それだけだったのに……。気がつくと、私は一族を皆殺しにした、という罪で手配されていました。賞金が掛けられていたんです」

 ――だからあの時も死ぬつもりだったのか? 俺は静かに問う。

 そうです、と答えるアルは青白い顔をしている。


 あの時、俺とアルが初めて会った時、ダンジョンの奥深くで彼女は火山に身を投げようとしていたのだ。俺はとっさに鎮静効果のある曲を奏でて引き留めた。理由を聞いても何も答えず、ただ悲し気に笑うのが妙に心に引っかかって仲間に引き入れた。前にも似た経験をしていた。今はもういない友も同じ笑い方をしていた。その姿をアルに重ねていた。


「一度は捕まりました。王都の地下牢に入れられて尋問の日々。身に覚えのない罪で処刑されかけたんです。でも、ある人の手引きで脱獄して、殺したはずの彼を探して、死に場所を探してさまよっていたところに、あなた方と会ったのです」

「時空門(ゲート)とどう関係があるんだ?」

「あれは彼の仕業です。……正確には彼と契約した魔族の研究成果です。人間界に溶け込み、人々の妬みや憎しみを糧(かて)にして、かつて持っていた力を取り戻すための装置の一つです」

 大きく深呼吸をしてアルは続けた。

「時を操る魔法があるのは知っていますね? でも危険なので禁忌とされています。私と彼は捨て子だったんです。私たちは人間ですが育ててくれた方々が時を操る魔術に長けていたので、それが自然と身についた。彼らは人間には扱えないだろうと考えていたようで、実際、私も魔力が足りなくてうまく扱えなかった。だけどそれを不服とした彼が、一族を」

 ――殺していったんです。

「アル? 泣きたいときは泣いていいんだよ。だから、もう、我慢しないで」

「ピット、あなたは優しいですね」 

「そういうことかい」

「パタ……、薄々は勘づいていたのでしょう? 私が何者であるかを」

 俺はアルや仲間の気を静めるために、明るい音階だが少し静かな曲を弾き始めた。「立春(りっしゅん)」と謳(うた)いつながれてきたメロディを。

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