食客人物語〜服飾伝説〜

吉野 ひな

第1話

「……ここは?」


 ぼんやりと目を覚ましていた私が見た景色は、真っ白な空間だった。


「ここどこ!?」 


 思わず叫んだ私は悪くない。だって、自分の部屋で寝ていたはずなんだもの。


「ここは、異世界ウィラナーレの神界だよ!君は転生するんだ!」

「うわぁ!?」


 不意に聞こえた声に、私はびっくりして、声を上げてしまった。


「なっ、なっ、なっ……誰!?」


 水色の髪をマッシュボブの髪型をした少年が、ふわっと浮かんでいた。瞳は碧く輝いている。


「僕は、オージェス。ウィナラーレの世界の主神に席を置く水神さ。是非、アージェスって呼んでね!」

「ウィナラーレ?そんな世界知らないし、私はなんでその世界で、水神オージェスと話してるの!?」


 少しパニックになりながら、私は彼が答えた単語を必死に反芻して記憶に留める。人はパニクると、存外頭が働かないのだ。


「分からないのも無理ないね。ゆきは、就寝中に持病で亡くなったから。まぁ、痛みもなく逝けたのが、不幸中の幸いじゃないかな?」

「死んだ…。持病ということは、心臓関連か」


 よく、最期は痛みなくぽっくり逝きたいなんて言うけど、私はまだ26だった。最期なんていう年齢ではなかったけど、痛みなく逝けたのは確かに良かったかもしれない。心臓の痛みは尋常じゃない。願わくば、もう二度と味わいたくない痛みだから。 


「幸の日本での人生は、満足いくものだった?」

「…そんなの当たり前じゃない」

  

 そうでも言わなきゃ、入院生活を支えてくれたお父さん、お母さんに顔向け出来ない。長い入院生活はなかったが、入退院を繰り返す私に付き合うのは大変だったと思う。金銭面でも、生活面でも。

 凪いでいる水面みなもが少しだけ荒立つ。


「人生の幸福度は皆平等だ…なんて、地球の世界では謳われてるらしいけど、あれ間違いだから」

「え?」


 そんな感情をグッと抑える私に、オージェスが語りかける。


「あれはね、人生じゃなくて、魂の逵路きろに通じる言葉だよ。魂は沢山の輪廻を繰り返すけど、その人生は幸福だったり、不幸だったりと同列ではないんだ。魂の成長を促すために、その魂に応じた人生になる。どんな経験も、得られるものはあるはずだから」


 私の心にある負の部分が少しだけ顔を出す。


「それじゃ私の人生は、私の成長を促す経験だったの?その為に、私は私の人生を犠牲にしなくちゃいけなかったの?」


 別に私じゃなくてもよくない?次の生か、その前か。私でなくちゃいけない確固たる理由でもあるの!?

 もはや声には出さず、脳内で荒れる私。まぁ、口にしたくない理由もあるのだけど。


「……えにしというのは不思議なものでね。幸も、父母や周囲の人達も密接な関わりがあるんだよ。人生でたくさんの出会いや別れがあるように、幸も周りのたちも、その時に必要な生だったんだよ」

「……そう言われて頭で理解はしても、心は簡単に割り切れない」


 だって、魂は生が何回もあるだろうけど、にとっては、一回限りの人生なのだ。


「そうだよね。……でね?そんな幸に朗報です!僕達の世界ウィナラーレで、新しい二度目の人生を送ってみない?」

「え?転生…ってそういう?ラノベ的な?」


 パンパカパーンとでも効果音が鳴りそうなオージェスの言い方に、さきほどまでのシリアスな空気は鳴りを潜めた。


「そう。そういうラノベ的な奴」

「………」


 私は、今度こそ沈黙した。

 だってねぇ?入院生活で暇な時に読んでた異世界転生ものが、まさか自分の身に降りかかるとは思わないじゃない?

 

 だって、物語は物語だから面白いんだし。私は、魔物なんて怖い生物とは相見えたくないのだ。


 事実は小説よりも奇なりっていうけど、本当だねぇ。私はしみじみと実感したのだった。

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