呪歌(じゅか)

「おい、よそ見していると死ぬぞ?」

「……分かっているっ」

 いい顔じゃねぇか、と嬉しそうなパタは、俺の首を狙ってくる。しゃがみこんでやり過ごし、ナイフを投げつける。が、パタの剣がそれをはじく。

「あのタイミングでのナイフは正解だが、お前、まだ隙だらけだな」

 その時だった。地面が揺れた。最初、横揺れが来て、それから縦にガタガタガタと揺れる。

「地震?」

「ちがう、見ろっ」

 二階の真ん中、ちょうどアルたちがいる部屋だ。部屋の内側から赤い光が溢れていた。赤い光は槍のような形をとると、部屋の中に消えていった。

「アルッ、ピットッ」

 異変を知った俺たちは、二階のアルの部屋へと急ぐ。廊下にピットが倒れていた。

「ピットっ」

 シェフ……、とピットの唇が動く。俺は安堵した。生きている。

「アルを助けてっ」

 俺はアルの部屋の扉を力強くたたいていた。

「アル、ここを開けろっ」

「どけっ。シェフ」

 パタが体当たりをして扉を破る。部屋の中ではあらゆるものが渦を巻きながら宙を舞っている。その中心に誰かいた。アルである。

「アルっ」

 だが様子がおかしい。低く念仏のように聞こえる音も彼女を取り巻いていた。アルは胸を押さえながら、頭を振り、何かに抵抗している。

「これは、呪歌(じゅか)だ」

「種類は分かるか、シェフ」

 死へのいざない、と俺は直感で思った。

「対抗する」

 俺は体内と楽器にやどる少ない魔力を開放しながら、対となる呪歌「生命(いのち)」を奏で始める。俺の体から白い光が溢れ部屋中に広がり、アルを包み込む。赤い渦もときおり槍の形をとると彼女に降り注ぐ。突き刺さる直前に、アルが手を振り上げた。直後に消滅する槍。なんらかの魔法を使ったのだ。

 赤い槍は俺たちにも降り注ごうとしたが、これも消滅する。ピットが何かを唱えたようだ。

「守りは任せて」

「任せた」とパタ。

 アルが膝をつき、腰を折って口元を抑えていた。指の間から血が溢れている。

 ――光源(ひかり)よ!

 ピットがとっさに唱えた。光そのものを呼ぶ魔法である。部屋の壁に黒い影が映し出されていた。呪術者だ。とっさにパタがナイフを投げる。ナイフはまっすぐに影に突き刺さった。


 ぎゃあああああああーー……


 影が消えるのと同時に、赤い槍も渦巻いていた物もやがて消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る