背負っているもの

 五日間、流行風邪にかかったアルは高熱でうなされていて一時は危なかった。医者を呼び、薬を処方してもらった。


 今日もたくさんの食通達(おきゃくさん)がやってきて店は繁盛したが、シェフたちはアルのことが気になって仕方なかった。営業が終わった時間に俺は店の前に出て月を見ていた。するとアルが出てきて「シェフ」と俺を呼んだ。

「もう起きても大丈夫なのか?」

 ええだいぶ、という彼女は月を見上げていた。その頬が少しやつれている。今日の月はいつもよりもずっと大きくて丸く、こころなしか少し青みがかっている。

「いい月だな」

「スーパーブルームーンというそうですよ。幸運の月という意味だそうでシャレた名前をつけますよね、こちらの人は」

 毎日、月の大きさが違う。この星が月に近づいたり遠のいたりしているのが分かる。故郷ではありえなかった。あちらの月はいつ見ても同じ大きさで満ち欠けもなく、緑、白、紅(あか)の順で空にある。


 アル、と呼べばすぐに返事が返ってくる。

「……なにを背負っている。ひどくうなされていただろう?」

 彼女はハッとしてしばらく黙っていた。なにかに耐えるかのように、握りこぶしを作って。

「……なぜ、そう思うのですか」

 少しかすれた静かな声に、俺はどこまで話せばいいのかを悩む。

「アル。あんたが昔、殺人集団(パーティーキラー)の一員だったのは知っている」

 故郷では殺人集団のことを略称の「PK」と呼ぶ。それに対して「PKK」という集団も存在する。殺人集団のみを狩る対人戦になれた人々で構成されている。

「そうですか……。それを知っていて、そのうえでなにを聞きたいのです?」

「時空門(ゲート)を見た時から様子が変だっただろ。あの時空門には俺も驚いた。だから協会を通して身元を調べさせてもらった。俺だけじゃねぇ、パタもピットもだ」

 彼女は血の気の引いた白い顔で立ち尽くしていた。俺は縁台(えんだい)に腰かけて、持っていたライナーを静かに弾き始める。おだやかな音色は夜の空気を震わせて、響く。

「シェフ。もしも、もし……、守りたい人たちが傷つけられたら、あなたはどうしますか」

 状況による、と即答してやると、アルは泣くのを我慢しているような表情をしていた。俺は手を休めずに言葉の続きを待つ。

「ひとつだけ約束をお願いできますか」

 やがて何かの覚悟を決めたように彼女がそういうので、俺は頷いた。

「もしも……私の力が暴走したら、私を……。あなたがたを傷つけたくないんです。だから。そのときは」

 殺してください、と。俺は見た。アルが涙を流しながら言うのを。相当思い詰めているな、と俺は思った。

「なぜ、俺に頼む。対人ならパタが慣れているだろうに」

「断られたのです。人殺しにはなりたくない、とそう言って。どんな理由があっても、と」

「もう一度聞く。……なにを背負っている?」

「……一族を皆殺しにした罪です」

 それを背負っています、と悲しげに笑うアルは見ていないと今にも消えてしまいそうだ。


 おおよそそんなことだろうと、俺は見当がついていたため、あまり驚かなかった。

「そうかい。いずれにしろ、ケリを着けに行くんだろう? だったら俺たちを頼れ。あんたはもうPKではない、今はメイジだろ。だったらそれでいい」

「どう、して……、そこまでしてくれるのですか」

「どうしてといわれてもだなー。――そこで聞いているんだろう? 出て来いよ」

 柱の陰で盗み聞きをしている二人に声をかけた。パタとピットの二人はバツが悪そうに姿を見せる。

「聞いていた……?」

 アルは呆然(ぼうぜん)としていた。

「アルー、何で話してくれなかったのー?」

 そんな大事なこと、とピットが駆け寄ってくる。

「ま、だれしも、事情はあるものさ」

 パタはゆっくりと歩いてくる。

「パタにもー?」

「あるぞ。教えてやらないだけだ」

「アル、俺たちは仲間だ。家族みたいなものだろ? あんたが帰る場所はここだ。だから、頼ってくれ」


 ――ありがとう。



 アルの意外な告白を聞いて、俺は悩んだ。しばらく一人にさせないほうがいいと思って、ピットをさりげなく部屋に置いてきた。その判断が正しいのかは分からない。他にも抱えていそうだな、と昨夜、あのあと思った。

「シェフ」

「パタ。アルをどう思う……」

 ああ、とそれっきり黙る様子に、俺も言葉を繋げられなくて。長い息を吐きだすと、パタは片手で頭をぼりぼりかきながら、

「他にも抱えていそうだな、ありゃあ」

 だよなぁ、と返す俺。

「今夜はやめておくか?」

「やるさ。……お手柔らかに頼む」

 手加減できるかな、と笑うパタ。いつものことだった。俺は毎晩、接近戦の手ほどきを受けている。まだ一本もパタからとれない。

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