ニート

 次の日。ヒロは知らないうちにセオドアの世話役を解かれて、国の食客になっていた。それも、国王からの通達である。つまりは何もすることがないのである。

 セオドアの世話をしていた時も、配膳、洗濯、セオドアの身の回りのお世話ですべてだった。確かに世話役として働いていた時も、そこまで働いている感じはなかったけれど。


「暇すぎる……働かせて欲しい……」


 一日目は寝て過ごした。二日目もだらだらして過ごした。三日目あたりになると、食べて寝るだけの一日が退屈に思えてきた。

 何もすることがないなら今こそ帰り時では、と思う一方で、セオドアと喧嘩別れのような形になっているのが引っかかる。せめてちゃんと仲直りをしてから帰りたい。しかし、なぜか会うことも禁止されていた。

 暇ならアイザック騎士団長のもとで稽古をするかとも思ったが、それはセオドアと鉢合わせる可能性があるので、できない。


「これは完全なるニートだ……」


 そもそもどうしてこうなったのか。それはおそらくセオドアの告白を断ったことが、鍵を握っているのだろう。

 顔良し、性格良し、のセオドアが、どうしてヒロを好きになったのかはいまだに疑問である。思春期の一種の気の迷いかもしれないし、ナイチンゲール症候群かもしれない。白衣の天使ではなかったが、何かしら響くところがあったのだろうか。しかし、セオドアがヒロのことを男だと認識しているのに変わりはない。男色の気がもともとあったとすればそれまでだが。

 コンコン、と部屋の扉がノックされた。


「はい」


 扉を開けると、兵士の一人が立っていた。


「王妃様より、ヒロ殿をお連れするように承って参りました!」

「かしこまりました」


 何の用事だろう。暇を持て余していると小耳に挟んだのか。それにしては、暇をお相手してくれるほど王妃とそんなに仲良しではないけれど……。

 迎えにきた兵士の後について王宮を歩く。謁見の間でもお茶会の時の庭でもなく、奥まったある部屋の前にたどり着いた。

 兵士がノックをすると、扉が開いて女官が顔を出す。


「ヒロさん、こちらへ」


 兵士に代わり、女官について部屋に入ると、豪華な家具に囲まれて、ソファに王妃が腰掛けていた。


「ヒロ、ご機嫌はいかが?」

「悪くはないです」

「ごめんなさいね、私の子が」


 その一言を聞いて、王妃は全てを知っているのだと分かった。エナに相談したので、そこから漏れたのだろうか。確かに王子の恋愛の動向は把握しておくべきかもしれないけれど、申し出を断った側としては少し居た堪れない。

 それが顔に出ていたのだろう。王妃は、くすりと笑った。


「あの子、せっかちだったのね。知らなかった。ヒロ、今日は成人の儀に向けてドレスを合わせましょう。存分にあの子を驚かせてあげて」


 王妃の言葉に、色とりどりのドレスを両手に持った女官たちが、すちゃりと並ぶ。国王から聞いたのだろう。女装に協力してくれるようだ。

 男だと公言しているため、体に当てて似合うかどうかを見るようだった。


「これは顔が暗く見えるわね。次のは……少し可愛すぎるかしら? 次は、服だけが目立ちすぎるわね。次」


 このような感じで、王妃の御前に立つヒロに次々とドレスが当てられ、試されては指摘が入り、終わる頃には、ヒロは一生分のドレスを見たと思った。


「あれと、それと、これね、候補は。あとはヒロの好みで選ぶといいわ」


 葡萄酒のような光沢のあるワインレッド、シャンパンのようなきらめくイエロー、深海のように深い色合いのブルー。統一感がなく感じるが、色と形とを合わせて王妃が選んだのだから、間違いないのだろう。


「ありがとうございます」

「もう私も着ないものですから、置き場もないし持っておいて。それとカツラは」


 王妃の私物と聞いて汚したりほつれたりしたらどうしようと震えたが、王妃がそう決めたのだから蒸し返すのも野暮だろう。ヒロは、未来の自分が衣装を傷つけたりしませんようにと願った。


「これね。被って見せてちょうだい」


 すでにヘアセットがしてあるカツラを女官が持ってきた。そのまま丁寧な手つきで被せてくれ、王妃はヒロの姿を見て頷いた。


「女の子に見えるわ。完璧よ」

「いろいろありがとうございます」

「ジェンソンの提案がおもしろくてね。力になれたのなら良かったわ。成人の儀が楽しみね」


 ふふ、と王妃は笑う。


「ねえ、本当にお嫁に来る気はないのかしら」

「滅相もございません!……大変恐れ多いことでございます。それに、王子も私より可愛い女性がお似合いです」

「あなたのような可愛い男の子でもお似合いだと思うけれど」


 悪戯げに微笑む王妃は、王子の相手は平民でも良いのだろうか。ヒロは疑問に思って尋ねる。


「おそれながら。あの、王妃様は王子の婚姻相手は平民でも良いと思われているのですか?」

「そうね。私は貴族だったけれど、わがままを言わずに病とともに長く過ごしたセオドアの言うことなら、聞いてあげたいと思っているわ」


 王妃はセオドア派だった。エナもそうだが、この世界には平民は王家に嫁ぐと到底考えられないという価値観はないのだろうか。ヒロの本から得た知識では、平民は平民と、貴族は貴族と婚姻を結ぶという決まりだったので、本当にそのようなことを言っても良いのか、不敬ではないのかと、こちらがどぎまぎしてしまう。


「それがどんな相手でも、応援したいと思っているのよ。ヒロ、セオドアの見た目は嫌い?」

「いえ、とても素敵だと思います」

「獣人でも?」

「それこそが素晴らしいと思います。可愛らしくてかっこいい、チャームポイントでございます」


 しまった。つい熱が入って喋ってしまった。ヒロが王妃を伺うと、変わらず微笑んでいる。


「私は獣人に生まれたセオドアのことは愛しくて、けれど王家に生んでしまったことを申し訳なく思っているの。あの子の未来が見えなくて、導いてあげられないことを。だけど、それでも良いと、どんなセオドアでもあの子があの子であればそれで良いと、言ってくれる方が現れたのなら、私は安心してセオドアの背中を押すわ」

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