襲撃
暗闇が迫る中、例の交差点近くの雑木林の中に、そいつはいた。ワイドニュース番組などを賑わせているグリフォンらしき魔物だ。そいつはいきなり襲ってきたのだ。
――マジックバンドッ
唱えたのはアル。三十センチのちいさな杖を介して魔法を使う。束縛の術であるのだが躱(かわ)されてしまう。続けて
――明かりよ
力ある言葉がシェフたちの目に明かりをもたらす。一定時間、暗闇でも昼間のように周囲を見ることができる魔法だ。
「げ。グリフォンじゃないよ、そいつっ」
驚きの声はピットだ。
「じゃあ、なんだ?」
「おそらく、キメラ亜種」
冷静な声のアル。
「気をつけてっ。尻尾に毒針」
再び注意の声がピットからあがる。
キメラだとぅ? とぶつくさ言うのはパタ。後退してきたのだ。
「シェフ。こいつをおとなしくさせる方法はあるか?」
ああ多分、と答えながら、シェフは斜め掛けにして背にあるライナーという楽器を弾き始める。小さな竪琴の穏(おだ)やかで軽(かろ)やかな音楽が静かに響き渡る。現場に似合わない曲風だ。効果があれば、そのゆったりとしたメロディにシェフの周囲は静かになるはずだった。
「シェフっ」
気分を害されたらしいキメラ亜種が尻尾を動かした。飛んできたのは紅白のまだら模様をした毒針だった。それをギリギリではじき返すシェフとパタ。
「効かないな」
「ダメか」
――守れっ
アルの魔法の盾がなかったら、今頃、火にまかれていたことだろう。怒ったキメラが炎を吐いたからだ。盾にはじかれた炎が周囲の枯れ草に燃え移る。
「やばいよー」
ピットのあせった声。
――スコール
一定範囲に雨を降らせる魔法である。枯草に燃え移った火が消えていく。連続で魔法を使ったせいかアルが疲れた表情で、ピットの側まで高速移動術(テレポート)してきた。
ピットはアルから魔法の盾を引き継いだ様子で「守りは任せてっ」と告げた。
「……だってよ」と笑いながらパタはシェフのそばから離れない。シェフはピットに「わかった」という合図を送る。
「特殊武器があればなぁ」ぼやくパタに応じるシェフ。
「あるぞ」ただしこいつだがな、と腰に下げていた小刀をパタに渡す。
「使えるか?」
「さんきゅ」
小刀を手にしてパタが言う。
「アルは魔力切れか」
「そうみたいだな」
一呼吸を置いてシェフは提案する。
「パタ、正面を頼む。俺はこいつで混乱を試してみる」
――シェフが曲調を変えた。ライナーから激しいメロディが流れたかと思うと、急に静かなメロディになり、を繰り返す。吟遊詩人(バード)のスキルを持つシェフは自分の中の魔力を開放し、呪歌(じゅか)である「混乱」を奏(かな)でた。対象物を混乱させ攻撃対象を変えたり止(や)めさせたりすることができる。ただし、このスキルには弱点があった。一度発動させると四番までのメロディを継続させている間はその場から動けなくなるのだ。
「危ないっ」ピットの声と同時に
――雷光(サンダー)っ
混乱が効いたのか、キメラ亜種がシェフ目がけて飛びつこうとした。そのすきをついてアルがとっさに唱えた魔法がさく裂するが、ひるんだ様子がない。ダメージを与えることができていないと分かった。
――氷穴陣(フリーズ)っ
続けて唱えたのは、ピットだ。少し唱えるのに時間がかかる魔法で、キメラ亜種の真下に大きな穴が開き足止めに成功する。キメラが大きく口を開ける。再び炎を吐くつもりだと分かった。
「させるかっ」
パタが手にしていた小刀はなくなっている。投げ槍のごとく投げた。
そこには呪歌「混乱」以外の音はなかった。断末魔もなかった。ただ、突如としてキメラ亜種の体がぶれたかと思うと、黒い霧になって散っていった。
「狩(や)ったのか……?」
パタの問いに答えられる者はいなかった。呪歌のメロディが終わる。
「たぶん」
「おそらく」
店に帰るか、と小刀を拾い上げシェフはピットに聞いた。
「ピット。ほかに変化は?」
「ないよー」
今回、ピットは「探知スキル」で他に変化がないのかを探りながら、雑木林の中を歩きながら薬草や野生の香草を採取したり、アルから魔法の盾を引き継いだ後も自分たちの周囲を見張っていたりしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます