第2話
「……はぁ、それで、私はこれからどうすればいい?」
「あれ?随分しおらしいね」
「なんかもう、色々ありすぎて疲れた」
反論する気力も、今はない。そんな気力があれば、休養に回す。
「まぁ、僕は助かるけど。とりあえず、幸の今からしなければならないことは、ステータス決めだね!」
「ステータス……私の要望は、異世界で生きる上に必要な言語理解、生活魔法……転生って何歳から始めるの?」
「赤ちゃんからなんて悠長なことはしないから『悠長?悠久の刻を生きる神さまが悠長なんて言葉を使うなにかを、私にさせる気なの?』……いや?好きに生きてくれていいよ?ただ、そのついでにちょっとばかり、世界の発展を促してくれたら嬉しいなぁ~って思ってたり、なかったり」
「………」
視線を泳がせながら、指をつんつん。私の目が、思わず細まっても仕方ないよね。
「「…………」」
お互いが沈黙を貫く中、いや、オージェスは気まずげにこちらをチラチラ見ている。そういえば、私をこちらに呼んだ理由を聞いてなかったけど、まさかの異世界あるある『文明が停滞してつまらないから、あなたが旋風を巻き起こしちゃって』バージョンか。
「そこまでの乱気流は期待してないよ!ちょっとした種火を撒いてくれたらなって…」
それって言い方は変えてるけど、湖に小石を投げるのと一緒だよね?っていうか、種火のほうが物騒だよ!?なに?種火って。花火でもドカンと打ち上げるつもりなの?小石の波紋の方が緩やかで穏やかだよ!
オージェスはあれか?自称温厚なだけで、その実ぶっ飛んだ思考の持ち主とか?…怖っ!?
「違っ、違うよ!?だって、幸の記憶にある『あるある』?じゃ、新鮮味がないじゃないか。それにちょっとしたヒントをあげれば、僕の世界の人達だって優秀な人はいるからね。ちゃんと自身で考えて試行錯誤するさ」
「心を読んだね?だけどそれも、その件の人たちに、私が出会えればですけどね?」
世界が停滞した文明というなら、おそらく中世……馬車移動や剣や弓が主力の戦闘力とされている世界だろう。識字率など、人口のいかほどか推して知るべしだろう。中世のヨーロッパでは2割ほどだったらしい。貴族や富裕層の特権階級だけが教われる教育の場しかなかったのだ。
教育とは、種を撒き、発芽させ、本葉に育てる行為だ。そこからは、自身の質が物を言うだろう。
異世界では、教会が無料で読み書き、計算を教えているところがある。それでは、ただの種撒きで終了することが多い。社会情勢を考えると、致し方なしと言えなくもない。それに子どもたちにとっては、文字と計算の基礎を教わるだけでも、今後の人生のアドバンテージが大きく変わるのだ。教会は、社会貢献として寄与がとても大きいことをしている。
知識・情報は金になるのだ。まぁ教会としては、信者への足がかり的な狙いが大いにあるだろうが。
「なんか、ほんっとうに僕の世界を理解してくれているようで助かるよ。説明の手間が省ける。日本のラノベ様々だね。」
「そんなつもりはないけど、いまので、ウィナラーレがどういう世界線か分かったよ」
「はは。自慢じゃないけど、千年くらいは、人々の文明はあまり変わってないよ。もちろん大なり小なり前進はあるけど……そういう恩恵を受ける人物は一握りだからね」
分かります。王家とか高位貴族とかの一部でしょ?情報は規制・秘匿して、自分たちだけが恩恵を受ける人種だと優越感に浸るのである。
もちろん、そんなひん曲がった性根の奴らばかりじゃないのも理解してるよ?でもねぇ、悲しいかな?世間っていうのは、品行方正な人たちはその他大勢扱いで埋もれて、悪評がある奴らが目立ちまくっちゃうんだよね。
社会情勢に不平不満を抱く群衆が多ければ、多いほどに。王族・貴族・騎士・庶民と階級がはっきりしている社会は、特に顕著だよね。
噂話は、日本の田舎の噂が火が広まる早さより速い速度で広まるように、世界は違えど、噂の速度は変わらないはず。恐ろしい。
私がうんうんと、噛み締めながら頷いていると、オージェスは「分かってくれる!?」と言わんばかりに、私の手をガシッと握ってきた。
「そのせいでさっ!?どうせ、神に祈っても無駄じゃん?みたいな風潮が出来ちゃって…信者はいるけど、名ばかりで参拝客は減るし、お布施も減っちゃって、教会もボロボロ、神官も生臭坊主みたいになっちゃって……僕たちの神の力はダダ下がりだよ」
「えぇぇ……」
シクシクと泣くアージェスに、私は痛む頭に片手を添えた。
神力ダダ下がりって…世界を少し(アージェス談)発展させてほしいって…それ、私に神の使徒として降りろってことじゃないの?
