……それは過去の記憶
夢をみた。それは過去の記憶。
「秘術草(ひやく)が必要? ああ、そこらじゅうにたっくさんあるよ!」
懐かしい声が聞こえた気がして、俺は目を覚ました。
「リル……」
最後にリルとあったのは、彼女が魔法も使える戦士だった頃である。いわゆる魔法戦士という職業だった。10年ぐらい前だ。俺がまだ王の影武者として生きていた頃だ。王城を抜け出せない王様に代わって、市民や冒険者の中で生活し情報を集めている時に出会ったのが彼女だった。
「元気なのだろうか」
部屋には、長袖シャツに長ズボンという姿の俺が鏡に映っている。
傍らに彼女の姿はない。そう、ここは自分の店の二階の一部屋である。仲間たちも他の部屋で寝ている。大きく伸びをして、起き上がると、また背伸びをする。深呼吸した。
「リル、元気ならまた会えるよな、いつか、また」
リルとシェフらは冒険仲間だった。
あるダンジョンに探索へ行ったとき、見つけたのが不思議なひび割れであった。ダンジョンの最深部の壁が変わっていた。あきらかに人工的に組んだ石垣が続く。大昔、黒いダイアと呼ばれていた石炭を掘り出した跡らしい。ところどころ黒ずんでいて、小川が流れていた。火山が噴火したかのように空気が蒸された空間が広がっていて、さらに奥にそれはあった。近づくと、ゴーという音と、ガタガタガタという音、人の話し声、何らかの音楽的なメロディなどが聞こえてくるのである。
すぐに王都へ報告が入って、長期間の調査がなされるようになった。そのダンジョンは王都の近くにあったからである。地質学者や魔術師、研究者たちが集まり調査をしていた。
護衛も兼ねて、最深部まで調査人たちによく同行したものだ。ある時などは、最深部にダンジョン酒場として店を開いたこともある。そこではいろいろな憶測話が飛び交い大いに盛り上がった。
王様ご一行を護衛したこともある。王様自らが魔術師であったため、最深部まですんなりと進めたことも。王の見解は「時空のひずみができている」というものであった。触れぬように、と告げ、そこを立ち入り禁止にしてしまった。
立ち入り禁止になったからと言って冒険心がなくなることはなかった。冒険者の多くは「時空のひずみの謎」を解明してやろうと、あるいは珍しいもの見たさに押しかけたのだった。
そして、あの事件が起きる。
ある一組の冒険者カップルが無惨な死体となって発見されたのである。男性の遺体は服を着ておらず、無数の切り傷と、両手のひら、両肩、両足、両方の膝をくいで打ち抜かれ、歪んだ表情をしていた。しかも、その遺体からは眼球がくりぬかれており、片方の眼球は遺体の口の中から見つかった。女性の遺体はいまだ見つかっていない。死霊術師(ネクロマンサー)によると、口の中の眼球は「復讐を意味するもの」だという。王令でさっそく捜索が行われた。王様には心当たりがあったらしい。
シェフは身震いをして、思い起こすのをやめた。もう済んだことだ、と思った。それよりも開店準備をしなくてはならない。今日もジビエ料理の口コミを聞いた客が押し寄せては、腹を満たせて、お金を落としていく予定なのだから。
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