神の使徒が人々の役に立つように振る舞えば、人々は神に感謝するし、神は世界を見捨てていなかったいう確信から、教会に人も戻って来るだろう。信仰心も戻と増え、神力が上がる。
でもそれを引き受けた私のメリットはなんだろう?私は堅苦しいのも、監視されるのもまっぴらごめんだ。私は床にごろ寝して、お菓子を貪り、面白いYouTubeを見るのが夢だ。え?前世で散々ベッドとお友達だっただろって?
いやいや、アレと家の床を比べちゃならねぇ。考えてみてほしい。病院は、私のテリトリーはベッド上しかないのだ。右に一回、左に一回身動きを取れば終了である。なんって、狭い空間だろうか。ベッドを出れば、嫌でも人の目がある。すれ違えば、目礼は必須。下手すれば、おばさんのマシンガントークが始まる。若い私には、逃げ時を図るというスキルはなかったのだ。愛想笑いを浮かべ、相槌を打つあの苦行は今思い出しても、「うへぇ…」と渋面になってしまう。
「僕の使徒になってもらうつもりで呼んだわけじゃないよ。ただ、文明が良くなれば、僕たち神に感謝するでしょ?だから」
いやぁ、それはどうかな?だって生活環境が良くなったのは、人々の頑張りのおかげだし、自分を褒めても、神に感謝するかは人それぞれじゃん?
「そんな……」
私の心を読んだのか、アージェスは膝から崩れ落ちた。いやぁ、綺麗に決まったね。
しかし四つん這いで途方に暮れるアージェスに、私は少しだけ良心が痛む。ん~…仕方ないなぁ。
「ねぇ、アージェス。下界って教会は一つなの?」
「え?」
「ほら、日本でも神仏とか、宗派で色々別れてるじゃん?」
「あぁ…僕たちの司る分野で信仰・崇拝するものが違う人たちもいるけど、教会は一つで、信仰は創造神のゾエティア様を中心に、創世神エルダ様や主力である僕の水神はもちろん、学神や豊穣神などその他十二神を祀っているよ。場所に根付いた土着信仰は除いてるよ」
「それはまぁ……把握してたら切りが無いでしょ」
日本は八百万の神様だけでなく、山や田んぼ……昔は商売をする個人宅の片隅に、社を建てて祀ってある場所もあったくらいだ。本当に数えだせば、切りが無いのだ。
「まぁね。でもなんでそんな事を聞くの?」
「そこに、アージェスの信頼できる聖王?枢機卿?っていないの?その人に、使徒を降ろしたことと、私の特徴を伝えて、手出ししないように釘を刺せばいいかなって。破れば、神罰を下すとかなんとか脅せばいけるんじゃないかなって…」
この世界の教会の有り様は分からないが、教会の総本山はあるはず。そこの地位がある確かな人に、私に手出しをしないように神託を出せば、表立っては行動をすることはないだろう。
アージェスのいう阿呆な生臭坊主がちょっかいを掛けてくるかもしれないけど、私が自衛できるだけのステータスを貰えばいいだけだ。
「使徒になってくれるの?」
瞳をキラキラと輝かせ、手を胸の前で組むアージェス。後がなくなってくると藁にも縋るって言うけど、こんな感じなんだろうな。
「まぁ、これから色々と聞かせてもらってから判断しようかな?それと!もし使徒になるなら、自衛できるぐらい強い能力を貰うからね?」
「うん、もちろん。ありがとう、幸!」
輝かんばかりの眩しい笑顔に、私は異世界で生きていく覚悟を決めるのだった。
あ~もうっ、私のお人好し!
食客人物語〜服飾伝説〜 吉野 ひな @iza40
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。食客人物語〜服飾伝説〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます